黒い影『イーヴィル・シェイド』
「始まった……!」
筐体の外でダイヤとミツキのツレ2人はターミナルのモニターを見つめていた。
戦う2人は勿論の事、彼らにも力が入った。実際に戦っているのは彼ではないが、自然と手が汗でにじむ。心の臓がどくどくと早く脈打つ。――
試合開始と同時にケイは『イーヴィル・シェイド』の左腰と右背部から装備されている刀【クロサクラ】と【ダークアザレア】の二刀を抜く。『イーヴィル・シェイド』の両手に黒い刀が握られる。そして、操縦桿を前に倒し思い切りバーニアを吹かした。
――データを見たところ多分この『イーヴィル・シェイド』ってのは中・近距離が得意なレンジと見た! そして、さっきちらっと見たあいつの戦い方。多分あれは遠距離が得意距離。こっちの得意レンジで一気に仕掛けてやる!
首のマフラーをたなびかせながら、デジタルの戦場を黒い影が高速で切り裂く。そして、『イーヴィル・シェイド』はあっという間に『ブラッド・スケイル』に接近し、近接戦闘の距離へ入った。しかし、ケイ以外その様子を良しとはしなかった。一人はほくそ笑み、一人は叫ぶ。
「馬鹿が!」
「だ、ダメだ!」
思わずダイヤが声を上げる。その直後、『ブラッド・スケイル』の両脚部のポッドから丸い球のようなものが6つ扇状に放出された。
「何だァッ!?」
ケイは驚愕。しかし反応が遅く、それをモロに喰らってしまう。その球を受けた『イーヴィル・シェイド』は空中で電撃のエフェクトと共に停止した。
「スタンか!?」
「【雷炎弾】だ。効くだろ?」
空中で動きが止まった『イーヴィル・シェイド』に『ブラッド・スケイル』は右腕の武器を構えた。長い砲身、その銃口が『イーヴィル・シェイド』の眼前に向けられる
「まずはこれだろ!」
数フレームの溜め。エネルギーがその銃口に光を蓄える。その刹那、武器から赤紫色のビームが放たれる。
「いってェ!!」
激しい閃光。つんざく音に包まれるケイの画面。真っ白になる画面。光が晴れた後、機体は地面に倒れていた。そして画面に表示されている『イーヴィル・シェイド』の耐久が一気に減っていた。
「何だあのスタン武器。最近の武装はこんなんなのか。オマケにダメ喰らいすぎ。補正緩すぎだろ!」
初めて喰らう武装にぶつくさ言うケイ。レバーを軽く引き、機体をダウン状態から起こす。
「しかもスタンだけじゃないんだな、おっさん 耐久値を見てみなよ。」
上機嫌な声がVCで聞こえる。ケイがその声に従って耐久値を見てみると、みるみる耐久が減っていく。
「何だこりゃ!?」
「やっぱそうか。アンタカッコつけた割に全然知らないんだな。これが『炎上』状態ってやつだ。」
「『炎上』!? スリップダメージか? マジふざけんなよ! 知らねぇよ!」
確かに機体が炎のエフェクトに包まれている。そして1秒ごとに耐久値が減っていっている。
「安心しなよ。【雷炎弾】の炎上は10秒。もうすぐ消えるさ。」
その2秒後確かに炎のエフェクトは消えた。
「クッソぉ……。ついに状態異常とかつけやがったか、このゲーム。大丈夫なのかこのバランスよ。」
ケイはぶつぶつ文句を言いながら耐久値を見る。
――2500あった耐久が今の攻撃と『炎上』で一気に2000まで減りやがっただと。インフレ進んでやがる。
「俺もアレにやられたんだ。接近戦は近距離に強いあの【雷炎弾】でいなされて。そして……。」
顔をしかめながらダイヤはそう呟く。その目はターミナルに映る戦場を見ている。
「こっからが本当の地獄だよ、おっさん。」
ケイがその声に気が付いたとき、『ブラッド・スケイル』は遥か遠く。戦場の端の部分に移動していた。
「あんなところに?」
「まずいよ!」
ダイヤは思わず大きく声を出した。
「あの距離、まさか……!」
ケイが言うや否や赤い機体からカッと閃光が走る。そしてその刹那、『イーヴィル・シェイド』の機体を細いビームが貫いた。
「ウァッ!」
衝撃で『イーヴィル・シェイド』は大きく後方に吹き飛ぶ。重い機体がデジタルの戦場に倒れた。
「……やっぱ、狙撃系の武器か。」
ダウン中の機体は無敵になる。その隙に画面に表示されている耐久値をケイは見る。
(残耐久1800……。一発200ダメか。結構痛ェ。)
未だに敵機の耐久は無傷である。
「見たかいおっさんよ。今の環境機ってのは狙撃機が握ってるんだよ!」
「……ヘェ。」
レバーを引き、『イーヴィル・シェイド』のバーニアを吹かして機体を立たせる。
