ACT 02ー3 占いとは、信じる者だけにもたらされる奇跡
セレナはソファーから腰を上げると、それがさも当然のように、ベッドに腰を降ろした。
「いや、あのー。それは僕のベッドなんですけど……」
「そんなことは知ってるわよ。それで、いったい何かしら?」
「つまり、それはですね。僕の寝床な訳でだな。となれば、寝るのは僕になるだろ。なので――」
用件をストレートに言えず、言葉を濁しつつ、セレナに悟らせるように、話を運んでいたのだが……。
「なので、何かしら? もしかして、私に床で寝ろとでも言うつもりなのかしら。まさかそんな邪険な扱いを、歩夢は強要したりなんてしないわよね?」
この圧力にも似た視線。脅されているみたいな感覚。
なんだろう、言いたいことが既に分かっていて、その上で僕に何かを悟らせるかのような発言。
さらに畳みかけるように、催促までかけてきた。これはもう確信犯でしかねえよ。
「うっ……うぐぅ」
「どうしてもと言うなら、私は実力を行使する事も厭わないわよ」
「ああっ! はいはい、分かりましたよ――どうぞお好きにお使い下さい」
「えっ、いいの!? 悪いわねぇ。それじゃあ遠慮なく使わせてもらうわ。ほんと歩夢って優・し・い」
所詮力の無い弱者は、強者の前では屈するしかないのだ。それが弱肉強食の摂理というものなのだよ。
「ところでだ。もしかして、その格好で寝るつもりなのか?」
さすがに、そのドレスを着たまま寝るのはどうなんだろうか?
めっちゃシワになりそうだぞ。
「仕方がないじゃない。一張羅だからこれしか着るものがないのよ」
「さすがにそれでは寝づらいだろう――ちょっと待ってろ、他に何か着れるものを出してやるから」
しかし、そうは言ってクローゼットに手を掛けてみたものの、セレナがお気に召す服なんて、果たしてあるのだろうか?
「うーん、違うなあ。これも違うか。これならどうだろうか?」
次々と服を引っ張り出した結果、床には衣類が散乱していった。
しかし、なかなかこれといったものは見つからない。
「これでいいわよ。別に、構わないわよね」
セレナは床に散乱した衣類の中から、何かを選び取ったみたいなので、僕はクローゼットの中からそちらに視線を移す事にした。
手に持っていたのは――Yシャツであった。
「それでいいのか? ホ・ン・ト・に、それでいいのか!?」
大切な事なので二度聞いたぞ! さらに強調もしてみせたぞ!
「えっ……ええ。私がいいって言っているのよ、いいに決まってるじゃない」
「……ぁ、そですか」
「問題あるの?」
「いえ、全く問題ありません!」
セレナがいいと言うのであれば、これ以上僕からは何も言うことなどありませんとも。ええ。
すると、セレーネは着替えを始めようと、着衣に手をかけ始めていた。
「おい、ちょっと待て?」
「何よ? これから着替えるんじゃない」
そう言って、さらに手を進めていくセレナに、僕がたじろぐ。
「待て、待てっ! ここで着替えるなっ! あっちで着替えろ!」
慌てて浴室のある部屋を指さして、そこで着替えるように促す。
「なんで?」
「なんで!?」
一蹴。
なんでって、なんでそんな反応なの! なんでっ!?
その間にも、セレーネが服を脱ごうとしている。いいんだよな? なんでって言ってるんだし。問題ない、問題ない……よな?
「……何してるのかしら?」
「ウキウキウォッチングですが、いいとも?」
「いいわけないでしょ! 全く……着替えるって言ってるのだから、察して出て行きなさいよ! いったい何を考えてるのかしら!? この変態!!」
「そんなー!! 理不尽だろがー!!」
全速力で浴室に駆け込み、離脱する羽目に。
それにしても、ここ僕の家だよな? なのにどうしてこんなにも肩身が狭いんだよ……。
とても不条理に思えたが、冷静に考えると僕も非行な為、互いに相殺して然るべきと判断した。
その間にも、扉の向こうでは布の擦れる音が聞こえてくる。
でもアレだな、これはこれで――なんかドキドキするものである。
妄想だけは勝手に膨らんでいく、お年頃な僕であった。
しかし、これはつまりだ。男女が同じ屋根の下で一緒に暮らすというのは、こういうことの連続だったりするのだろうか?
