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メディクス・エクス・マキナ  作者: くりはら檸檬・八朔こぐま
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第1話 トゥ・レジデンツ

久しぶりの創作活動になります。よろしくお願いいたします。異世界ものはそろそろ飽和状態なのではないかと思い、現代ものです。WEB小説の鉄則で、第一話は派手なつかみというのは知っておりますが、作品世界のためにそうしていません。連続投稿しますので、第一話と第二話までは続けて読んでいただければ幸いです。

 雪が降ってくる。

 灰色の空から、あとからあとから白い綿毛のような雪が降ってくる。

 ベッドに横たわっている父の体がどんどん冷たくなっていく。

 雪が降り積もるごとに父の体温が奪われていくようで、嫌だった。

 星来せいらは外に飛び出した。


「止んで、止んでよう!」


 空に向かってどんなに叫んでも、雪は降りやまない。

 病院の広場はすっかり白く染まっていた。

 頭や肩に雪が積もって自分も白く染まっていく。

 冷たい色の空を見ていると、ふと――。

 落ちてくる白い氷の粒が、父の命の様に思えてきた。

 降る雪を両手で受け止めて、止めたい。

 なのに、雪は手の中から零れ落ちていく。


 ――あとは、君の人生を、自分の夢のために使いなさい。


「夢? そんなの、もう、わからないよ」


 もう父が目を覚ますことはない。

 あんなに願ったのに。祈ったのに。

 どんなに頑張っても、もう褒めてはもらえない。


「君? こんなところでどうしたの?」


 振り向くと黒い服に白衣を着た男のひとが立っていた。

 若い男だ。医者になったばっかりなのか、まだ医者でもないのかは分からない。


「家族の人は? 病院の中に戻ろう」


 雪の上についていた足跡で、私が病院から走り出てきたのを悟ったらしい。コートも着ずに雪の中に立ちすくんでいる子供を見て驚いている。

 中学校の濃紺の制服が真っ白で、雪景色の一部になってしまいそうな自分に、よく気づいたと思う。

 嗚咽で言葉が出ない。もともと、知らない人と話すのは苦手だ。

 首だけ振った。


「そうか……」


 何故か、この人は自分の何もかもを理解している気がした。

 不思議な瞳の色だった。どう見ても日本人なのに、茶色に緑色が混じっている。

 男のひと――青年は近づいてきて、白衣を広げて雪を遮った。

 体に積もった雪を払う手の温もりで、不意に寒さを思い出した。

 傘代わりにした白衣の縁から、雪が零れ落ちてくる。


「いのちが…」


 呟くと、応える様に青年は言った。


「……こぼれ落ちる命も、全部すくえればいいのにね」


 そのとき、雲間からわずかに光が射した。

 空気の中で小さな氷の粒がキラキラと輝いた。


 いのちの光だ。


 そう思った瞬間、あたりが暗転していく。


 ――ああ。

 ――またこの夢だ。


 星来はゆっくり目を開けた。


 ――あれから十年以上経ったのに。

 この夢はいつもここで終わる。あの輝きは、哀しかったあの日の思い出とともにいつも現れては消える。


 夢の余韻を振り切り目を開けると、循環器内科の専門用語が濡れてにじんでいるのが見えた。

 教科書を読みながらいつの間にかうたた寝していたらしい。

 目をこすって、机から体を起こし、確認するように周りを見回す。

 いつもの自分の部屋だ。

 コタツ兼用の机とベッドがあり、部屋の隅にゲーム・キャラクタの四角いぬいぐるみが三個転がっている。

 隣を見ると、親友の麗美れみがゲーム・コントローラを握り締めて座っていた。さっきまで一緒に勉強していたはずなのに、テレビゲームに熱中している。


「や、おはよー、起きた?」


 彼女はモンスター・バトルの真っ最中で、なかなか盛大な爆音を立てている。

 我ながらこんな音の中でよく眠っていたと思う。


「研修医生活は辛いからねー。かわいそうだから寝かしといたよ。ちなみにアタシはストレス発散ね」

「でも、明日から心臓血管外科の研修だよ」

「どうせ予習したって仕方がないじゃん。だいたい循環器系は略語が多いのよ。CABGとかTAVIとかAAAとか、よその科に意味が分からないようにでもしてるのかって。そのまま読んだらバンドかアイドルグループの名前だよね」

