生き返る「K」
――あの日から、何かが変わった。
何って言われると困る、ケド。うずうずするようになったというか。指が動く錯覚。頭の中に湧く勝利の感覚。多分、麻薬やってるやつとかってこういう禁断症状なのかな、とか思う。
――本当に何か変わったのか?
毎朝、毎晩、鏡で見る自分の顔は萎れた向日葵みたいにみっともなくって、哀しい感じだってのに。
ただ、知りたい。自分が何をやりたいのかを。
「ちょっと、このミキサー昨日買ってもう動かなくなったんだケド!」
「……少々お待ちくださいねェ。とりあえず、ちょっとこっちで見ますねぇ。」
語尾を少し上げ、声のトーンを上げ、努めて明るくふるまう。ケイがここに勤め始めて覚えたことだった。
客から箱を預かり、近くの客用の円卓に誘導する。
(チッ、ンどくせェなァ。どぉせ、取説もなんも見ないで使ったんだろぉが。)
ケイは都内の家電量販店、「アストロデンキ」に勤務している。都内ということもあり客の数も多く、忙しい時はとにかく忙しかった。そして、今日は休日。そして、今は昼過ぎ。客の数と店員の対応がオーバーフローを起こすに絶好の時間だった。
少し潰れた箱に指をかけて、中身を取り出す。
「ちょっと電源入れて試してみますね。」
そういってケイがミキサーをコンセントのところに持っていこうとしたところ、
「できれば、早くしてくれませんかね。急いでるんで。」
「……申し訳ございません。」(……うぜェ)
何度言ったかもわからない言葉。何度付いたのかもわからない毒。ケイは少し急いで動作確認をした。
(んのやろォ、やっぱ取説読んでねぇだけじゃねぇか、まぢくたばっちまえってんだ。)
ケイは帰り道、昼間の客の事を思い出した。
あの後、動作の確認をしたところ、モーターの負荷がかからないようにミキサー側で自動でかかるロックが働いていることが判明した。しかし、それでも先ほどの客は「壊れてる」を連呼。ケイが何度か説明して渋々帰っていったのだった。
(ああゆうのがいるから、この仕事はクソなんだ、クソ。)
帰りの道で心の中でその日の悪いことをひたすら毒づく。そんな不毛で生産性のない毎日をケイは過ごしていた。
朝早くから家を出て、家に帰るのは遅いと日付が変わった後。摩耗する心身を感じながらもケイは生きるためにやるしかなかった。
(今日は比較的早く上がれたからいいもんを、また今日も12時間労働。死ねや、まぢで。)
どくどく、と心に毒を貯めていく。それがケイ自身良くないことは分かっていた。この毒はやがて全身に隈なく作用して、蝕んでいく。
(どいつもこいつも、うぜェ。)
その結果どうなるのか。ケイ自身わからない。
(もういっそのことぶっ倒れちまったら、あの会社潰れるかな。)
そんなことを日々考える始末。
改札に定期を通して歩みゆく。やや早足。ケイ自身も気づかないくらいの早足。それは無意識にさっさとここから離れたいという彼の心が彼自身の身体に訴えているのだろう。
轟音を響かせて電車が彼を出迎える。電車が横に口を開くと彼は素早く乗り込んで、ドアの前に陣取り、もたれた。襲う脱力感と疲労感。そのすべてが彼の生きる気力を削いでいく。抜けていく。
ポケットから携帯を取り出す。ロックを解除して調べるものもないのに、検索アプリを開く。
「……」
少しの後、ケイは、【死にたい】とか【消えたい】とかを検索してみる。いつもと同じで自殺防止の電話番号やら自殺はいけませんやらのキラキラした言葉が出てくるだけなのに。
電車が揺れる。がたごとがたごと。
体が揺れる。がくがくがくがく。
それでもケイの心は揺れない。ずぅっと、ずぅっと。
その方がラクだから。何も感じない方がずっと、ずっと。楽しくないケド、ラクだから。
――でも、あの日は違った。
あの日。俺が再び「戦場」に戻った日。
レバーを握り、敵と対面したあの瞬間。手に伝わる振動、心の臓が早鐘のように脈打つ官能。あの時間。あの時間、間違いなく俺は生きていた。生き返った。
自分の居場所に帰るみたいな安堵感、自分の臓器が瑞々しく水分を取り戻す温度感。そのすべてがあの時の俺を生き返らせたのか。
――本当に俺は生きられるのか?