実のところ、この現状って相当凄いことなのでは?
と、今更ながらに、その事について、自身で体感することに。
「ああ――やっぱりこれ、相当凄い事だわ……」
ようやく、事柄の重大さを実感したのである。
この先本当にこんな事でやっていけるのだろうか?
とはいえ、もう後には引くに引けないのが、現状であるのだが……。
暫くして、今まで聞こえていた音が止んだ。
「もう着替え終わったか?」
「ええ、もういいわよ」
とりあえず、着替えを済ませたと言うことなので、扉を開いて、浴室から出ることにしよう。
――僕の視線の先には、Yシャツ姿のセレナが立っていた。
サイズが合っていないせいか、ぶかぶかな袖は手を飲み込み、裾はというと、下着を覆い隠さんと計算されたかのような、絶妙な位置でキープされている。胸元は女性特有の膨らみがチラリと顔を覗かせ、太股は陶器のように滑らかそうであり、艶やかな肌をこれでもかと言わんばかりに露出させていた。
「……何か変かしら?」
「いえ、とても良いと思います。お似合いです。ありがとうございます!」
筆舌に尽くしがたいこの思いを、肺が喉頭が声帯が、僕の気持ちをスラスラと代弁していった。
だが、やはりと言うべきだろうか。
僕にはとても刺激が強すぎるよ、その格好は! 目のやり場に困る――見ていたら、どうしても罪悪感にかられてしまう。
直視なんて、とてもじゃないけど出来そうにないです。はい。
と、それ程までに、Yシャツ姿のセレナの破壊力は凄まじかった。
とりあえず反射的に顔を逸らしてしまっていたが、いつまでもこのままでは、とても違和感がある。
今はとりあえず、若干視線をセレナから外す事で、対応しておくことにしよう。
ていうか、これが今の精一杯です……。
セレナの方はというと、顔を火照らす僕のことなど、全く気にも止めていないご様子。その格好に対しても、何ら疑問を抱いていないようだし、結局のところ、意識し過ぎなのは僕だけなのか……。
「そういえば、さっきまで着てた服はどうしたんだよ?」
着替えたはずなのだから、どこかにあるはずであろう。しかし、先ほどまで着ていたその服は、見渡す限りどこにも見当たらない。
「それなら、今はもう必要がないでしょ。なので形状を解除させてもらったわ。あの衣装は予め自身の魔力を変換して編まれたもので、魔力を込めれば瞬時に記憶された形状を再現することができるのよ。衣類としての機能の他にも、防衛魔術が施された防御結界の役割もあって、並大抵の攻撃であれば、私に傷一つ付けることすら出来ないでしょうね。その代わりに、形状を維持させる為に魔力を使うから、着ていると疲れるのよねぇ」
「はあー、さいですか」
またしても、こちらの常識に捕らわれない、トンデモ魔法の実態を知る事となった。
「それじゃ、私は寝るわ。服ありがとね。ちなみに、言っておくけど、妙なことは考えないことね」
Yシャツをスカートのようにひらりと揺らし、寝床に付いたセレナ。
「んなことしねぇよ。まだ死にたくないからな」
そんな末恐ろしいこと、僕にする勇気なんか持ち合わせていませんよ。どのみち返り討ちに合うのが目に見えてるしさ。
毛布に潜り込んだセレナを確認しつつ、僕も寝巻きに着替えることにしよう。
「よう、今日から長らく世話になるな……」
ソファーに手を置き、撫でるように手を動かし、尊重と敬意を払うと、僕はクローゼットから引っ張りだした毛布にくるまり、床につくことにした。
「(……っていっても、気になって寝られねえよ)」
とは言ったものの、疲れた身体はとっても素直だったらしく、僕の浮ついた感情なんて押し退け、ゆっくりと意識は闇に落ちていくのだった。