「そんなこと言って、麗美はちゃんと覚えてるじゃない」

「そっかな」


 麗美は首を傾げた。左右の耳には四つずつピアスがついている。いわゆるギャルっぽい外観からそう見えないが、医学生の時は六年間ずっとトップクラスの成績だった。

 コミュ障で友達の少ない星来にとって、麗美は数少ない親友だ。全く正反対の性格なのだが、なぜか気が合う。彼女は医学部に入学してから何かと一緒にいて、とうとう前期研修医になってからも同じ大学病院に勤務している。

 自分のところより星来の部屋の方が落ち着く、と言って、麗美はしょっちゅう入り浸っている。こうやってテレビゲームをやっているのも学生時代から馴染みの光景である。


「内科の研修は退屈だったなー。やっぱり外科系が良いかな」

「でも、内視鏡は面白かったよ。ニョロニョロ消化管の中を覗くところ」

「じゃあ、星来は内科にいく?」

「……人と話すのが多いから、苦手だった……」

「コミュ障はなかなか治らないねー。でも基礎医学は嫌なんでしょ?」


 医大を卒業して医師国家試験合格後、研修医は複数の診療科を二年間回って最終的に進路を決める。半年の内科系研修を終え、明日から外科系研修が開始される。

 基礎医学とは臨床医学と対を成し、実験や研究を中心にした医学科目だ。


「病理学とかも考えたけど……やっぱり患者さんを直接治せる科に行きたい」

「そっかー」

「……それにしても、よりによって一番初めが心臓血管外科なんて」

「まー、分かりやすく体育会系なんだろーね? 体育会系の中でも、心臓血管外科と言えばトップ・オブ・マッチョな感じだね」


 麗美は自分で自分の言葉が面白かったらしく、ゲラゲラ笑った。茶色い巻き髪がバネのように飛び跳ねる。

 本来は消化器外科から始まるはずだったのだが、今年は消化器外科が大きな学会を主宰するとかで忙しく、心臓血管外科から回ることになってしまったのだ。


「知ってる? 科によって給料が違うアメリカで、年収トップは心臓血管外科と移植外科で、その次整形外科なんだって」

「なんだかイケイケドンドンな感じだね……私、やっていけるかな」


 予習のつもりで読んでいた循環器内科の教科書に目を落とした。また眠気が起きる。専門書ということもあるが、字ばかりの本を読むのが苦痛だった。特に暗記するのが苦手で、医学部時代から苦労してよく麗美に助けてもらっている。


