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燼滅のプロメテウス  作者: 漣リラ


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2話 虚獣、燼滅

『――奏斗、聞いてる?』


 不意に、インカムから俺の名を呼ぶ静かな声が意識を現実へと引き戻した。

ハッと我に返る。俺は廃墟ビルの屋上の縁に立ったまま、眼下の敵を睨みつけていたらしい。


 右手に灯した炎が、思考の深淵に沈んでいた俺の感情と呼応するように、不規則に揺らめいている。


「悪い、少し考え事をしていた」

『戦闘前に感傷に浸るのは悪癖よ。集中しなさい』


 叱責する彼女――霧島きりしま れいの声は、いつも通り冷静だ。だが、その語尾には、ただの叱責ではない、俺を案じる想いが微かに含まれていた。 彼女は俺と同期入隊の19歳。大気中の『骸粒子(がいりゅうし)』を感知・操作する『骸識がいしき』という能力を持つ念動者サイカーであり、その索敵・分析能力は、この紅莉隊の頭脳であり、生命線だ。


「いつでもいけます、奏斗サン!思う存分、ブッ放しちゃってください!」


 俺の背後では、巨大なタワーシールドを構えたもう1人の同期が快活に笑う。彼の名は木堂きどう じゅん。18歳の彼は、触れたものに衝撃を反射・無効化するエネルギーを与える『応報の盾』の能力を持つ付与術師エンチャンター。その軽薄な性格とは裏腹に、暴走しがちな俺の炎を真正面から受け止め、仲間を守るという強い意志を秘めた、この部隊の頼れるディフェンダーだ。


「ああ。頼むぞ」


 俺は短く応えると、再び眼下――封鎖された交差点に群がる異形の群れへと視線を落とした。


 人の形を辛うじて留めたものから、複数の死体が融合した悍ましい姿のものまで様々だ。奴らこそが、現代日本に巣食う霊的災害『虚獣きょじゅう』。その正体は、大気中に蔓延する未知の粒子『骸粒子がいりゅうし』に侵された、人間の死体の成れの果てだ。


 生前の記憶も、理性も失った、からっぽの存在。奴らの目的は、仲間である虚獣を増やす事。本能のまま人を殺し回るクソどもだ。


弱点は、体内のどこかに存在する、元の心臓が変質した『コア』と呼ばれる器官。それを完全に破壊しない限り、肉体がどれだけ損傷しようと、奴らは無限に再生する。


「怜、マーキングは?」


『完了してる。全30体の『核』の位置情報、あなたの視界に共有済み』


 怜の言葉と同時に、俺の網膜に装着されたコンタクトディスプレイに、赤いマーカーが幾重にも表示される。眼下の虚獣一体一体の、的確な弱点の位置だ。


 俺たち『内閣官房・霊災対策室』――通称『霊対室』は、この虚獣を人知れず狩るための秘密組織。警察や自衛隊では対応不可能である虚獣たちを、俺たちのような特殊な力を持つ『能力者』が討伐する。


 霊対室の実行部隊は、その実力と任務の難易度に応じてA級からD級までランク分けされており、全部で21部隊存在する。そして、俺たち『紅莉隊』は、主にC級案件を担当する部隊の一つだ。


 俺は屋上の縁を強く蹴り、虚獣の群れに飛び込む。

落下しながら、右腕を眼下へと突き出す。


「憎しみを焚き、猛れ―――『紅蓮』!」


 掌に灯っていた小さな炎が、俺の憎悪を燃料にして、爆発的に膨れ上がっていく。


虚獣の鉄則は『核を破壊すること』。


「順! 今だ!」


「了解ッ! シールド展開! マージリフレクト!」


 順がタワーシールドを地面に突き立て、展開させる。そのシールドに対し、彼の能力『応報の盾』の衝撃を反射・無効化を、付与する。これで、俺の炎の余波が周囲に拡散することはない。


網膜に映る、無数の赤いマーカー。


忌むべき虚獣。


――焼き尽くす。

一体残らず、跡形もなく。


 俺は、炎を大きく膨らませ、右腕を振り抜く。体内の全エネルギーを乗せ、解き放つ。


「――『燼滅炎・広突』(じんめつえん・こうとつ)ッ!!」


 大きく広がった炎から、30本の炎柱が放たれる。

螺旋を描く紅蓮の奔流が、虚獣たちに着弾する。

瞬間、音と光が爆ぜる。

断末魔の叫びを上げる間も、再生する暇さえ与えない。

俺の能力『紅蓮』による炎は、肉体と『核』を焼き尽くし、消し炭にする。


 順のシールドで覆っていない部分、アスファルトはガラスのように溶け、赤黒く変色していた。虚獣がいた痕跡は、微かに舞う灰の他には、何も残っていない。


 俺は手から炎を出し、落下の衝撃を和らげゆっくりと着地する。


「全体殲滅。奏斗、お疲れ様」


「……はぁ、さっすが奏斗サン。でもまた派手にやったッスね。これ、始末書モンじゃないすか?」


「被害予測範囲内よ。問題ないわ」


順の軽口を、怜が冷静に切り捨てる。2人は溶けたアスファルトが放つ熱気で暑そうにしながら、俺に近づいてきた。


「奏斗、顔色が悪いわよ。大丈夫?」


「……別に、大丈夫だ」


「嘘ね。あなたの炎の揺らぎを見れば分かる。あまり、自分を追い詰めないで。今のあなたは一人じゃ――」


 怜が何かを言い募ろうとした、その時だった。

インカムが、ピ、と短い電子音を立てる。全員の表情が、わずかに険しくなる。


「本部から緊急指令。嘘でしょ、今終わったばかりなのに」


 手元にあるタブレットを数回タップした怜は、信じられない、といった顔で俺と順を見上げた。


「次の任務の詳細が届いたわ」


ゴクリ、と順が喉を鳴らす。怜のただならぬ雰囲気に、何かを察したのだろう。


怜は一呼吸置き、告げる。


「――等級、A級。指定エリア、第7号廃棄埠頭」


「A級!? なんで今の俺たちがそんな任務にアサインされるんすか!?」


「内容は詳細不明の大型個体が一体の討伐。ちなみにA級部隊と合同、それに私たちは後方支援と民間人の避難よ」


 A級。俺たちが普段相手にするC級とは、一線を画す脅威度。

だが、その言葉を聞いた瞬間、俺の心の奥底で燻っていた憎悪の残り火が、再び熱を帯びるのを感じた。

 

「久しぶりのA級任務か……。気合い入れていくぞ」


「ッス!!」 「応!!」

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