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「化け物と少年と狭間の奥と」

 マンガみたいなことというのは、突然起こるらしい。

 原因は何か、そう聞かれたら少女はネコに家の鍵を取られたからと答えるだろう。しかし、これはあくまでも遭遇した理由であって、起こっている理由ではない。彼女にはそれ以外に思いつかないからこう答えるだけだ。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 この、周りには家も何も無いような場所に経っている廃工場を走り回ってから、どのくらい時間が経っただろうか。何周したかはぼんやりと覚えている。大体三周くらいだ。中規模の工場を三周。いくら体力はあるといっても、足がふらつくほどだ。

「こ……これは夢っ……夢に違いないよぉ……!」

 上記の通り、この廃工場の周りには家など無い。山の中ともなればもっと無い。だから、彼女の背後で鳴っているような轟音が響いても、警察などやってこないのだ。

 体力も限界が近い。だというのに、彼女は叫ばずにはいられなかった。


「これが夢じゃなかったら、何だって言うの──────────────!!」


 少女、美薙月千秋(みなつきちあき)は、マンガにしかいないような化け物に追われていた。


 さきほど見た化け物を思い出す(今振り向く勇気は無い)。

 狛犬のように恐ろしい顔に、ライオンのような(たてがみ)。そこから繋がって、背中まで続いている。ドラム缶二つ分ほどの四本足を持ち、人の腕ほどの爪。そして何故か尻尾が三本もある。どこのキメラさんだ、と千秋は問いただしたかった。

 確かに、彼女の住む現代というやつは、こんな化け物がいてもおかしくはなさそうではある。しかし、あんなものがいれば普通はもっと話題になるはずなのだ。正直言って、さっさと逃げ切りたいところ。

 しかし、廃工場から出ればいいじゃん。などというツッコミは受け付けない。ここの門は閉ざされていて、ネコを追いかけてわざわざよじ上って入ってきたのだ。出るのによじ上っていたらさっさと食われてしまう。

「こ……これって……何かの拷問……?」

 さっきから近づいてくる足音が気になって仕様がない。緊張感と疲労感でさらに体力が奪われる。汗で濡れたワイシャツが濡れて気持ち悪い。これがズボンだった日には、足まで気持ち悪くて、どうでもいいところで精神力が狩りとられるところだ。初めてスカートで良かったと思った瞬間かもしれない。

 と、どうやらかなり速度が落ちていたらしい。いつの間にか化け物の手が届くところまで追いつかれていた。ぐわっ、と振り上げられた巨大な足が、千秋を襲う。

「うにゃあっ!?」

 咄嗟に走るのを中断し、前に転ぶように飛び込んだ。前転の要領で受け身を取ろうとするが失敗して結局すっ転んだ。膝の辺りがひりひりする。

 ギリギリのところでかわしたらしい、しかし全く去っていない危機に対して、身体ごと向ける。

 後ずさりしながら見上げた化け物の姿は、目の前で見ている分かなり恐かった。いや、恐いを通り越して心臓でも止まりそうだった。

 太鼓どころじゃなく身体に響く音を立てながら、化け物は千秋に近づいてくる。

「……ぁ……ぃ」

 死ぬ。

 その巨大な口が開けられて、千秋はそう思った。と、同時に、

 ──せ、せめて痛くありませんように……。

 とまで思ってしまうほどに諦めがついてしまった。

 3D眼鏡でもかけているかのように立体的に見えるそれの口が、大きく開いたまま、千秋を食らおうと突っ込んできた。

「ひぅ……!!」

 ぐっ、と思わず目を閉じる。

 ……がきぃん………………………………………………………………………………。

 十数秒くらい経っただろうか。痛くもなければ、寒くもならない。もしかして本当に痛いと思う間もなく寒いと思う間もなく死ねたのだろうか。だとするならば、あのキメラもどきの化け物に感謝したい。でも願うなら死体は完全に消化してください。もしも幽霊になった時にむごいものを見たくありません、と千秋は切に願った。

 ……しかし、一向に天使のお迎えは来ない。まさか悪魔でも来るのだろうか、と怯えながらゆっくりと目を開けてみた。


 そこには同い年くらいの少年と、自分を食ったはずの化け物が、少年の持つ身の丈ほどの巨大な大剣に受け止められて止まっていた。


「……………………。………………。…………。……え?」

 しばらく千秋がポカンとしながらその状況を眺めていると、

「だあぁぁぁああッ!!」

 ズドン! とでも鳴りそうなほど勢い良く、化け物が少年に押し返された。

「う……あ……えっと……」

 さっぱり状況が理解出来ない。パニック状態の頭が取り入れるのは、少年の姿と、持っている剣だけだ。さっきから仰向けから何とか脱しようとしている化け物にはさっぱり意識が向かない。

 少年の外見を一言でいえば、日本人だ。真っ黒な、漆黒と言っても良いほどの綺麗な黒髪。いわゆるイケメン、という奴ほどではないが、カッコいい部類には入るであろう顔つき。今の時代知っていておかしくないとある学校の制服。第一印象はクールでカッコいい男の子、といったところだろうか。

 対して、彼の持っている巨大な大剣は──、

「トライデント……?」

 『Magic Assistance Code Trident』略してMACT(マクト)、通称『トライデント』。現在の世界で存在している職の一つ、魔導戦士の持つ魔法補助デバイスだ。千秋の勉強した限り、種類は二つほどあったが、見分けるほどの能力は彼女には無い。