確かめたい。もう一度、生きてみたい。生き返ってみたい。あのカタルシスで俺は。
ドアの上の電光掲示板を見る。「榎三本」の文字が輝いていた。
ドアが開く。男の気配に反応して。
ケイの足は数日前と同じくゲームセンター「YAMORI」に向いていた。時刻は22時前。薄暗い店内であったが、その中にあるわずかな光は消えることを断固拒んでいた。さしずめ、不夜城の如く闇を知らないと見えた。
数ある筐体の間を縫ってケイは『カオス・アリーナ』へ足を運んだ。そして、その瞬間に感じるリビドーのような感覚と衝撃。
――やっぱり、ここだ。多分俺はここじゃなきゃ生きて行けなんだろうなぁ。
細胞の一つ一つが躍動する。産毛までもが鳥肌立ち、瞳孔が開く感覚。堪能する、ただ。……然し、ただ、……。
「・・・・・・」
ケイはただ立っていた。立っていただけだった。
「・・・・・・」
しばらくして、ターミナル前のベンチに座る。そして仰ぎ見る。目の前の巨大なモニターを。そこには以前と変わらない2つの機影の衝突があった。
「……ん? あの機体って。」
見覚えがあった。その影は黒く。ぎこちなく戦場になびいていた。
(多分、あの時の少年だよな、アレ。……それにしても……。)
のらりくらり、右往左往、右往左往。その動きはかなりぎこちないものにケイは映った。
(あ、馬鹿! そこで攻撃しちゃあ……。)
ドゥッ!っと黒いマシンに光が貫かれる。響くBGM、そして画面に出る「FINISH」の文字。そして爆散する影。
(まぁ、あんな硬直晒したらなぁ。)
ケイは右の方にある筐体を見た。するとケイの予想通り、中から見覚えのある少年が出てきた。
「くっそォ、もうちっとだったのになぁ」
「よォ、お疲れさん、少年。……エト、ダイヤ君……だっけ?」
少年はケイの言葉に反応して、声の方へ向いた。
「あ、Kさん!」
少年――ダイヤはケイの下へ早歩きで寄って行った。
「その後、どうだい。カードはみんなに返せたのかよ。」
「はい!おかげさまで。みんな、喜んでましたよ。……まぁ、でもあの一件でもうゲーセンに来なくなっちゃった人もいますケドね……。」
「……ま、そりゃそうか。」
朗らかな空気から一転、少し沈んだ空気が二人に流れる。その空気に耐えかねたのか、ダイヤは口を開いた。
「あの、そうだ! もし、Kさんと会ったらお願いしようとしたことがあって……!」
「お願い? なにそれ?」
「実は、俺Kさんにこのゲーム、教えてもらいたいんです!」
「俺にィ!?」
ケイは素っ頓狂な声を上げる。上ずった情けない声が高い声だっただけに周囲に響く。
「だって、俺のマシンをあんなに使いこなしてくれるなんて、Kさんはすごいプレイヤーなんでしょ?」
「別に。あんなんたまたまだヨ。君のマシンが能く動いてくれたんだヨ。」
そんなわけない! そう力強くダイヤが言うと、スマホを取り出してケイに突き付けた。
「これ、Kさんですよね?」
「……あぁ……。」
そこに映っていたのは筐体の前でトロフィーを持ち、満面の笑みを浮かべる男――若き日のケイの姿の画像だった。
「よく見つけたなァ、そんな古いの。」
「古いって言っても5年前ですよ。黒い覇王と呼ばれたプレイヤー「K」とその乗機『ロード・オーヴァー』。」
画像に映るケイの後ろ、筐体の中に静かに佇む黒い機体。ただ静かに佇むだけの覇王の黒はそれだけでもオーラが感じられた。
「『ロード・オーヴァー』か……。懐かしいじゃん。」
ケイもまじまじと画像を見ていた。懐かしむように。
「どうしてこのゲーム辞めちゃったんですか? こんなに楽しそうのに。」
「……ま、色々あったのさ。……仕事始まりゃあ時間も取れなくなるし、かッ怠くもなる。いつの間にか大好きだったこのゲームからも離れるようになッちまった。挙句には一緒にずっとやってたマシンもなくなっちまうとは、プレイヤー失格だね、俺も。」
ハハハ、と力なくケイは笑った。ダイヤはそこに何とも言えない大人の空しさ、切なさを感じた。
「……でも、君のおかげでさ、前は面白かったよ。やっぱこのゲームって面白いんだなって感じた。結局どんなに大人を演じたって、俺の中には馬鹿な情熱ッてのが残ッてンだなってのが感じられたよ。」
