18話 取引の資格
俺が目を覚ましてから2週間後。仙台埠頭での一件から1ヶ月後。俺たち紅莉隊は、東京の霊対室本部へと出頭していた。
霊対室本部――都心にそびえる超高層ビルの地下深くに広がる、巨大な要塞。そこに足を踏み入れるのは、一年ぶりだった。かつて慣れ親しんだはずの廊下も、今はどこかよそよそしく感じられる。
俺たち三人が案内されたのは、最深部にある総司令室の重厚な扉の前で、一度だけ顔を見合わせた。そして、覚悟を決めて、中へと入る。そこには、二人の男と、一人の少女が待っていた。
一人は、霊対室のトップにして、六神鬼・筆頭、"天蓋"・産土神厳十郎総司令。
もう一人は、六神鬼・弐席、"雷轟".紫電響也。
そして――。
部屋の中央に置かれた特殊な拘束椅子に、全身を厳重に縛り付けられていたのは、あの銀髪の少女だった。その瞳は、1ヶ月前と変わらず、俺たちを射殺さんばかりの鋭い光を宿している。
「――紅莉隊、ただいま帰還しました」
俺の報告に、部屋の奥の中央の玉座に座り、静かに茶をすすっていた産土神厳十郎総司令が、ゆっくりと顔を上げた 。
響也さんは、総司令の隣に、壁に寄りかかるようにして立っていた。
「うむ。よく来たな、紅莉隊の諸君」
総司令の穏やかな声が、緊張に満ちた部屋に響く。
「奏斗くん。体の具合はもう良いのかね?」
「……おかげさまで。もう、いつでも戦えます」
「そうか。それは結構」
総司令は満足そうに頷くと、その視線を俺と、拘束された少女の間で往復させた。
「では、奏斗くん。早速だが本題に入ろう。そこにいる少女の顔、よく見て、何か思い出すことはないかね? 過去にどこかで会った、とか」
「見覚え、ですか……。ありますよ」
俺は、改めて少女の顔をじっくりと見る。
整いすぎた顔立ち。キラキラと輝く銀髪に血のように赤い瞳。憎たらしいほど、美しい。だが、俺の記憶に、あるのは――
「俺をぶっ飛ばして重傷を負わせた、あの埠頭の虚獣です」
「フン、威勢がいいな、ザコが」
俺の答えに、少女が鼻で笑う。
「んだと、コラ」
総司令は、俺たちのやり取りを意に介さず、淡々と続けた。
「そうか、では、あの埠頭での出来事の当事者たちに事実確認をさせてもらう」
それからしばらく、総司令による淡々とした尋問が続いた。俺たち三人と、そして少女。それぞれが、あの夜に起きたことを、己の視点から語っていく。
「……少女、君は、奏斗くんを蹴り飛ばしたとのことだが、そこに殺意はあったのかね?」
「無い。殺すつもりなら、最初に腹を貫いていた。蹴りを入れたのはただの脅しだ。ただ、思ったより吹き飛んだんで、正直驚いたがな」
その舐めきった態度に、俺の頭にカッと血が上る。
「てめぇ……! もういっぺん言ってみろ! 今すぐここでぶっ殺してや――」
「ちょ、ちょ! 奏斗サン、落ち着いて!」
俺の肩を、順が必死に押さえる。
厳十郎は、そんな俺たちの様子を静かに見つめると、今度は少女へと向き直った。
「殺意は無し、か。嘘をついている様子でも無さそうだ」
総司令は、ひと呼吸置き尋ねる。
「……君に問おう。君は、一体何者なのかな?」
「タダで教えると思うか?」
少女は、不敵に笑う。
「私と、取引しろ。そうすれば、お前たちが知りたいことを、ある程度は教えてやる」
「取引だと? お前、前もそんなこと言ってたな。一体、何が望みだ」
俺が問い詰めると、少女は、俺を、そして総司令と響也を真っ直ぐに見据えて言い放った。
「私を、お前らの組織に入れろ。そして、虚獣狩りを手伝え」
「……は?」
意味が分からない。
虚獣が、虚獣狩りを手伝え、だと?
こいつ、何を言っているんだ。霊対室に入れろ? ふざけるのも、大概にしろ。
俺が怒鳴りつけようとした、その時。
それまで黙っていた響也さんが、壁から身を起こし、ゆっくりと口を開いた。
「……おい、お嬢ちゃん。何か、勘違いしてねえか?」
響也の声は、いつもの軽薄さとは違う、底冷えのするような響きを持っていた。
「お前、取引をもちかけられる立場にねえぞ。取引ってのは、対等な関係の者同士が、対等なモンを出し合うから成立するもんだ」
「……どういうことだ?」
「俺らとお前は、対等じゃねえって言ってんだよ」
響也は、少女の目の前まで歩み寄ると、その赤い瞳を覗き込んだ。
「お前が、人間の肉体を持ちながら、心臓に虚獣の『核』を持ってることは、とっくに調べがついてる。その核がある時点で、お前は虚獣だ。俺たち霊対室のルールに則れば、お前は、今ここで処分されても、文句は言えねえんだよ」
響也の言葉を引き継ぐように、厳十郎が静かに告げた。
「そういうことだ。君には、取引をする資格はない。君に残された選択肢は、今ここで死ぬか、我々の質問に答えるか。その二つだけだ」
部屋の温度が、数度下がったように感じられた。
絶対的な強者たちが作り出す、圧倒的な威圧感。
だが、少女は、その圧力に屈しなかった。
しばらく黙り込んだ後、彼女は、フッと息を吐いて、口を開いた。
「……なるほどな。じゃあ、聞かせろ。情報を喋った後、私をどうするつもりだ?」
それは、彼女なりの、最大限の譲歩だった。
厳十郎は、その言葉に、わずかに満足そうな表情を浮かべた。
「我々も、鬼ではない。君が提供する情報の中身、そしてこれからの態度次第で、処遇は考えよう。幸い、君は、人は殺していない。……友好的な協力者として、組織の監視下に置き、生かす道もある。とだけ、伝えておこう」
死か、生か。
少女は、数秒間、何かを考えるように目を伏せた。
そして、再び顔を上げた時、その瞳には、覚悟が決まっていた。
「……そうか。なら、喋ってやる。私の事と、私が居た組織のことを」
少女は、俺たち全員を睨みつけるようにして、言った。
「その代わり、私の要望は、必ず叶えてもらうからな」




