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ACT 02ー8 占いとは、信じる者だけにもたらされる奇跡

 セレナ曰く、腹が減る=魔力の不足、との事だという。

 魔力とは生命力であり、その魔力が完全に体内から無くなるという事は、即ち死を意味するらしい。なんでも、この世界は【マナ】の濃度が薄いとかなんとかで、体内のエネルギー消費が、些細なことでも大きいとか。


 そして、その不足した魔力を補う為には、生命力を体内に取り込むのが手っとり早い。つまりは、食事をとればいい――らしい。


 とは言ってもだなぁ……。


「なにも、僕の分の弁当まで食べなくたっていいだろ……」


 というわけで、その後、僕は思いっきりどやされると、買ってきたお弁当を略奪され、セレナに食べられてしまったとさ。

 ちなみに、ドレスに着替えなかったのは、少しでもドレスの着用による魔力の消費を抑えていたらしい。この世界では便利そうで、不便なアイテムである。

 

 そんなセレナは、現在ソファーを独占し、目を瞑って、何やら瞑想でもしているのだろうか? さっきから微動だにしないでいる。


「って、聞いちゃいないし。あー、腹減ったな……」


 テーブルに置かれた空の容器を見ながら、愚痴をこぼしたところで、腹は満たされないし、ただただ虚しくなるだけだ。


 食事にありつけなかった僕は、空腹を紛らわす為に、台所で水を飲んで腹を満たす始末。

 耐えるんだ僕っ! 今日の分はともかく、この明日の朝食分の食糧だけは、なんとしても死守する!


「んんんっっっぁぁぁああああああああ!」


 いきなり感情を爆発させると、頭を抱え込んだセレナ。


「っ! なんだっ!?」


 その唐突な豹変っぷりに、驚きつつもセレナに駆け寄った。


「失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗っ!」


「おい、どうしたんだ!?」


 あまりの異変に、只事ではない事ぐらい、僕にだって分かる。


「ああっ、もうっ! 駄目っ! 何度繰り返しても駄目、駄目、駄目っ!」


「落ち着け、いいから落ち着けって! なっ!」


 セレナの肩を押さえつけて宥めつける。


「……ええ、そうね。ごめんなさい」


 どうにか正常を取り戻したらしく、僕はほっと胸を撫で下した。


「いったい、どうしたっていうんだよ?」


「魔力を補給したから、記憶の手掛かりを探すために、海馬に干渉して、長期記憶の貯蔵庫、【記憶の海】から過去の記憶を遡っていたのだけれど、肝心な記憶には靄がかかったみたいに不鮮明になっていて、重要な情報に干渉する事が出来なくなっているのよ。まるで私の介入を拒むみたいに――もうっ! なんだっていうのよ!」


