15話 総司令
「まあ、まずは座りたまえ。茶でも飲むかね?」
「いえ、結構です。すぐに報告を」
厳十郎の穏やかな誘いを、響也は固い声で断った。その顔には、先程までの軽薄な笑みはない。六神鬼が一人、"雷轟"としての、戦士の顔があった。
「そうか。君とこうして顔を合わせるのも、半年ぶりか。息災そうで何よりだ」
「総司令こそ。お変わりないようで」
短い世間話。だが、その間に交わされる視線は、互いの実力を探り合うかのように鋭い。
目の前の老人、産土神厳十郎。霊対室の創設メンバーの一人にして、現総司令官。そして、霊対室の最高戦力である六神鬼を束ねる筆頭、"天蓋"。その存在そのものが、この霊対室、ひいては日本という国を守る絶対的な結界であるとまで言われている。
響也が唯一、心の底から敬意を払う男だった。
「――では、報告します」
響也は、居住まいを正した。
「仙台・第7号廃棄埠頭に出現したA級虚獣の件。A級第3部隊、隊長の刃金以下5名、全員の殉職を確認しました」
「……そうか。広域戦闘の制圧力はピカイチだったんだがな、残念だ」
厳十郎は、表情一つ変えずに頷く。その瞳の奥で、どのような感情が渦巻いているのか、響也にも読み取ることはできない。
「虚獣は後から現れた所属不明の能力者によって、討伐されました」
「所属不明の、能力者?」
厳十郎の眉が、わずかに動いた。
響也は、部屋の隅に横たえさせた、気絶している銀髪の少女を顎で示す。
「こいつです。ただし、正体は虚獣。心臓部に、虚獣の『核』を持っています」
「ほう……」
厳十郎は、初めて少女の方へと視線を向けた。その目は、まるで希少な骨董品でも鑑定するかのように、冷静で、鋭い。
「して、『問題児』たちは、どうだったかね?」
厳十郎の口から、思いがけない言葉が飛び出した。
響也は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに苦笑を浮かべた。
「ご存知でしたか」
「C級部隊を、A級案件の後方支援に回すなど、私の許可なくしてはできんよ。少し酷ではあったが、予想通り、私の期待を超えてきた」
全て、この老人の掌の上だったというわけか。
響也は、やれやれと首を振った。
「その通りで、相変わらず、無茶と無謀のオンパレードでしたよ。ですが、まあ……死にはしませんでした。紅莉奏斗は、現在瀕死の重傷ですが」
「まずは生きておれば、それで良い」
厳十郎は、満足そうに頷いた。
その時だった。
コンコン、と控えめなノックの後、総司令室の重厚な扉が、勢いよく開かれた。
「総司令~! かわいいかわいいアリスちゃんが、遠路はるばる本部まで来たよ〜!」
部屋に飛び込んできたのは、ゴスロリ風のドレスに身を包んだ、小柄な少女だった。その手には、常にタブレット端末が握られている。
彼女は、部屋の中を見渡すと、響也の姿を認め、げんなりとした顔をしてみせた。
「って、響也じゃん。なんでいんの? 最悪なんだけど」
「そりゃこっちのセリフだ、クソガキ」
軽口を叩き合う二人。
この少女こそ、六神鬼の陸席、"百兵"こと、九十九アリス。14歳にして霊対室の研究開発部門を統括する、正真正銘の天才だった。
「よく来てくれたね、アリスくん。それでは、始めようか」
厳十郎が、孫娘に語りかけるように、優しく微笑んだ。
その穏やかな雰囲気が、これから始まる議題の、ただならぬ重要性を、逆に際立たせていた。