否、今も感じている。滾る思いと募る情熱。それを確認したいからケイは今ここにいるのだ。
「こうなると、もう復帰しかないか。また、1からさ。」
「復帰するんですね!Kさん!」
他人の事にもかかわらず、ダイヤは自分の事のように声を上げて喜んだ。
「とはいっても、さっきの話だケド、俺は復帰したての、言うなればペーペーさ。だから教えられることなんて何もないと思うケド。」
「いや、少なくとも俺よりは全然上手いじゃないですか。是非、よろしくお願いします。」
ペコリと、ダイヤは頭を下げた。ケイは少し恥ずかしくなった。それと同時にすごい勢いのダイヤの懇願に困惑もした。
「ま、まァ、考えとくよ。……それよりやんなくていいの? まだ少し閉店まではあるぜ。」
ケイは筐体を指差しながらダイヤに言った。
「そ、そうですね。なんかKさんに見られると、キンチョーするっていうか……。」
「は、はは。まァ頑張れ。」
ダイヤが席を立つのをケイは座りながら見送った。筐体にダイヤが入っていくのを見ると、ふゥと息をついた。
(でも、あの子の言うことも悪くねェかも。復帰するッつッても前みたいにガチガチに行く感じじゃなくッて、ゆっくりやる感じになると思うし、後輩プレイヤーに教えながらマイペースにやるッて感じがちょうどいい感じだよな。)
このゲームをやることの高揚感とか興奮とかは確認できた。復帰することも決めた。けれども、ケイ自身、あの頃のようにギラギラと目に炎を灯してやるような勢いでやるとは思わなかったし、正直、億劫でもあった。ただこのゲームに触れ続けて、日々溜まった毒気を程よく抜ければよいと思っていた。
(金も掛かるしなァ、このゲーム。)
そんなことを考えているとターミナルのモニターに対戦の画面が表示された。ダイヤの『イーヴィル・シェイド』と相対するは緑色の機影、名を『ハイグラップラー』。
(多分パワーフレームの機体か。たしか『イーヴィル・シェイド』はスピードフレームだからちゃんと距離とって戦えば有利なのはダイヤ君だな。)
そんな風にケイは見ていた。
……しかし、その結果は……。
【LOSE!】
(ま、負けェ~!?)
ケイは正直驚いていた。マニュアル通りに行けば微有利といった対面だったが、なんとダイヤは敵に1、2回ダメージを与えるのが精いっぱい位の大敗だった。
(一応、最低限動かせてはいるケド、ホントに動かせてるだけみたいな感じだ。相手も正直あんま強くはなかったケド、アレにあんな負け方しちまうのかァ……。)
ケイは頬のあたりをポリポリと掻いた。
(こ、こりゃあホントに1から教えねェとイカンっぽいなァ。)
そんな心持でターミナルを見ていたケイ。
しかし、相手の機体のとった行動。その行動がケイを思わず立ち上がらせた。
「……ヘェ、オモシレ―事すンじゃん、アイツ。」
そのすぐ後、ダイヤが筐体から出てくる。
「ま、負けちゃいました。これで今日は――」
苦笑いしながら言うダイヤ。彼の言葉を遮るようにケイは先程までダイヤが入っていた筐体に素早く入って、100円玉を入れた。そのあまりの速さにダイヤは目を丸くした。
「あ、あのKさん?」
ダイヤも筐体に向かうとケイに話しかけた。ケイはというとボタンを連打していた風だった。ただバチバチとボタンを叩く。
「ど、どうしたんですかKさん?」
「……上手くなりたいんだったら、まず相手をよく見ろよ。特にこういう奴のことはな。」
ダイヤが画面を見るとそこには「RETURN MATCH」の文字があった。
「リタマ!? どうして!?」
「まァ、面白いモン見せてやるから。」
ケイはニヤリと笑った。ダイヤが見たその顔は数日前に見たあの表情に似ていた。
相手がリターンマッチを承認したようで、再び対戦開始前の待機画面になる。
ケイは筐体にあるボイスチャットのボタンを押してONにした。しばらくすると相手もボイスチャットをONにする表示が出た。『カオス・アリーナ』は非常に珍しいボイスチャットを搭載した筐体である。本物のロボットのコクピットを再現した箱型の筐体の特性故、プレイヤー間でのコミュニケーションが取れないためである。このボイスチャット機能は、お互いにボイスチャットをONにすることで初めて使うことができる。
「オイ、聞こえてっか! さっきは良くも煽ってくれたよなァ。」
