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青い雷光 その①

 「それにしても、久々に来たよなァ。」


 天音ケイはきょろきょろと辺りを見回す。何かを探すでもない。ただ懐かしむために目を、首を動かす。

 彼は今、かつて自身がホームとしていたゲームセンター『YAMORI』に居た。平日の時刻は昼の13時。接客業であるケイは基本的に土日の休みではなく、平日が休みの事が殆どだった。しかし、それにも関わらず、人気のタイトルにはちょこちょこと人の姿があり、それぞれのゲームに向かっていた。


 (ホントに変わってねェ感じがする。臭ェクソ煙草のニオイも、うっせェ音ゲーの音も。)


 ケイは目当ての筐体に向かいつつも、懐かしみながらセンター内の様子を見ていた。

 『YAMORI』は駅から出た駅ビルの地下にあるゲームセンターで、別フロアなどはないもののそれなりに広めで、入り口側にはクレーンゲーム、奥側には対戦型のアーケードゲーム類が置かれている。照明などはあるが、店は全体的に暗めで、大型モールにあるファミリー向けのゲームセンターではなく、良くも悪くもゲームセンター特有の雰囲気が漂っていた。

 少し歩くとケイは『カオス・アリーナ』の筐体に辿り着いた。そこにはケイ以外には誰もおらず、ターミナルは保存されているリプレイ映像やらランキングをだらだらと垂れ流していた。


 (ま、この時間だしナ。それにこのゲーム、金掛かるッてのと操作がムズ過ぎてこのゲーム自体、あんまメジャータイトルじゃないしなァ)


 ケイは適当に一番近い筐体の扉を開けてシートにつく。財布から100円玉を取り出すと投入口に入れる。金を入れられた筐体は音量大きめのSEを響かせてケイを迎え入れた。

 続いて画面には【データカードを挿入してください】の表示が出る。ケイは財布からデータカードを取り出す。ずっと使用していて印刷も掠れているカード。それをケイはコイン投入口の下にあるカード挿入口に差し入れた。筐体がカードを飲み込み、読み込みが始まる。

 しばらくすると画面上には【データがありません。新しいカオス・アーマーを作成しますか?】という表示が出る。


 「・・・・・・」


 その表示にケイは寂しさを感じつつも、親指でボタンを押すと機体の作成画面に移った。




 「とりま、こんなもんかな。」


 数分の時間を使ってケイは新しい自分の愛機となる機体を創った。フレームタイプを決め、ゲームの最初に貰える基本のギアと武器から選び、それを好みに付けた。


 「名前かぁ……。あんまし良いのが思い浮かばねぇなぁ。……うーん。」


 天音ケイという人間はゲームを始める際の名前も結構こだわる人間である。


 「……いいのが思いつかん。とりあえずでええか。」


 ケイはレバーを動かして画面上に出てきた文字を1つずつ選んで入力する。画面上に現れた【あああああ】の文字は彼の名付けの苦悶を示していた。


 (……流石にテキトー過ぎたか。……まぁあとで変えりャあいいか。)


 ケイは(一応)その名前で決定のボタンを押した。


 「さて、この装備じゃ流石に対人は行く気になれねェな。」


 機体の作成が終わると、モード選択の画面に移る。『カオス・アリーナ』の基本モードは対戦モードである【オンライン対戦】、1人用モードである【ソロプレイ】、機体の調整や武装確認に使用できる【トレーニング】、そしてもう1つは……。


 「しャーなし。やっぱりここからよな。」


 ケイは最後の1つのモードである【パーツ支給】の項目を選ぶ。このモードは追加のクレジットを投入することでパーツのみを購入することができるというモードである。


 「ちっくょ~。何が支給だ。金とってんじゃねェよ、このクソ集金ゲーがよ。」


 ケイは一人ぶつぶつと愚痴を言いながら財布から100円玉を数枚取り出した。


 「ホラ!タンと喰え、クソやろー。」


 決定ボタンを押して追加クレジットを投入する。モードの上限である1000円分のクレジットを投入してケイはパーツを手に入れる。100円につき1パーツ。10個のパーツをケイは手に入れた。