 怒りを抑えきれず、セレナは握りしめた拳をソファーに叩き付けた。


「まあ、なんだ――そんなに焦るなって」


「その通りね……取り乱して悪かったわ」


 気持ちを落ち着かせるように、セレナはゆっくりと深呼吸をすると、少しは落ち着きを取り戻したのだろうか、ソファーにぐったりと崩れていった。


「お腹が空いたわ……」


 不意に吐いたセレナの言葉に、僕は言葉を疑った。


「セレナ……今、何って言った?」


「力を使ったら、途端にお腹が空いてきたわ……」


 なん……だと。


「おいおい、さっき僕の分まで奪って食っておいて、お腹が空いただと? この卑しん坊めっ!」


「いいじゃないの、まだあるんでしょ? ソレ」


 セレナは、テーブルの上に置かれたビニール袋を指さす。

 確かに、まだ食料が残っている。が、そいつは明日の分の朝食である。


「駄目だ! やらんぞ。これだけは譲れん!」


 身を挺して食料を守ろうと手を伸ばすも、タッチの差で、セレナに食糧の入ったビニール袋が奪われてしまった。


「ちょっ、まてっ! やめろっ! それは僕のだぞ――」


「いっただきまーす」


「待ってくれ! せめて――一口だけでも――」


 僕の必死な訴えは、虚しく部屋に響くだけで、セレナの口の中へ運ばれていってしまった。


「ああっ……僕の希望が……消えていく」


 もういいや、諦めようぜ僕。希望を抱いているから、絶望なんかするんだ。そうだ、あんなものは、はじめからなかったんだ。


 こうして僕は、セレナの食事の光景を、抜け殻にでもなったかのような表情で、横目に眺めてるのだった。


──────


「あっ、忘れてた」


 先程の一件を思い出して、警告する。


「セレナ。これからは部屋に居るときでも、鍵はしっかり掛けておけよな。万が一にでも泥棒になんか入られたら、大変な事になるんだからな――泥棒が」


 金品になるような品物が大して置かれてないうえに、魔法使いなんて例外中の例外が居たんでは、泥棒も泣きっ面に蜂である。


「それに、セレナがここに居候してるのがバレると、僕としてはかなりまずい上に、ここにも居れなくなるんだぞ」


「んん」


 セレナは弁当をむしゃむしゃと頬張りつつ、適当に相槌を返していた。


「それと、外部からの訪問や連絡も、基本無視して構わないからな。その代わりに、大人しくしてるんだぞ」


「んん――んっ!」


 セレナの食べ物を運んでいた右手がピタリと止まり、僕の方を振り向く。


「ほのへがあっかわ!」


 口に含まれていた食べ物が、僕の顔に飛んでくる。


「おいっ! 汚いだろが!」


 急いで口元を隠すセレナだが、それは今更である。


「とにかく、何言ってるのか分からないから、食うのか、喋るのか、どっちかにしろよ」


 その言葉を聞いて、再び食事を始めたセレナに、(ああ……食うんだ)と内心でツッコミを入れてしまった。


 暫く待つと、セレナが食事を終え、先ほど話しかけた話題を切り出した。


「さっきの歩夢が話していた事で、思いついたのよ」


 あれ? 何か僕、言ったかな?


「何をだよ?」


「内部からの干渉が無理なら、外部から介入すればいいのよ」


 セレナは、僕を真っ直ぐに見据える。


「歩夢。貴方の能力を駆使して、私の記憶を探してほしいの」


「そうは言ってもだな、この能力を駆使するのは、僕には無理なんじゃないのか?」


「確かに、【炉心】が枯渇し、装置としての機能を失った今のままでは、まず無理でしょうね。ならは、体内で魔力を精製せずに、共有すればいいだけの事よ」


「共有って、そんな事が出来るのか?」


「一通りの術式を組めば可能ではあるわ。私が海馬に介入して過去の記憶を遡ろうとしても、干渉する事が出来ない。それなら外部からの介入なら阻まれる事は無いんじゃないかと思ったのよ」


「なるほど、それで僕が代わりに、記憶の手掛かりを調べる。という事なのか」


「そういうことよ。少しでも記憶を探る手掛かりがあるのなら、それを試す価値は十分あると思うの――協力……してくれないかしら?」


 弱々しい声だ。今のセレナはきっと藁にも縋る思いに違いない。こんな姿、らしくないじゃないか。


「かしら。じゃなくて、しろ。って言えばいいだろ。了解だ。元から記憶を探す手伝いをするっていう約束だったもんな」


「ありがとう。歩夢には少し期待しているわ」


 にっこり笑顔を振りまくが、言葉に素直さは見られなかった。


「少しかよ……もっと期待してくれてもいいんだぞ」


「それなら、ちゃんと期待に応えて頂戴よね」


 これが照れ隠しなら可愛いのだが、きっとこれはそういった類などではないのだろうよ、と理解している。しかし、これでいい。皮肉を言うぐらいがセレナらしいじゃないか。


「ああ、精進しますとも。それで、これからどうするんだ?」


 術式を組むとかいってたけれど、何するの? 左脚とか持って行かれたりしないよね?


「そうね、まずは魔力の共有を可能とさせる為の術式を組む準備を始めましょう。歩夢、指を出して」


 セレナに言われるがまま、とりあえず右手の人差し指を前に差し出した。


「これでいいのか」


「ええ、それでいいわ」


「あのー。ところで、概容等などの説明とかはしてくれないのでしょうか?」


「何? もしかして怖いの?」


 僕のことを煽るような口調で問いを投げてくる。


 ええ、そりゃあとっても不安でありますよ。でも、そんな挑発をしてくるものだから、ありもしない見栄なんかを張ってしまう。


「いやぁ、別にそんなことはないけど」


 僕の馬鹿野郎っー!


