10話 黒き乱入者
時間が、止まったかのように感じられた。
俺たちの頭上に吊り下げられた、巨大な貨物船の空。絶望的な光景の中、その戦場を支配していたのは、唐突に現れた一つの影だった。
コンテナを足場に、夜空を駆ける黒い流星。
その異質な乱入者は、この場の誰よりも、虚獣自身の注意を引いた。
黒い鎧の様なものを身に纏うその存在は明らかに異様な雰囲気を醸し出していた。
「なにあれ? 黒い……鎧?」
俺たちを圧し潰そうとしていた、圧倒的な念動力。その対象が、空を駆けるその黒いへと完全に切り替わる。
俺たちを見下ろしていた虚獣の巨大な顔が、ギギギ、と軋みを上げながら、新たなる敵へと向けられたのだ。
それは、明らかな敵意と、わずかな焦り。
「あいつ、俺たちへの攻撃をやめたのか?」
瓦礫の中で、順がかすれた声を漏らす。
そうだ。虚獣は、もはや俺たちなど眼中にない。その全意識を乱入者へと集中させている。
そして、迎撃が始まった。
埠頭に浮遊していた、ありとあらゆる瓦礫。鉄骨、コンテナ、トラックの残骸。その全てが、空を駆けるあの乱入者に殺到する。
その様は、まるで巨大な蜂の巣を突いた時に、一斉に襲い掛かってくる蜂の群れ。
一つ一つが致命的な質量を持つ、鋼鉄の弾幕。A級部隊を蹂躙した、あの念動力の嵐が、今、乱入者へと向けられる。
避けられるはずがない。
誰もが、そう思った。
だが、その乱入者は、俺たちの常識を嘲笑うかのように、死の弾幕の中を突き進んだ。
速い、速すぎる。
迫り来るコンテナの側面を、まるで地面であるかのように蹴り、さらに加速する。真正面から飛来する鉄骨は、最小限の動きで紙一重に回避。回避しきれない瓦礫の群れは、腕の一振りで、まるで石ころのように粉砕していく。
その動きには、一切の無駄がなかった。
最短距離を、最高速度で突き進む。
「なんなんだ。あの力。能力者なのか? というか、そもそも人間なのか?」
「あの存在、私の『骸識』に反応しない。あの黒い鎧、骸粒子を拒絶する性質があるわ。こんなの初めてね。おそらく、何かしらの能力の可能性が高い」
怜の分析が、俺の直感を裏付ける。
黒い鎧のようなものを出す能力。あの驚異的な速度は、それをバネのようにして弾けさせることで可能にしている。
虚獣は、迎撃の密度をさらに増していく。
ついには、俺たちの頭上で静止していた、あの巨大な貨物船までもが動き出した。
埠頭ごと更地にするほどの質量兵器が、乱入者へと落とされる。
もはや、奴の速度でも回避は不可能だ。
貨物船の影が完全に覆い尽くす。
それに気づいた乱入者は、自身の上半身を黒い鎧で覆い、弾丸のような形状に変化させる。
そしてそれまで足場にしていたコンテナを、これまでよりも強く蹴りつけ、跳ね上がる。
ミシリ、とコンテナが悲鳴を上げ、砕け散る。乱入者は弾丸と化し、貨物船を、貫通、突破した。
そして、ついに虚獣の懐、その巨大な顔の前まで到達する。
覆っていた流線形の黒い鎧。それが、まるで生き物のように蠢き、その右腕へと、奔流となって収束していく。
それは、生物的な曲線と、無機的な鋭利さを兼ね備えた、異形の黒い衝角へと変貌した。
虚獣を殺すためだけにデザインされた凶器。
そして、俺たちは聞いた。
戦場の喧騒の中、凛と響き渡る、鎧の人間の冷徹な声を。
「――消えろ、デカブツめが」
次の瞬間、黒い衝角が、虚獣の最後の核が存在する頭部へと叩き込まれた。
虚獣も最後の抵抗とばかりに、念動力の全てを頭部の一点に集中させ、衝角の動きを止めようとする。
だが、無意味だった。
黒い衝角は、その念動力を意に介さず、核に突き刺さった。メキメキと、巨大なスイカに杭を打ち込むような、嫌な音が響く。
だがその時―――
虚獣の頭部が、内側からの爆発によって、跡形もなく消し飛ぶ。その衝撃は足元にいる俺らの所まで届く。
「えっ! 何が起きたんすか!?」
突然の出来事に驚く順。
「あの黒い鎧が突き刺さったとき、頭の内部で骸粒子の高エネルギー反応と、念動力の発現を感じたわ。おそらく、虚獣は自爆した」
頭部を失った巨体は、まるで糸の切れた操り人形のように力が抜け、崩れていく。
A級部隊を赤子同然に蹂躙し、俺たちを絶望の淵に叩き落とした、あの災厄は謎の乱入者によって葬り去られた。
「何が起きてやがんだ」
混乱。だが俺が、ようやくこの数十秒で起きた出来事を理解し始めたその時―――
背中に強烈な悪寒が走る。
「おーおー。『霊対室』とやらの連中か? なるほど、さっきの炎はお前らか。中々の強さだ。これは都合良いかもなぁ」
さっきの乱入者が俺らの背後に現れた。
あの爆発の喰らいながら五体満足。信じられない。多少の傷は負っているみたいだが、ピンピンしてやがる。
「お前。いったい何者だ」
「ん、あー。この姿じゃ怪しまれるか」
乱入者は、全身に身にまとっていた鎧を解く。
謎だったその姿があらわになる。目の前には、同年代の女子―――。
俺たちは自分の目を疑った。
月明かりに照らされ輝く銀色の髪、瞳は赤く深い。た美しさと、剥き出しの敵意。そのアンバランスさが、彼女の異質さを際立たせていた。
「私を、偉いやつのところに連れて行け」
どういう事だ? こいつの目的は何だ?
「もし、断ったら?」
俺のその問いに、少女の赤い瞳が、スッと細められる。肌が粟立つほどの、純粋な殺意が、俺たち三人に突き刺さった。
「お前ら全員、ここで殺す」