 「武装が6のギアが4。そして、出たパーツが強いか弱いかわからん。」


 ケイは筐体の中から外の様子を確認する。外には誰も待っている人はいなかった。


 「・・・・・・」


 ケイはクレジットを再び投入した。



 


 「……また、負けた……。」


 ケイはその後パーツをある程度集め、機体を調整した。そして、オンライン対戦に潜ってみたところ、勝率は振るわなかった。

 否、ある程度のところまでは順調に勝ち進んではいた。しかし、ある一定のラインまで行くとケイの腕前とはまた別のところの格差が出てきていた。


 「こんなザコパーツじゃ、話にならんって事かよ。クソつまんねェゲームだな、こいつが。」


 ケイは自分の身体の熱が嫌な上がり方をしているのを感じていた。興奮とは全くの逆方向。ケイはあったまっていた。腹にたまったイライラと腕にたまる台を叩き壊したい衝動がぐるぐるとケイの中に渦巻く。


 「……ふゥ。」


 ケイは息を吐き、台を立った。この嫌な空気感を一旦リセットするための休憩の為である。

 ゲームをしていれば負けが込むこともある。ケイ自身何度も経験した感覚である。そしてケイも、こんな時には一度間を置くということの重要性を重々知っていた。

 筐体を出て、ターミナル前のベンチに腰掛ける。少し前に勝った緑茶のペットボトルを開け、中身を喉に流し込む。あったまった全身の血液がすぅっと浄化されていく感覚がケイに走る。

 パーツ集めとその調整、そして対戦。それらを行って大体3時間ほどが経過して時刻は16時過ぎ。駅前ということもあるのか、15時を過ぎたあたりから学校帰りの学生がぼちぼちとゲームセンターに現れていた。

 

 (ん?)


 ケイは筐体の1つに目をやった。その筐体の中に人影が見えた。


 (結構、珍しいな。この時間普段はあんまり人いないッてのに。もうちっと時間たてば人が増えてくるんだろうけど。)


 「あれ、Kさん。」


 そんな風に思っていると、ケイを呼ぶ声が耳に届く。その言葉に反応してはっと我に返り、ケイは声のした方を向く。


 「ああ、君か。」


 声の主は氷室ダイヤ少年だった。ダイヤは小走りでケイの下にやってきた。


 「ダイヤくんも学校帰りか?」

 「うん。いつもはもっと早くに来れるンだケド、今日はちょっとやることあったからこんな時間になっちゃった。」


 ダイヤはケイの横に座ると、カバンをごそごそと探り始める。


 「そういや、君、何年なのさ?」

 「俺は高2だよ。でも結構中坊に間違われたりするケドね。俺、身長小さいしさ。」


 ケイの問いに答えながら、ダイヤはカバンから財布を取り出した。


 「高2かァ、いいねェ。」

 「そうかな? よくわかんないケド。」


 ダイヤはそう言うと立ち上がった。


 「やりに行くのかい?」

 「うん。そのために来たんだしね。……そういえば、Kさんはどうして?」

 「ああ、俺もそろそろ自分のマシン作らんといかんと思ってさ。」

 「ホント!? 見せてよ!」

 「ま、後でな。」

 「ええ? なんでさ? 今に見せてよォ。」


 やんや、やんやと押し問答をする2人。そしてその2人の間を劈く音が響く。ターミナルから流れる音に2人はそろって目をやる。画面には「FINISH」の文字が表示されていた。


 「……珍しいね。この時間に誰か俺たち以外にやってたんだ。」

 「ああ、さっきからあの筐体でだれかやってんのよ。」

 

 画面の中には勝利側の機体がポーズを取って映し出されていた。濃紺の機体。その藍にケイは目が釘付けになっていた。


 「・・・・・・」

 「……あれ、あの機体って、もしかして。」


 ダイヤが人の入った――おそらく青い機体の持ち主のいる筐体へ向かった。そして、それと同時にその筐体から人が出てきた。


 「ふゥ。」

 「あ、やっぱりアズキじゃないの!」

 