「あらそう、強がらなくても大丈夫よ。別に大したことをするわけじゃないんだから」


 それを聞いて胸を撫で下ろすが、それを悟られると負けた気がするので、嫌でも表情には出さないように気を引き締め、平常心を装った。


 しかし、次の瞬間に、そんな安い男のプライドなど、セレナのとある行為によって脆くも崩れさる事となるのだった。

 

 セレナは僕の差し出した人差し指をじーっと凝視していると、顔に掛かる髪の毛を、片手で邪魔にならないように掻き上げ、指に顔を近づけていくと、そのまま口で包み込んだのだ。

 ねっとりとした唾液が指に纏わりつき、生暖かな体温と、柔らかな感触が共に脳へ伝達され、快感と当惑が心の狭間で激しくせめぎ合う。


「なっ――あっ――えっ!」


 不意を突かれ、高揚し、動揺を隠しきれずにあたふたとしてしまう僕だが、そんなことなどセレナは一向にお構いなしなご様子である。

 

 そんな浮ついた気持ちの定か、沸騰する気持ちに、冷や水ならぬ。氷水を浴びせるように、指先に訪れた突き刺す遠慮のない痛みが走る。


 脳内の雑念が一気にクリアになった。


「いたっ、いったたたたたいったたいっ!」


 反射的に咥内から指を引っ張り出すと、指先には唾液とにじみ出る血液、そしてセレナの微熱が残った。八重歯で指したのだろうか、それにしてもだ。


「いったい何すんだっ! ホント何してんだよっ!」


「何って、血液の採取」


「吸血鬼か、おいっ! それなら他にもやりようがあるだろ!」


「だって、この方法が手っとり早いのだもの」


 理由が至って単純で清々しいな! 男の純情弄んでいったい何が楽しいんだよっ!


「だからって……如何なものでしょうかね。こんなやり方は……」


「不満かしら。なら、スパッとやってほしかったの?」


 そういって首の辺りで親指を伸ばし、スライドさせてみせた。


「やり方が極端すぎるだろがっ! ゼロか百しか無いのかよ!」


 それでは致死量の鮮血が飛沫を上げてしまいますよ。


「もう、わがままね」


 やれやれと手を軽く挙げ、首を振るセレナ。きっとこの討論は限りなく不毛なのだろう。一人相撲、侘びしいです。


「……もう、いいです。続けて下さい」


「そう」


 セレーネは術式の準備を続ける。


「血液の採取は、歩夢の魂の情報を収集するためのもの。知識は即ち力になるわ。物事の本質を理解し、心象風景を構築させ、現実世界に具現化させる為のね」


 セレナは次に、自分の右手の人差し指を自らの口に運び込むと、八重歯で噛んで出血させた。


「それじゃあ脱いで」


「へ? 脱げとな?」


 脱げとはつまり全裸ですか? いや待て、いきなり脱げと言われても、その、なんだ……心の準備というものが……。


「いいから脱ぐ! 言われたとおりやる!」

 

 わさわさしていると、セレナに痺れを切らされた。


「はっ、はい!」


 僕も男だ、覚悟を決めろ!


