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燼滅のプロメテウス  作者: 漣リラ


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19話 十三骸使徒

 少女が覚悟を決めた瞳で俺たちを見据えたことで、総司令室の空気は、新たな緊張感に包また。赤い瞳の奥には、確かな知性と、そして底知れない闇が広がっていた。


「……まずは、私自身について話をしよう」


 少女は、何かを思い出すように、目を伏せる。少し間を開けたあと、淡々とした口調で喋り始めた。その声は、まるで遠い過去の物語を語るかのように、感情が抜け落ちている。


「お前たちが言った通り、私は虚獣だ。名前は無い。だが、元からそうだったわけじゃない。私は、お前たちと同じ、ただの人間だった」


「……どういうことだ?」


 俺の問いに、少女は自嘲するように唇を歪めた。その笑みは、あまりにも悲しく、そして冷たい。


「言葉通りの意味だ。私は、生きた人間の肉体に、虚獣の核を埋こまれた、改造人間だ。……まあ、改造人間なのか、改造虚獣なのか、分からんがな」


 ――改造人間。仙台埠頭でこいつと相対した時、怜が言っていた言葉が、脳内でフラッシュバックする。肉体は人間だが虚獣の核がある、と。あの時の分析はが正しかったことを確信し。俺も、順も、怜も、息を呑んだ。

 人間の死体から生まれるのが、虚獣。それが、俺たちが知る世界の法則だった。だが、目の前の少女は、その大前提を根底から覆した。


「核を埋め込まれる前の記憶は無い。自分が誰だったのか、どこで生まれて、どう生きてきたのか、何も覚えていない。気づいた時には、私は『私』になっていた」


「そんな……ことが、可能なの……?」

 怜が、信じられない、といった様子で呟く。彼女の『骸識』をもってしても、生きた人間に核を埋め込むなどという外道の所業は、想像の範疇を超えていたのだろう。


 今まで黙って聞いていた響也が、腕を組んだまま、低い声で言った。


「……気色悪ぃ話だが、不可能じゃねぇかもな。虚獣も元は人間だ。骸粒子の研究は、俺たちが思っている以上に、進んでいるのかもしれねえ。……霊対室以外の、どこかのクソッタレ共のせいでな」


 その言葉には、隠しきれない怒りが滲んでいた。

 少女は、そんな響也の怒りを肯定するように、静かに続ける。


「私が組織にいた時に一緒だった奴も、最初は人間だった。しばらく居なくなったと思ったら、私と同じような身体になって帰ってきた。記憶を無くしてな」


 少女は、どこか物憂げな表情で話す。その瞳に一瞬だけ宿ったのは、同情か、あるいは自己憐憫か。


「私と同じように、多くの人間たちが『実験体』として扱われていた。ある者は、虚獣の細胞を移植され、ある者は、骸粒子を直接投与され……そのほとんどが、拒絶反応で死んだか、自我のない化け物になった」