 何故トライデントだと分かったかなどと聞かれても、常識的に考えたに過ぎない。今の時代、武器なんて大抵トライデントなのだ。

 などと千秋が考えていると、少年はぶつぶつと千秋を見ながら言った。

「民間人か……。SGSに通ってる訳でもないみたいだな。守りながら戦うのは苦手なんだけどな……」

「?」

 千秋にはよく聞こえなかったらしく、少し聞き耳を立ててみよう、と思った矢先だった。

 ズドン! と音を立てながら化け物が仰向けから脱した。

 それを見ていた千秋は「ひぁっ!?」と悲鳴を上げ、少年は目を細めながら見つめ、千秋を背に化け物の方に向かって行った。

「シルディック、ウォーター・スライド」

〈了解です。術式構築完了。発動時間は約一時間〉

「そんなにかかるわけないだろ」

〈一応の確認ですよ、一応の〉

「さすが。おせっかいな委員長キャラさんだ」

 背中越しではあるが、なんとなく少年が笑ったような気がした。

 瞬間、少年は化け物に向かって走り出す。

 先程までの、化け物と少年の距離は約一〇メートル。それを少年は一瞬でつめた。と同時に、その大剣が内から外に大きく振るわれた。ズバシュっ、という肉を斬り裂く音が聞こえた。

「ちっ……浅いな」

 少年の言う通り、今の一太刀で傷ついたのは顔の一部だけだ。

 フッと、少年の身体が消える。代わりに残されたのは、綺麗に輝く透明な光。それは地面に落ちると、ぴしゃっと音を立てた。水だ。よく見ると、その水は、まるで滝が上下逆にでもなったように上に向かって、水の流れが出来ていた。完全に重力に逆らって。その先端には、さっきの少年がサーファーのように乗っていた。

 その上から飛び降りながら、大剣を振るった。乗っていた水をその刀身に纏わせ、さっきよりも完全に大きな大剣を。

 化け物はそれを横に飛んで避ける。

「バカが!」

 が、水を纏って巨大化した剣身は、地面に当たると思うと、剣身の半ば辺りからぱっくり折れて、真っすぐ化け物に向かっていった。

 ズドン! という轟音が響く。

 水の剣身は化け物の胴体に大きく穴をあけ、霧散した。

「ふぅ……。まだまだザコのうちだな」

 まるで最初からそうであったかのように、化け物が横に倒れる。それから数秒後、全身が綺麗な光の粒となって消え去った。さっきまでそこにあった巨体は、もう存在していない。

「さて、っと」

 一仕事終えたー、という感じの少年は、面倒くさそうに千秋の方を見た。

「……は?」


 そこには何やらスカートらしきものから綺麗な足が見え、その足はドタバタと暴れていた。


「んなっ!?」

〈『狭間』の出現を確認!〉

「んー! むぐもがががががッ!!?」

 典型的な異次元への扉らしきものの中に、千秋の上半身は吸い込まれていた。訳が分からないのだろう。彼女は、何か泣き叫んで(こちらからでは何を言っているのか分からないが)どたばた暴れて抵抗しているのだが、それを見ている少年には、スカートの中が丸見えだ。

 少年は思わず目をそらした。

「…………」

〈……何紅くなってるんです?〉

「あ、紅くなんてなってない!! と、とにかく! ひ、引っ張り上げるぞ!?」

〈声、裏返ってますよ?〉

 「う、うるさい!」などと言いつつ、少年は千秋の元に駆け寄った。……までは良いのだが、

「……どこを持てばいいんだ?」

〈彼女の足を持てばいいじゃないですか〉

「いや……あの……それはさすがにちょっと気が引けるんだけど……」

〈いつもクール気取ってるあなたらしくないですね。別にいいじゃないですか、男の子は好きなんでしょう? パンツ〉

「まるで全ての男が好きかのように! それは一種の偏見だぞ!?」

〈嫌いなんですか?〉

「……嫌いではない」

〈変態ですね〉

「くっそおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーー!!」

 半ばやけになりながら、がしっ! と千秋の足を掴んだ。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!?」

 瞬間、びくっ! と反応したかと思うと、千秋の足は掴んだ犯人を思いきり蹴り上げる。

 ズゴッ! と、少年の胸の辺りにくい込んだ。

「むごぉっ!!?」

〈防衛反応ですね〉

「う……ぉぉぉぉおお……鳩尾……鳩尾入ったぁ……おぉ!?」

 などうめいていると、何やら両手に違和感が走った。恐る恐る目を向けてみると、

「な、何故俺まで!?」

 蹴られた拍子に離した足はもう見えない。その代わりに、少年の手が異次元への扉に食われてしまっている。

「し、しまった!!」

〈『狭間』への突入を確認。逃げられませんね。自業自得です、変態さん〉

「ちょっと待て! 足掴めって言ったのはおま──!」

 少年の言葉は最後まで続かなかった。言い終えようとした時にはもう、全身その扉の中に吸い込まれていた。







初投稿の中、なんだかんだで始まりました。出来れば、このワルクラ(勝手に略した)を、皆さんが楽しめたらいいなー、なんて思っています。

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