ACT 05ー1 意地とプライド
週末明けの朝、いつものように登校し、いつものように朝のチャイムが鳴るのを教室で待っている。
いつもと変わらない朝の風景。
当然のように、薫の姿はまだ見受けられない。
遅刻の常習犯である薫が、遅刻して現れるのは今に始まった話ではないだろう。
そんな事は、ごく普通に毎日起こる、当たり前のことなので、一部の人物を除いては、大した問題ではなかった。
暫くすると、登校終了を知らせるチャイムが、校内に鳴り響く。
タイミングとしては、ここで慌ただしい足音と共に、薫がドアを開け放ち、姿を現す事だろう。
もはや、様式美のように繰り返された事であろう光景だった。
――しかし今朝、薫が姿を現すことは無かった。
――何かが、違う。
「いったいどうしたんだろうねぇ~。かおるんが学校を休むなんて、今まであったかなあ~?」
違和感を感じたのは、どうやら僕だけではなかったらしい。
早乙女さんも教室のドアを眺めながら、呟いていた。
早乙女さんが言った通り、薫は遅刻はしたとしても、学校を休むなんて事は、今まで一度たりとも無い。
馬鹿は風邪をひかないといった話ではないが、昔から身体だけは、超が付く健康体であった。
そんな薫が体調を崩して休むだなんて、ちょっと考えられない。
「橘、八代から何か連絡はなかったかしら?」
小手毬さんもこの状況を不穏に感じたのだろう。
いつもより、少し動揺の様子が表情に現れていた。
「いや、僕の方には何も連絡はないよ。とりあえず薫に連絡を取ってみる」
スマートフォンで着信通話を試みたが、一向に繋がる気配は無かった。
「――駄目だ……電話に出ない」
やっぱり、いつもとは、何かが違う気がする……。
いったい、薫の身に何があったというのだろうか?
──────
栞の容体が急変し、依然回復の兆しが伺える連絡が来ないまま、翌日の朝を迎えていた。
その間、俺はスマートフォンを握りしめ、ただ待つことしか出来なかッた。
普段なら、目覚めの悪い俺を、呆れた様子で起こそうと、賑やかな声が聞こえる時間だろう。
――そんな栞の声が、今朝は聞こえない。
無気力な体を動かし、静まり返ッた家内で簡単な食事を済ませると、登校の支度を整え、自宅を後に往路を歩き始める。
栞に怒られずに登校したのは、いつ以来だろうか?
これなら、栞の約束をちャんと守る事が出来るだろう。
――こんな約束に、何の意味があるッて言うんだよ。
足取りの向かう先は、学校でなく病院であッた。
敷地内に足を踏み入れようとして、瞬間、俺の足取りは止まる。
――俺が病院に向かッて、いッたい何をするんだ?
栞には、おやじもおふくろも付いている。必要な事は、もう既にやっている筈だろ。
――俺に、何が出来るんだ?
……違う。 ――俺は今まで、栞に何がしてやれていたのか?
今までだッてそうだ。
俺が栞に、何かしてやれた事なんてあッたか?
目的を失ッた俺の足取りは、また行き先を変え、当てもないままに街を徘徊とするしかなかった。
なんとなく、今更学校に行く気にはなれない。
とにかく時間を潰そうと考え、目に入ッたゲーセンで暇な時間を過ごすことにした。
ガヤガヤとした店内の雰囲気は、多少なりとも、沈んだ気持ちを紛らわす事が出来たが、それも結局はひとときの幻想でしかない。
――結局は、何一つとして解決してはいないのだから。
ゲーセンを出て、腹が減っているのに気づき、コンビニで適当に買ッて済まそうとした。
とにかく口の中に食い物を流し込んで、腹ん中をいッぱいにしても、どうしても気持ちまでは満たしてはくれない。
何度も、何度も湧き上がる焦燥感に、身体が包まれていく。
視界ははッきりとしているのに、何を見ているのか分からない。
まるで、ピントがズレたようで気持ち悪い。
真っ直ぐ歩いているのに、足が地面に着いた瞬間、足がぐにャりと崩れたような感覚に襲われた。
視線を足に向ければ、そこにはきちんと足がある事が分かる。
当然だ。
――そんな事が、あるわけないだろ。
そしてまた歩きだすと、次は右肩に強い衝撃を感じた。
また気のせいだろうと歩き出そうとした瞬間、体を静止させるように、声が俺に飛んできた。
「オイッ! テメェ、人にぶつかっておいて、シカトぶっこいてんじゃねえぞ!」
――何だ? 声にノイズがかかったみたいで、しッかりと聞き取れねえ……。
「ンンッ。オイ、よく見たら、テメェは昨日の逃げ回っていたガキじゃねえか?」
「……………………」
「コイツ、さっきから黙ってんな。どうしたよ? 今日は逃げないのかぁ?」
「どうせビビって足が動かねえんだろ。ウケるわ――まあ、もう逃すわけねえけどよぉ」
三人の男は囲い込んで、俺の身動きを制限させようとしていた。
「オイ、アイツ見てみろよ。お前がぶつかったせいで、肩が痛いみたいだぞ」
一人の男がもう一人の男を指差している。
指を刺された男は、右肩を押さえて大袈裟に痛がッたリアクションを俺に見せつけていた。
「あんなに痛がっているんだぜ、もしかしたら骨が折れてるかもしれねえよな――どうしてくれんの?」
「……ダリィ」
俺の中で、燻ッていた感情が身体の底から這い上がッてくる。
「もう少しはマシな演技をしたらどうなんだよ。大根役者」
演技をしていた男は、動きを止めて、俺に近づいて来る。
「……マジでムリだわ。コイツ、いっぺんブン殴る」
さッきまで痛がッて見せていた右腕で、俺に目がけて拳を振り抜いた。
避けるのは簡単だった。
だが、俺はその拳を掴んだ。
「……もういいか。どうせ意味なんて無いんだからな」
掴んだ拳を振り払うと、男の顔面に一発拳入れた。
衝撃で、男は後ろに倒れ込んでいた。
周りの男達は不意の行動に、動揺を見せている。
「三人もいるんだ、まともに相手にするわけねえだろが。って言ッたけど、アレは嘘だわ。それと知ってるか? 一方的な暴力は喧嘩とは言わないんだどよ」