「……酷い……」

 順が、顔を青くして呟く。彼の純粋な正義感が、その非人道的な行いを許せないのだろう。

 少女は、そんな俺たちの反応を意にも介さず、ただ事実として話を続けた。


「私は、幸か不幸か、虚獣の核との適合率が異常に高かったらしい。おかげで、こうして生き永らえることができた」


「なるほど。……して、君が逃げてきたのは、なぜかな?」

と、総司令が尋ねる。その声は穏やかだが、核心を突く鋭さがあった。


「あそこに居るのに嫌気が差した。素行不良で独房にぶちこまれてた時の見張りを何体かぶっ殺して脱走してきた」


 その言葉は、あまりにも淡々としていて、彼女がくぐり抜けてきたであろう地獄を物語っていた。

 少女は、一度息をつくと、俺たちの動揺を見透かすように言った。


「……ま、私のことはこんなもんだ。気を失っている間、私の身体については調べただろう? ここまでの話はそんなに驚かなかったはずだ」


 その通りだった。驚きはしたが、心のどこかで予感していた。問題は、その先だ。

 少女は、そんな俺たちの動揺を意にも介さず、本題へと話を移す。


「次は、私を造り出した組織について。お前らが虚獣を根こそぎ殲滅するなら知っておかなくてはいけない連中のことについでだ」


 部屋の空気が、再び引き締まる。


「奴らは、自らたちをこう名乗っている。――『十三骸使徒』と」


 十三骸使徒。

 初めて聞く単語。だが、その言葉が持つ不吉な響きは、俺たちの背筋を凍らせるには十分だった。


「使徒……? なんだそりゃ。宗教かぶれの集団か?」


 俺が吐き捨てると、少女は「まあ、的外れではないな」と、意外な言葉を返した。


「奴らは、人間と同等の……いや、それ以上の知能と、明確な意志を持った、十三体の特殊な虚獣で構成された組織だ。お前たちが普段相手にしている、ただ本能で動くザコどもとは、次元が違う」


「……奴らの目的は、なんだね」

 問いかけたのは、厳十郎だった。

 その声は、変わらず穏やかだったが、その瞳の奥には、鋭い光が宿っている。


 少女は、拘束されたまま、まるで天を仰ぐかのように、ゆっくりと顔を上げた。

 そして、語り始めた。

 その、狂信的で、あまりにも壮大な、奴らの目的を。


「『骸粒子による、世界の強制進化』。それが、奴らの掲げる理想だ」

「……世界の、進化……?」


「争いをやめられない、不完全な人間という種を、一度全て淘汰する。そして、骸粒子によって、全ての生命を虚獣へと変貌させることで、争いのない、静かで完璧な世界を創造する……それが、奴らの掲げる理想だ。そのために、奴らは日本各地で霊災を引き起こし、骸粒子の濃度を高め、世界を作り変える準備をしている」

 少女は、そこで一度言葉を切ると、俺たちを嘲笑うかのように言った。


「奴らにとって、自分たちの行いは『破壊』じゃない。『救済』なんだとさ。笑えるだろ? 心底気持ちが悪い」


 吐き気がするほどの、独善的な思想。

 それは、救済などではない。ただの、破壊と蹂躙だ。そんなために、全人類を虚獣に変える?

そんなこと、許されてたまるか。俺の腹の底から、静かな怒りが込み上げてくる。


「……その使徒とやらを束ねているのは、どういう虚獣なのだ?」

 総司令の問いに、少女は「さあな」と首を振った。


「私は直接会ったことがないから詳しいことは分からんが………奴らは、互いをコードネームで呼び合っていた。リーダーのことは、『原罪』と読んでいたな」


「『原罪』……」

 その言葉に、総司令と響也さんが反応する。 

「……やはり、存在したか」


 総司令が、重々しく呟く。


「二人とも、知っていたんですか!?」


響也さんが答える。

「ここ数年、各地で発生する霊的災害の中に、組織的な犯行としか考えられない事案が散見されていた。まるで、誰か指揮官がいるかのように。……その黒幕が、そいつらだというわけか」


「……最初に生まれた虚獣、ファースト・ビーストだとも、骸粒子そのものの意思が具現化した存在だとも、噂されていたがな。私は、その正体を知らない」


 原罪。

 その言葉の重みが、総司令室にのしかかる。

 俺は、ただ黙って、拳を握りしめることしかできなかった。これまでの戦いは、全てこの『原罪』とやらの掌の上だったというのか。


「……最後に、忠告してやる」


 少女は、総司令と響也さんを挑発するように見つめた。その赤い瞳は、これから告げる言葉が、紛れもない事実であることを物語っている。


「十三骸使徒の強さについて、最低でもそこにいる雷男あんたに匹敵すると思っていい。こと、底知れなさで言えば……あんたら人間よりも、遥かに上だ」


 その言葉は、俺たちの心に、新たな絶望の種を植え付けるには、十分すぎるほどの響きを持っていた。

 S級に匹敵する化け物が、13体も。

 それが、俺たちがこれから戦わなければならない、本当の敵の正体だった。

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