 ダイヤが声をかけた青い機体の持ち主は、ダイヤと同じ年齢ほどの少女だった。アズキと呼ばれた少女はダイヤの言葉を受けて、それに反応した。


 「あれ、ダイヤじゃない? なァに? 今日もやりに来たわけ。」

 「うん。今日は調子どお?」

 「ふふん♪ 絶好調よ。なんせ、さっき10連しちゃったもんね。」

 「流石、アズキじゃん。」


 2人の学生の会話シーンを見ていた男が1人。ケイはじっとその様子を見ていた。


 (なんだァ、ダイヤ君。俺と同じで女と無関係の人生歩んでると思ってたのによォ。ケッ、どいつもこいつもつまんねェの。)


 実に惨めである。

 ケイはペットボトルを開けると、グイっと中身を飲む。なぜか苦みが先ほどよりも強く感じるのだった。


 「ん? もしかして、ダイヤ。あの男の人が?」

 「あ、そうだよ。」


 ダイヤとアズキと呼ばれた女の子はケイの方へ近づいた。ケイは彼らがある程度近づいてくるとその敬拝に気づき、ペットボトルを口から離した。


 「なんだ、どうしたよ。」

 「両方に紹介するね。Kさん、この子は早雲アズキ。俺の幼なじみなんだよ。」


 ケイは目だけをアズキに向けた。背丈はダイヤよりやや大きく、クリっとした目が特徴的だった。


 「それでね、アズキ。この人が――、」

 「知ってるわよ。ッていうか、アンタいッつも私に言ってるじゃない。」


 アズキもまた、ケイの方へ顔を向ける。


 「5年枚のKOCを制した元KOCチャンピオンのプレイヤーネーム、『K』。確か使用機体は『ロード・オーヴァー』。」


 アズキはケイの目をじっと見ながらそう言った。そして、アズキはグイっとケイの顔を覗き込むように顔を近づけた。


 「うォッ。」

 「・・・・・・」


 ただじっと、アズキはケイの顔を覗き込む。

 ケイは女性経験というものがまるでない。なので、自分よりも年下の学生であるアズキであっても、ここまで近づかれると変な気持ちになるのであった。哀れ。


 「うーん。」


 アズキはしばらくするとケイから顔を離した。そして、


 「ホントにこのおっさんがKなの? なんか覇気みたいなのがないンだケド。」

 「……はッ……?」


 ケイは目の前の学生に吐かれたその言葉に絶句した。


 「KOCのチャンピオンッていうから一目見て、あわゆくば対戦してみたいって思ったケド、なんか弱そーだし、正直期待外れッて感じ。」


 アズキは呆れたような溜息交じりにケイに向かって罵声を浴びせるのだった。それを聞いたダイヤはあわあわとと戻っているようだった。


 「おい!ダイヤ君! 何だこの小娘は!? あまりにも失礼じゃねェか!?」

 「ご、ごめん。アズキッてばストレートに物言う奴だから!……アズキ、何てコトいうんだよ!」


 ダイヤに制されるアズキだが、「フン」とアズキは言うと続けた。


 「アタシは思ったこと言っただけよ。それに、さっきターミナルで映ってた対戦見たケド、実際弱かったし。アンタ、結構連敗してたわよね?」

 「うッ、それは……。」


 よりにもよって、ケイが連敗していたところをアズキは見ていたのだった。ケイは少し言葉に詰まるも、しばらくして言い返した。


 「だ、第一よ、オマエもここがホームなんだろ? ッてことはあの不良みたいなやつにカード奪われたたハズだ! 俺があの不良みたいなやつに勝ってカード取り返さなきゃ、そんなデカ口も叩けんやろがい! なんか言うことあるだろ、お嬢ちゃん!」