「え、煽り?」
ボイスチャットがONになるや否や、ケイは開口一番に罵声を浴びせる。その系の言葉にダイヤは目を丸くした。そして、そのケイの言葉に反応して相手の声がスピーカーから流れる。
『うぜェなァ。煽られて顔真っ赤でリタマかァ? テメェが雑魚なのがいけねェんだよ。煽られたくなきゃもっと強くなりな。』
流れてくるやや音質の悪い割れた声。ややハイトーンだったが男と分かる声だった。
「たまたま勝てた癖に調子乗んなよ、雑魚。それによォ、『カシャカシャ』なんて時代遅れの煽り入れてんじゃねェぞ、ジジイか貴様は。」
『カシャカシャ』。それは『カオス・アリーナ』に古くから伝わる最古式煽りである。文字通り武器をカシャカシャ出したりしまったりすることで成立される。古典的で伝統的な煽りであった。
「え?でも俺今もよくされるよ、『カシャカシャ』。別に古くなくない?」
「シーッ! 静かにしてろ。今レスバしてんだから。」
ダイヤの声に反応し、相手も言葉を続ける。
『……何だよ、お前ら2人組か。もしかして今プレイしてるお前はさっきの奴のツレかなんかか?男同士でつるんで、敵討ちごっこ。お前らホモか。』
「残念ながら俺は男に興味ないし、別に俺以外の誰が負けようが関係ないんだケドさ。お前みたいな調子乗ったのを叩きのめすのが最近の俺のトレンドなんだよ。悪いケド、俺のために死んでくれや。」
ケイはそう言うとダイヤの方に向いた。
「悪いケド、またお前の機体借りるぜ。んで、よく見とけよ、俺のプレイをさ。」
ダイヤはその言葉を聞くと大きくうなずいた。そして心なしかケイの口調が先ほどよりも明るく感じたのだった。
「START!」のコールと画面いっぱいの表示。戦いが始まる。
『おらァ!行くぜ、行くぜェ!』
開幕と同時に2人を包む相手の怒号。ビリビリと筐体の中の空気が震える。画面の中の敵機――『ハイグラップラー』は征く。手に持った大槌を構えながら大胆不敵な猛突進。ダイヤは相手の気に圧倒され、ビクリと肩を震わせた。
(なんか、野良でボイチャすると、プレッシャーが、スゴイ……!)
画面からの圧とスピーカーから伝わる相手の生の圧。先ほどとは比較にならないプレッシャーをダイヤは身に受ける しかし、ケイはというと相手に気圧されない。不動。数多の経験と対戦経験によってこの程度のプレッシャーは全く歯が立たない。
「いい気合じゃん。だケド、所詮雑魚ほどよく吠えるッてアレだよな!」
ニヤリと、自然に口角が上がるケイ。ケイも吠える。その様子をダイヤはしっかりと見る。
(ケ、Kさんも結構吠えてますケド!?)
否、吠えざるを得ないのだ。滾る血と走るドーパミン。それによって上がらざるを得ないテンション。ゲーマーの体内で起こるこの中毒にも似た感覚がケイの理性を麻痺させる。だから声が出るのは然り、口角が上がるのは自然、頬が紅潮するのも当然なのだ。
ケイは左の人差し指でボタンを握りこむ。そして左手に握るレバーを少し手前側に傾ける。
「イノシシも悪くはないと思うケド、それは俺には通用しないンだなァ。」
ケイの動きに反応して『イーヴィル・シェイド』は左腕を突っ込んでくる『ハイグラップラー』に向けた。人差し指を握る行為は武器選択。レバーを傾けたのは照準を相手に合わせる為だった。
「パワーフレームってのはさ、ダイヤ君。要するに射撃に徹してれば怖くねェのさ。」
「え?」
ケイが左レバーのボタンを親指で握る。親指のボタンはトリガーボタン――すなわち、セットした武装で攻撃を仕掛けたということである。
『イーヴィル・シェイド』の構えた左腕には簡易ビーム砲【エナジーガン】が装備されている。緑色のビームが敵機に射出される。弾は合わされた照準に従って『ハイグラップラー』の上半身に直撃した。
『ケッ、そんな豆鉄砲で!』
「豆鉄砲で十分。お前さんから近づいてきてくれたんだからサ!」
のけぞる『ハイグラップラー』に『イーヴィル・シェイド』は即座に近づく。2機の距離は『ハイグラップラー』が仕掛けた猛突進によって僅かなものだった。ケイは両方のレバーの中指のボタンを押し込む。『イーヴィル・シェイド』はそれに呼応するように右手と左手にそれぞれ黒い刃を携える。
