プロローグ
ポタッ…ポタッ…
熱い…痛い…誰か、助けて……。どうして俺がこんな目に……
やっと、やっと残業終わったのに――
この日、俺は死んだ。
俺、世尾大和はごく普通の社会人だ。特にこれといった趣味も特技もなければ、頭も良くない。高校は家から近い偏差値50の公立高校だった。
友達はそれなりにいたが、親友と呼べるような仲の友人は一人いる程度だった。
やりたいこともなく平凡に暮らしていた俺は高校を卒業後、一般企業に就職した。
毎日上司に仕事を押し付けられ、夜遅くまで残業をする日々だった。終電を逃してネカフェで始発まで時間を潰したり、会社に泊まったりする日も多かった。
夢も希望もないただの人間。つまらない人間。自分のために働いて、守るものも何も無い。こんな俺の人生のゴールって一体なんだろう。
何のために汗水垂らして必死に働いて、必死に生きているんだ。これじゃあ死んでいるのと変わらないんじゃないか?俺に何か一つでも飛び抜けた才能があれば…何か変わることが出来たのかな。
「世尾!この資料明日の朝までに仕上げといてくれ。」
「えっでもそれは…」
「俺はこの後用事があるんでな。じゃ、よろしく頼むぞー。」
「えっちょっと!」
上司も同僚もみんな帰ってしまった。俺一人を残して。はぁ、また今日も残業か。いっその事会社で暮らせたら移動の時間を仕事に当てられるのに。あっやばい。この考え方は完全に社畜だ。まぁ間違ってないか。俺は社会に飼われている犬だ。
「やっと終わった…帰るか。」
急げばギリ終電間に合うな。小走りで会社を出て。駅へ向かう。
…ん?なんだあれ。暗くてよく見えないが、前から黒いフードを被った身長の高い男がポッケに手を突っ込んでこちらに歩いてきている。
目を合わせないようにしよう。
コツ…コツ…コツ…
ドスッ
「……えっ。あっ、ゴボッ」
視線を下に向けると、大きな包丁がみぞおちに刺さっていた。熱い、火傷したみたいだ。
「な…んで…」
男はフードを脱ぎ、笑みを浮かべている。暗くて顔はっきり見えない。誰だこいつは...通り魔?
『―――』
…なんて言ってるんだ?聴こえない。あ…だめだ、俺もう死ぬのか。
ガシャンッ
フェンスに寄りかかると、男は包丁を抜いて俺の横を通り過ぎて行った。
ポタッ…ポタッ…
今まで見たことがない量の血が流れている。毎日何のために生きてるかわからず、死ぬことに抵抗なんてないと思っていたのに…死ぬのが怖い。
薄れゆく意識の中で、あの男の不気味な笑みが頭から離れなかった。
『――やっと会えたな――』