 「あのね、Kさん。」


 息まくケイもダイヤが制した。「な、何」とケイがダイヤに聞き返す。


 「実はアズキはあの、ミツキってやつにカード取られてないんだよ。」

 「え、そうなの?」


 ケイはダイヤの言葉に目を丸くした。


 「アズキはね、ここ最近は『広辞苑暗記検定』の勉強の為にゲーセン来れてなかったんだよ。」

 「そーゆーコト。ま、アタシがいればそのナントカってのにも勝ってたケドね。」

 「なんだよその検定。」


 アズキは得意げにそう言うと「ふんす」と鼻を高くした。


 「ちなみにアズキ、検定はどうだったの?」

 「とーぜん! 合格よ!」

 「俺の話を聞けよ!」


 さらに鼻を高くするアズキにケイは突っかかった。


 「でも、アズキ。Kさんはホントに強いンだよ。」

 「だって、めっちゃ負けてたわよ。」

 「それはね、Kさんは今日新しく機体を創ってプレイしてたんだよ。Kさんは最近まで『カオアリ』引退してて、機体を持ってなかったンだ。」

 「え?」


 アズキはダイヤの言葉に先ほどとは違う声音を以って反応した。


 (さっきのターミナルの戦闘映像の表示でわかるケド、アイツのオンラインのランクはゴールドだったハズ。この男今日作った機体でもうそこまで勝ち上がったっていうの?)


 このゲームにはプレイヤーランクが存在する。下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、そして最上位帯のカオスランク。ケイは丁度真ん中のランクに今いることになる。


 「前カードを取り返してくれた時は俺の機体に乗って戦ってくれたんだよ。すごいプレイングだったんだよ、ホント。」


 (……なるほどね。それは納得。でも、今のアイツの機体、パッと見た感じ、装備はそこまで大したものじゃなかったハズ。つまりこのおっさんは純粋に自分のプレイスキルだけでここまで……?)


 黙り込むアズキを「どうしたの?」と顔を覗き込むダイヤと不貞腐れたようにお茶を飲むケイ。しばらくするとアズキは口を開いた。


 「おっさん。」

 

 そう言われたケイはジロリとアズキの方を見た。そして、ペットボトルから口を離すと、


 「さっきからおっさん、おっさんてよォ。俺はまだ25なんだよ。おっさんじゃねェだろ!」

 「四捨五入したら30じゃない。充分おっさんよ。……それよりも……。」


 アズキは口元に二ヤリと笑みを浮かべると、言った。


 「成程ね。確かに面白いかもね、アンタ。」

 「急にどーした。」


 ケイはペットボトルが空になったのを確認するとゴミを捨てようとベンチから立ち上がった。


 「アンタと勝負したいわ。」


 彼女の言葉にピクリとケイは反応する。


 「ホントにどーした。雑魚には興味ねェんだろ?」

 「ホントに弱い奴にはね。でも、こんな機会はあんまりないしね。」


 ケイはアズキの方へ向き直った。


 「ただし、条件があるわ。」

 「条件だと?」


 ケイは眉間に皺を寄せてアズキの言葉を聞き返した。


 「さっき、ダイヤ。アンタ言ってたわよね?」

 「え?何を?」


 ダイヤはぽかんとしてアズキに聞き返した。


 「アンタの『イーヴィル・シェイド』をこいつに貸したって。そして、このおっさんはそれで勝利した。今回の私の条件はそれよ。」

 「どういうコトだよ。」


 アズキはさらに不敵に笑う。


 「言ったでしょ? 私は元チャンピオンに興味があるって。ザコパーツの寄せ集めのマシンじゃなくって、あなたに実力で勝ちたいのよ。」

 「……面白ェじゃん。」


 2人の雌雄が対峙する。風が起きる。火花が散る。


 「中々いい根性してるな、お嬢ちゃん。後悔すんなヨ。」

 「アタシが勝つんだから、後悔なんてするわけないでしょ。」


 熾烈極まる戦いが、始まる。

 

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