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第1話:偏差値30の宣戦布告~美人すぎる家庭教師(女神?)降臨~

「はぁ……」

机に突っ伏した俺の耳に、無情なチャイムの音が響き渡る。五時間目の現代社会。窓の外は絵に描いたような五月晴れだというのに、俺の頭の中は万年梅雨空、時々集中豪雨。原因は、さっき返却されたばかりの中間テストの結果だ。オールレッド、まさに赤備え。親に見せたら最後、雷(物理的に)が落ちることは確定的に明らかである。

俺、佐伯さえき 翔太しょうた、高校三年生。輝かしい青春を謳歌すべきこの時期に、偏差値は驚異の30台を安定飛行中。得意科目は体育と給食。将来の夢は「楽して大金持ち」。まあ、夢だけはでっかく持っておけって、じっちゃんも言ってたしな。

そんな俺を見かねたオフクロが、ついに最終手段に打って出たのは数日前のことだ。

「翔太! あんたに家庭教師をつけることにしたわよ!」

夕飯の唐揚げを頬張る俺に、オフクロは有無を言わせぬ迫力で告げた。

「はあ? カテキョー? いらねーよ、そんなの」

「いらないじゃないでしょ! このままじゃ、あんた、ニート一直線よ! いい? 今回の先生はね、お母さんの知り合いの奥様の娘さんで、なんと東大生なの! しかも、すっごく美人らしいわよ!」

「東大生で美人ねぇ…」

どうせオフクロお得意の誇大広告だろ。東大生っつったって、ガリ勉で分厚いメガネかけた地味な女が来るに決まってる。期待するだけ無駄無駄。

そして今日、その「最終手段」様が我が家へ降臨する日だ。

どうせサボる気満々だった俺は、ジャージ姿で自室のベッドに寝転がり、スマホゲームのイベント周回に勤しんでいた。インターホンが鳴ったのは、ちょうどボス戦のクライマックスだった。

「ちっ、こんな時に…」

オフクロの「翔太! 先生がいらっしゃったわよー! 早く下りてきなさい!」という怒声混じりの声に、俺は渋々ベッドから這い出し、寝癖もそのままに階下へ向かった。

玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは――。

「……え?」

時が、止まった。

いや、マジで。比喩とかじゃなく。

目の前にいたのは、オフクロの言っていた「美人」という言葉が霞んで見えるほどの、正真正銘の女神だった。

さらりとした黒髪、大きな瞳は知的な輝きを宿し、それでいて優しげな光をたたえている。白いブラウスに淡い色のカーディガンを羽織った姿は、清楚そのもの。テレビで見る女子アナとか、モデルとか、そういうレベルを軽く超越していた。

「はじめまして。今日から家庭教師をさせていただく、桜井 詩織です。よろしくお願いします」

鈴を転がすような、とはまさにこのことか。

桜井先生と名乗った女神は、ふわりと微笑んだ。その瞬間、俺の脳天を稲妻が直撃した。ズキューン! バキューン! ドキューン! いや、もう効果音とかどうでもいい。とにかく、俺は生まれて初めて、「一目惚れ」というものを体験したのだ。

「……あ、あの、佐伯翔太です。よ、よろしくお願いしますっ!」

しどろもどろになりながら挨拶すると、桜井先生はくすりと笑った。その笑顔がまた、反則レベルで可愛い。

リビングに通された先生は、オフクロとお茶を飲みながら何やら話している。俺はといえば、心臓がバクバクと暴れ馬のように脈打ち、顔のニヤけを抑えるのに必死だった。

(東大生で、こんな美人がいるなんて…奇跡か? いや、奇跡だ!)

頭の中では、すでに先生と結婚してハワイで挙式する妄想まで広がっていた。偏差値30の俺が、だ。

やがてオフクロが席を外し、俺と先生は二人きりになった。

「さて、翔太君」

桜井先生が俺に向き直り、優しい声で言った。

「これから一年間、一緒に頑張っていきましょうね。目標は、まず学校の成績を上げることかしら? それとも、何か目指している大学とか、あるのかな?」

その言葉と、女神のような微笑み。

その瞬間、俺の中で何かが弾けた。いや、何かが降ってきたのかもしれない。

(この人に毎日会える…? この人に勉強を教えてもらえる…? そして、この人に…認められたい!)

下心8割、純粋な憧れ2割。そんな不純な動機が、俺の口からとんでもない言葉を迸らせた。

俺は、ガタッと椅子から立ち上がり、桜井先生の美しい瞳をまっすぐに見つめて、高らかに宣言した。

「先生! 俺、東大行きます!」

シン―――。

リビングに、気まずいような、それでいてどこか滑稽な沈黙が流れた。

オフクロが持ってきたお茶菓子を落としそうになっているのが視界の端に見えた。

そして、目の前の桜井先生は、美しい顔に明らかに「え、この子大丈夫…?」と書かれたような困惑の色を浮かべていた。それでも、その瞳の奥には、ほんの少しだけ、面白がるような光が宿っているように見えたのは、俺の気のせいだろうか。

こうして、偏差値30、赤点常習犯の俺の、無謀すぎる東大受験(という名の、桜井先生へのアタックチャンス獲得&あわよくば結婚大作戦)の火蓋は、高らかに(そして間抜けに)切って落とされたのだった。

この先に待ち受ける、筆舌に尽くしがたい地獄(物理的にも精神的にも、そして経済的にも親が)も知らずに――。



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