「多分、ダイヤ君は近接戦がしたいんだろ。この機体のパーツを見るに、素早く相手に近づいて相手に攻撃当てる。そうでしょ?」
「そ、そうですケド……。」
それに加えて『イーヴィル・シェイド』はスピードフレームの機体で且つ、機動力に重点を置いた調整がされている。刃の届く間合いに入り込むのは容易だった。
「さっきの試合見てると、ダイヤ君はそのコンセプトに縛られすぎ。格闘戦をしたい、したいッて気持ちが逸り過ぎてそこに行くまでの試合が組み立てられてないんヨ。」
ケイは親指を押し込み、レバーを引いたり、横に動かす。指揮者のタクトに従うが如く、刃が苛烈に、華麗に舞う。まさに相手は斬り切り舞。
『こ、こんにゃろォ!』
相手の悔しげな声を聴きながらもケイは攻撃を辞めない。
やがて、敵機がダウンする。それを見るや否や『イーヴィル・シェイド』をケイは下がらせる。丁度、『ハイグラップラー』の射程の外程度に。
「折角スピードに振ってあるんなら、それを活かす戦い方をしなきゃな。ようするにこうやってマジレスし続ければいいんだよ。」
『……姑息な真似しやがって!だけど、格闘戦だけじゃねェ! こっちにも飛び道具はある!』
『ハイグラップラー』は背中にマウントされている武装を取り出す。折りたたまれた砲身が展開すると、そこに現れたのは巨大なガトリングだった。
『大口径ガトリング【ストームパンチャー】! これでハチの巣になりなよ!』
「折角、こんないい武器もあるんだしさ」
轟音と共に嵐のような弾丸が黒いマシンに放たれる。その弾幕は地を穿ち、空を裂く。まさに嵐のそれであった。巻き上がる土煙が『イーヴィル・シェイド』を包む。
「う、ウァ!」
鋭く、苛烈な火線にダイヤは目を閉じた。ダイヤの閉じられた視界の外ではまだ相手のもたらす攻撃の音が鳴り響いていた。
しばらくするとガトリングから鳴る音は、カタカタカタカタ、という空撃ちの音になった。
「へッ、どうだい、この弾幕は!」
晴れていく煙。その中にはガタガタになったマシンがある。『ハイグラップラー』のプレイヤーは自身の優位を確信していた。
しかし煙が晴れたそこには残骸の一かけらもなかった。そして、響く声。
『いいと思うケド、無駄弾多すぎなんだよ。』
スピーカーから響く声。『ハイグラップラー』のプレイヤーは戦慄した。
自身の機体の後ろ、そこに立つ黒い影。2つの刃を持つ死神が如き影。
『煽り入れる前によ、もっと腕磨きなよ。』
声が聞こえた。冷たい声。静かに響く。筐体に、胸に。ぞわっとしたものが広がる。
その一瞬の後――
【斬ッ】
音と共に視界が闇に覆われた。
「楽しそうでしたね、Kさん。」
「まァね。ああいうのを苛めるのは楽しいのサ。」
試合が終わった後、2人はベンチに腰掛け、自販機で買った炭酸飲料を飲んでいた。
あの後、【タキオン・アクセル】で背後に回った『イーヴィル・シェイド』は、相手の頭部パーツをブレイクし、視界を奪った。そこからは一方的な蹂躙であった。相手は何もできずにただ『イーヴィル・シェイド』の刃に裂かれるのみであった。
「でも、ホントに上手いですよね、Kさん。」
「そ、そお? ま、これでも元全1だし? 当然だよ? あんなの。」
露骨に機嫌がよくなるのをダイヤは感じていた。
「……さっき、早速教えてくれたよね? ありがとうございます。」
「え? ああ、まァ。」
ケイはペットボトルのキャップを閉めるとダイヤの方を向いて言った。
「俺でよけりゃ、教えてやるよ。ホントに勝ちたいんならね。……ま、俺は厳しーヨ。覚悟しなヨ。」
「……ありがとうございます。よろしくおねがいします!」
そういうとダイヤは手に持ったペットボトルをケイの方にグイっと持って行った。ケイは最初能くその行為が示すところが分からなかったが、少しの間の後に、自身のペットボトルを持つと、
コツッ
ダイヤの差し出したペットボトルに当てた。そうするとダイヤはニコリと笑った。
ケイは正直こっ恥ずかしかったが、それと同時に、この青臭い行為の中で自身の生き返りを感じたのだった。
作品を見ていただいてありがとうございます。
よろしければコメントくれると嬉しくてむせびます。
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