16話 兵器廠
「それで、総司令。アリスを呼んだ要件は何? こいつの顔、1秒も見たくないんだけど」
アリスは、響也を睨みつけながら、総司令のデスクの前に置かれたソファにどかりと腰を下ろした。その小さな体躯とは裏腹に、態度は全く可愛げがない。
「おいアリス、また今度、最新式の人型兵器をトレーニングに貸してくれよ。いい加減、俺のスピードについてこれるやつ、作ったんだろ?」
「やだよ。響也に貸すと、3分でスクラップにされるんだもん。アリスの大事な子供たちを、あんたみたいな脳筋ゴリラに二度と貸すもんか」
軽口を叩き合う二人。この少女、九十九アリスは、14歳にして霊対室の研究開発部門のトップに君臨する天才だ。彼女が自ら開発した無数の自律機動兵器に、対虚獣用の特殊エネルギーを付与して遠隔操作する能力『兵器廠』は、一人で一個師団に匹敵する火力を誇る。その功績と特筆した戦力から、最年少で六神鬼の陸席に名を連ねる、正真正銘の怪物だった。
「まあ、そう邪険にせんことだ」
厳十郎が、穏やかに会話を遮る。
「アリスくん。今日は君に、頼みたいことがある」
「頼み?」
アリスは、タブレットから顔を上げ、訝しげに厳十郎を見た。普段、総司令が彼女に依頼するのは、新型兵器の開発や、既存装備のアップデートがほとんどだ。わざわざ本部まで呼びつけるからには、よほどのことなのだろう。
厳十郎は、部屋の隅で気絶している銀髪の少女を、静かに指差した。
「そこの少女をしばらくの間、見張っていて欲しい」
「はあ? 何それ。アリス、シッターじゃないんだけど。ていうか、誰よその子」
心底面倒くさそうに、アリスは少女を一瞥する。
響也が、代わりに答えた。
「正体不明の虚獣だ。だが、知性がある。もしかしたら、『原罪』に繋がる、重要な情報源かもしれねえ」
「……!」
その単語が出た瞬間、アリスの表情から、子供っぽさが消えた。
霊対室が、その存在を極秘とし、最重要警戒対象としている虚獣『原罪』。その名を知る者は、霊対室の中でもごく一部に限られる。
「これから、この少女の素性を徹底的に調査する。だが、その過程で、彼女が目を覚まし、暴れだす可能性も十分にある」
厳十郎が、本題を切り出した。
「その際の、万が一の備えが欲しい。アリスくん、君の『兵器廠』の、戦力の半分を、この少女の監視と護衛に割いてもらいたい」
「――は?」
アリスは、目を丸くした。
彼女の表情は、「何を言っているんだ、この爺さんは」と、雄弁に物語っている。
「……半分? 戦力の半分ですって? 総司令、正気? それだけの戦力があれば、並のA級虚獣なら1分で粉々にできるんだけど。なんで、たかが虚獣一体の監視に、そんな大げさな戦力が必要なわけ?」
アリスの疑問は、もっともだった。
彼女の戦力は、霊対室の、いや、日本の防衛における重要な柱の一つだ。それを、半分も、一人の少女の監視に割くなど、常軌を逸している。
「それほどの事案だということだ」
響也が、静かに、しかし重い声で言った。
「こいつは、A級上位相当の虚獣を、無傷で仕留めた。俺が駆けつけた時も、紅莉隊の連中を完全に圧倒してた。正直、俺が奇襲をかけなけりゃ、どうなってたか分からねえ」
「……あんたがそこまで言うなんて」
アリスの顔に、初めて緊張の色が浮かぶ。
響也の実力を、彼女は誰よりも知っている。その彼が、手放しで危険性を認める相手。
「万が一、この少女が、研究員を含め戦闘員以外も多くいる本部で暴れてしまえば、被害は甚大となる。それだけは避けたい。」
厳十郎の言葉が、その場の空気を凍てつかせた。
「ふーん。なるほどね。状況は、理解したけどさぁ」
アリスは、タブレットを数回タップすると、深く、深いため息をついた。
そして、面倒くさそうに、しかし、六神鬼の一員としての覚悟を決めた顔で、厳十郎を見た。
「総司令の頼みなら分かったよ。アリスの子供たちの半分、貸してあげる。その代わり、この子で取れたデータは、全部アリスに渡しなさいよ。こんな面白いサンプル、滅多にないんだから」
マッドサイエンティストとしての好奇心が、面倒くささを上回ったらしい。
その返答に、厳十郎は、満足そうに頷いた。
「うむ。感謝する、アリスくん」
こうして、一人の少女の処遇は、霊対室の最高戦力三人を巻き込み、国家レベルの厳戒態勢の下で、決定されたのだった。