 制服姿のままだった僕は、学生服を脱ぎ捨て、Yシャツを脱ぎ捨て、ズボンに手を掛ける。


「……なにを晒そうとしてるのかしら? 上半身だけでいいのよ」


 それを聞いた時には、ズボンのファスナーを開いており、床にズルリと落下していた。急いでたくし上げる。


「情報量増やして話してくれよな! 勘違いするだろ!」


「勘違い? どんな?」


 それを聞かれた僕の体温が、一気に二、三度ほど上昇した、気がする。


「どんなって――」


 墓穴を掘ってしまった。言えない、とてもじゃないけど口に出すのが阻まれる。思春期の脳内暴走。これが若さ故の過ちか。


「――そ、そんなことはいいんだよ! いいから早く進めてくれよっ!」


 あわてふためきながらも、強引に流れを軌道修正させようとする僕の姿に、セレーネが若干気後れしていた。


「……それじゃあ続けるわ」


 出血した人差し指を僕の上体に伸ばし、左右の肺の中間のやや左、心臓の真上にその指を置く。その瞬間、心臓の収縮が徐々に早くなる。


「おっ、おい……」


 問いかけても返答はなし、相も変わらずお構いなしだ。

置かれた指は体を這い、ゆっくり動かされる。血液が指の辿った痕跡を残し追いかけてくる。

 体を硬直させ、皮膚の表面に触れる指の感覚にこそばゆしさを覚え、一方的にされるがままの展開に流されてゆくだけの僕。

 暫くすると、絵や文字で描かれた陣のようなものが体に完成した。


「よし。あとはこの陣に私の魔力を注げば、術式は完成よ」

 

 どうやら、このバツが悪い展開はもうじき終わりを迎えるらしい。それはそれで名残惜しさを感じてしまうのは、僕が盛んなお年頃だからなのか? これだから思春期というのは節操がない。


 セレナは陣を覆うように両手を翳すと、その手の平から粒子のような光が注がれる。すると、それに共鳴するように陣が青白く発光を始め、体にピリッと静電気のような感覚が掛け巡る。その後、陣がより一層の輝きを放つと、皮膚になにやら模様のようなものが浮かび上がり、発光が消えると、そこには痣みたいな紋が刻まれていた。


「これで術式の組み立ては完了っと。どうやらうまくいったみたいね」


 一段落終えたセレーネは、ため込んでいた酸素を吐き出すように、大きく息を吐き出し、一息ついた。


「完了って。おい! これはどうしてくれるんだ!」


 僕は、体に出来た痣を指さして訴える。


「こんなもの誰かに見られたら、僕はいったいどんな説明をすればいいんだよ。若気の至りです。とかでは済まされない代物だぞ。もう温泉行けなくなるだろが! 別に普段行かないけれどもなぁ!」


「とりあえず、まずは落ち着きなさい」


 セレナは人の気も知らずに、手を縦に揺らし宥めてくる。


「これが落ち着いていられるかよ!」

 

 こちとら一生ついてくる問題なんだぞ! 僕は一応真面目で通ってるんだ、今更反抗期突入で不良にチェンジ出来るかっ!


 そんな喚いている最中、痣は霞むようにゆっくりと体から消えていった。


「あっ……消えた」


「だから言ったじゃない、落ち着きなさいって」


「……はい」


 燃え盛る火に水をぶっかけられたが如く、意気消沈する。


「その痣は、魔力を使用する際の通行証みたいなものよ。だから魔力を使用していない間は浮き上がってはこないから、安心しなさい」


 そうは言っても、手放しでは喜べないです。ちょっぴり心配です。


「ちなみに、他にやることはあるんでしょうか?」


「特にする事はないわ。あとは歩夢の頑張り次第でしょうね」


「頑張りって。あのー、肝心な所がひどく曖昧なんですが……こう、魔法を使うコツとか、何かきっかけになるようなアドバイスはないのかよ?」


「魔法の扱い方ってのはね、人の個性みたいに一人一人違うのよ。下手な先入観は、返って逆効果になる事も多いの。だからそんなものにきっと意味なんて無いわ。自ら感じ取り、培っていくしか道はないものよ」


「魔法の道に近道は無しか。そう言われると自信がないですよ……」


「あら、期待してもいいのよね」


「とはいっても、勝手が分からないってのは何ともなあ……」


「なら、出来るって必死に思い込みなさいよ」


「思い込みでどうにかなるものなのか?」


「あら、思い込みって単純に見えて案外効果があるものなのよ?」


「そういうものなんですかね?」


「とにかく、今はせいぜい奔走しなさい」


 術式を組んだとはいったが、特別これといって身体に変化があるかといえば、これが特には無いんだよなあ。目に見えて変化が分かれば、こちらとしても対応する事が出来るんだけれど。さて、いったいこれからどうすればいいのやら?


 考えても、分からないものは分からないか……まあ、今は長い目で様子を見ていくことにしよう。まずは寝る時は極力意識でもしてみるとしますか。

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