ACT 04ー4 休日にまつわるエトセトラ
病院からの帰り道、街中で見たことのある人物を目にした。
とはいえ、こちらが一方的に見たことのあるだけであッて、名前も知らねえ人物である。
それだけなら、特に気に留めるような事ではなかっただろうよ。
だが、それは事と次第によっては、大きく変わってくる。
その人物の退路を阻むように、見るからに柄の悪そうな男が三人、囲むようにして立ッているからだ。
その人物。女は、やはりと言うべきだろうか。
とても困った表情を浮かべていた。
男達と女は知り合い――ではないことぐらい、見れば誰だって分かる筈だろう。
しかし、誰一人としてその女を助ける素振りを見せようとはしない。
そりゃあそうだ、誰だッて面倒事は御免だろうよ。
俺だってそうだ、栞との約束もある。
ここで喧嘩なんかしたら、次は口を聞いてくれなくなるんじゃねえか?
――だから、他の奴らみたいに、見て見ぬフリをすればいい。
それがきっと、一番の選択肢なんだろうよ。
「わりィ、わりィ。用事があッて遅れちまッた――ほらッ、ぼさッとするな、さッさと行くぞ!」
その女の腕を掴むと、強引に男達から引き離すように、こちら側に引き寄せた。
何も、一番な選択肢が、俺にとッて正しい選択肢だなんて話ではないだろ?
二番目だろうが、三番目だろうが、俺は納得のいく選択をするまでだ。
――何だかなあ。
いつから俺は、こんなお人好しのようなことをするようになッたんだ?
歩夢の馬鹿に影響でもされたんかよ?
「あのー、どちら様でしょうか?」
「んなッ――お前なァ! ちッとは状況理解してんのかよッ!」
女は、ぽかんとした表情を浮かべながら、俺の顔を窺ッている。
「ハッハッハッ。だとよ兄ちゃん。威勢が良くてカッコいいなぁ――もう、いいからさあ。俺等の邪魔しないでくれねえかなぁ?」
男達の注目が、女から俺の方に変わったのが分かッた。
当初の予定とは大分変わッちまッたが……。
さで、どうすッかなあ?
「まあ、そうイキるなよ、三馬鹿トリオ。群れてないと何も出来ないのか? 女子の連れションかよ。お可愛いことで」
「アアッ?! んだとテメェ!」
「調子に乗ってやがるぜ、コイツ」
「どうやら、ボコボコにされてえらしいなぁ」
挑発に乗った男達が、こちらに歩み寄ってきた。
ハハッ、ホント単純で実に助かるわ。
これなら後は、女から距離を離せばいいだけだな。
それで、当初の目的は達成されるだろうよ。
「いいぜ、かかッてこいよ。代わりに俺が遊んでやるぜ」
小馬鹿にした態度でさらに煽ると、顔を真ッ赤にした男達が、闘牛の如く、こちらに突進してきた。
喧嘩が出来ない今、ホントに相手になどする訳ねえだろ。
このままその場から逃げるように離れてから、男共を撒けばいいだけだ。
男達に背を向け、走り出すと、背後から足音が追いかけてきた。
「テメェ! 逃げてんじゃねえぞォ!」
(おッ、来てるな、来てるなァ)
「バーカ。相手は三人もいるんだ、まともに相手にするわけねえだろが。そんぐらい分かれよ、単細胞共が!」
お生憎様、体力だけは誰にも負ける気がしねェんだわ。
飽きるまでとことん付き合ッてやるよ。
──────
その後、男達と街中を駆けずり回る事になッた俺は、日の傾きだした空を背に、ようやく自宅に着く事が出来た。
全く、今日は散々だッたな……。
愚痴りながら家の中に入ると、部屋の中には誰も居なかッた。
おやじはともかく、おふくろまでいないのが気になるが――まあ、そのうち帰ッて来るだろう。
と、その時。
ポケットに入れていたスマートフォンが鳴り出した。
着信元を確認すると、どうやらおやじからみたいだ。
珍しいな。おふくろからならともかく、おやじからなんて、滅多な事でもなきャ、かけてこねえからなあ。
「あー、もしもし。どうしたおやじ? 何か要か?」
『…………薫。今、何処にいる?』
いつもと違う雰囲気の低い声に、若干の違和感があった。
「何処ッて、さッき家に着いたばかりだけど。そういや、おふくろどこ行ッたか知らないか?」
『そうか。椿さんなら、今私と一緒にいる。今日は自宅には帰れそうにないから、こうして連絡をしている』
「なんだ、おふくろも一緒なのかよ――んで、帰れそうにないッて何だよ? 今、何処に居るんだ?」
『……病院だ』
その発言に、真っ先に頭の中に過ったのは、栞の事であった。
「――なんで、おやじやおふくろが……病院にいるんだよ?」
一抹の不安を振り払うように問う。
「栞の容体が悪化した。ついさっき病院から連絡があってな、事態は急を要するらしい」
「……はッ?」
言葉が理解出来なかった。
いや、言葉の理解を拒んでいた。
容態がなんだって? いや……そりャあ、おかしいだろ……俺がさッきまで会っていた栞は……確かに元気にしていたぞ。
前兆がどこかにあッたのか?
――分からねえ。あの時だッて、俺は何も気付いてやれなかッた。
――またなのか? いったい何やってんだよ俺はッ!
「薫はそのまま家に居てくれ。何かあれば、また一報入れる」
「……ああ……分かッた」
その後、親父が何か話していたと思うが、何を言ッてんのか、全く頭に入ッて来なかッた。
ただただ、無力な自分が、どうしようもなく許せなかッた。
もしかしたら、栞はもう――なんて最悪の事態が浮かび上がる瞬間――。
それを否定するように、額で家の柱を叩いていた。