「寝るなー! 寝たら死ぬぞーっ」

「雪山じゃないんだから……」


 とはいえ本当に眠い。連日のレポートや回診の手伝い、救急外来の初期診療業務などで疲れがたまっている。


「うわ……えーっと、また死んだ」


 テレビを見ると、麗美の操るキャラクターがモンスターに踏みつぶされていた。


「ああ……」

「もう、こうなったら、セイラ様お願いします。気分転換は大事だよね」

「え……?」

「ステージクリアのために、絶対こいつをやっつけたいんだって。でも、装甲が硬くって。背中の弱点までたどり着けなくってさ」

「私がやっちゃっていいの?」

「神様、セイラ様お願いします」

「……調子がいいなぁ」


 星来はコントローラーを受け取った。


「VRの方が良い?」

「そっちの方が得意だけど、これでも良いよ。……廃墟の城だね」

「よろしく。キャラクターは獣人騎士バニール。一撃は軽いけど機動力と速度とジャンプ特化型って、釈迦に説法か」

「行きます!」


 画面の中で黒いウサギの耳を着けた騎士が突進した。

 トリケラトプスに似たドラゴン型のモンスターの股を潜り、廃墟の壁を飛び跳ねる。麗美が使っていた時とは動きがまるで違った。グラフィックが凄まじい勢いで切り替わる。

 超立体機動—―空間をフルに活用した攻撃だ。

 まず、ヘイトを集めて相手の向きを誘導する。

 さっと転身してボウガンを連射しながら接近し、首の付け根と背中の急所に容赦無い一撃が加えられた。


「速っ!」麗美が手を叩く。「行け行け!」


 コントローラのボタンを押す音がほとんど一つに聞こえる。


「よく指がらないね!」

「まだもうちょっと速くなるよ」


 十字ボタンを連打し、キャラクターが宙で回転しながら連撃を放った。

 ものの数分でクリティカルヒットを重ね、モンスターが地響きを立てて倒れる。

 YOU WINの文字が出るまで五分とかからなかった。


「おー! さっすがセイラ。動画配信とかすれば良いのに」

「前に麗美が無理やり試して失敗したでしょ。カメラが向いてると思ったら、喋れなくなるもの」

「沈黙のゲーム実況、あれはあれで面白かったけど、めっちゃ上がり症だもんね。美少女医学生のゲーム動画、いけると思ったんだけどな」

「少女っていう歳じゃないよ」

「セイラは童顔だから盛ったらいけるよ」

「あ、あーっ! 遊んじゃったじゃない。明日も早いのに」


 時計を見ればもう十時を過ぎていた。慌てて教科書をめくり、明日の研修に関係ありそうな項目を探す。


「だめだ……活字が眠りの世界に」

「よし、じゃあこれならどうだ。お礼に……」


 麗美はラップトップパソコンを開いた。


「これ、医師専用会員サイト、エム・フォーの教育フォーラムだよ。この動画見て」

「動画?」

「手術動画。明日のはCABG、冠動脈バイパスのロボット支援手術でしょ。これならいろいろ見られるよ。この前見つけたんだ。これならセイラも眠くならないんじゃない?」

「ふうん……?」


 クリックすると内視鏡画像が動き始めた。

 ドームのような体内空間の中、ロボットアームの先端に着いた鉗子やはさみが動き始める。鋏の刃の片側はモノポーラと呼ばれる電気メスになっており、接触すると臓器の一部を焼き切ることができる。それらの器械が上下左右に動いては手術が進行していく。医師の解説ナレーションも入っていた。


「これ、手術の手順がよく分かっていいね。でも……」


 確かにこれなら眠くならないが――。

 星来は首を傾げた。


「どうしたの?」

「……なんだか、しっくりこない」

「しっくり?」

「ムズムズする」

「セイラは感覚派だからなぁ。意外と、ガっときてグッとか言うタイプだよね」

「うーん」

「ふむ……もしかして、セイラ……そういうことかな」


 麗美は星来の様子を見て、何か納得したように頷いていた。

 星来は次から次へと動画をクリックしていった。どう説明したらよいのか分からないが――どれを見ても何とも落ち着かない。

 そのうちに一つの動画に行き当たった。


「これ、いい」

「これ?」麗美は動画のキャプションを確認した。解説は全部英語だ。「五年前の海外の模範手術の動画だって。でも……執刀医は日本人なんだ。パフォームド、バイ、プロフェッサー……ケイ? どういう字を書くんだろう?」


 星来は動画から目が離せなくなっていた。


「この動画のどこがいいの? 確かに手際がいいのは分かるけど」

「……何だろう、これ……キラキラしてる」

「キラキラ? どういうこと?」


 自分でも分からない。拍動する臓器の動画に確かに感じるのは、夢の中で見た、いつかのあの光だった。












第二話、連続投稿です。本編に入ります。


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