「成程ね。さっきのスタンと炎上の奴で近づいてきたやつ拒否して、遠くでシコシコ嬲り殺しってか。中々愉快なコンセプトじゃねぇの。」
「その機体はさっきの対戦で遠距離系の武装を持ってないのは割れてんだよ。この距離からガタガタにしてやる……!」
確かにさっき確認した『イーヴィル・シェイド』の武器の中に遠距離で効果的な武装はなかった。しかし、ケイは『イーヴィル・シェイド』の鞘から改めて2本の刀を抜いた。
「環境がどうったって、こっちの勝ち筋は接近戦なんだ。いずれにしたって、オマエに致命傷を与えるには接近するしかねェじゃんか!」
レバーを倒して、足元のペダルを思い切り踏む。『イーヴィル・シェイド』は持てるスピードの全てを以って前に突っ込んだ。
「危ない!」
「ただ前に突っ込んでくるとは!いい度胸!」
『ブラッド・スケイル』はそれを見て右腕の武器を構えた。そして眼前の黒い機体に標準を合わせる。
「喰らいなよ。」
ミツキはレバーについているトリガーを押し込む。溜めの後、閃光が走る。
「!」
ケイは『イーヴィル・シェイド』の左腕を前に構えた。そして左腕のシールドを展開する。シールドにエネルギーが集まり、バリアが張られ、ビームを弾いた。
「いい反応だな、おっさん!」
「攻撃が単調なのよ、坊ちゃん!」
――狙ってくることが同じなら、奴の攻撃だって読める。行けるハズ……!
「さっきの奴とは違うってことかい! あいつはビビッて前に出られずに堕ちてったってのにさ!」
そして攻撃の軌道を読む以外にもケイは『ブラッド・スケイル』に格闘を当てられるもう一つの要素があった。
――そんでさっきのわけわからん武装、まだリロード中だろ!?
弾数を使うタイプの武装にはリロードが存在する。どんなに強力な性能の武装でも出すことができなければ無いのと同じ。ケイはそこに付け込んだ。
「あの性能の武装! リロードも重いんじゃねェの!?」
「いい読みだケド、ちょっと甘いね!」
ミツキはボタンを押す。画面に映っている武装欄には既に【雷炎弾】のリロードが完了していることが示されていた。再び『ブラッド・スケイル』のポッドから6つの弾が射出される。
「また、貰うぜ!」
当たることを見越し、『ブラッド・スケイル』は先んじて『イーヴィル・シェイド』に銃口を向けた。
弾が当たる。そう思われたが……。
「ここだ……!」
ケイは左手の人差し指でボタンを押す。その瞬間、『イーヴィル・シェイド』は『ブラッド・スケイル』の眼前から消えた。
「何!? あの武装か!?」
「【タキオン・アクセル】!」
ダイヤは叫んだ。消えた『イーヴィル・シェイド』は『ブラッド・スケイル』の背後に回っていた。その機体は薄っすらと発光していた。
「チィ!」
「遅いんだよ!」
ミツキはその動きに反応しきれず、『イーヴィル・シェイド』は赤い機体を、斬る。
背後から右手の【クロサクラ】で『ブラッド・スケイル』の右肩を突き、左手の【ダークアザレア】で左肩を突く。その瞬間、小さな爆発と共に『ブラッド・スケイル』の両肩が吹き飛び、両腕がもがれた。
「パーツ・ブレイク、だとォ!」
――パーツ・ブレイク。機体のパーツや武装が破壊され一定時間動かなくなる状態である。時間が経てば自動的に修復されるが、一気にイニシアチブを握ることができる。
『イーヴィル・シェイド』はさらに逆袈裟、横薙ぎで『ブラッド・スケイル』を切り刻み、最後に二本の刀で上から叩き斬った。『ブラッド・スケイル』は攻撃を受けて高速で地面へ叩き付けられてダウンした。戦場に赤茶色の土煙が舞う。
「やりやがった、なァ……!」
ミツキは恨めしそうに画面を睨め付ける。否、睨め付けたのはその先、軽やかに地面に着地した黒い影だった。
「おぉ~、減る減るゥ。やっぱり射撃機体は耐久脆いねェ。」
ケイの画面からは敵機の耐久を数値で見ることはできない。ゲージでざっくりと確認できる程度である。だが、『ブラッド・スケイル』の耐久ゲージは半分ほどに大きく削れていた。
「さァ、立てよ。一回寝かしゃあこっちのもんだよ。」
「【タキオン・アクセル】……!俺がこの『イーヴィル・シェイド』を作るきっかけになったレア武装。その効果は5秒間だけ全ての行動を高速化する。単に移動速度だけじゃなく、あらゆるモーションが高速化する……! 『イーヴィル・シェイド』は最低限度の武装で軽量化し、【タキオン・アクセル】を使って一気に攻め込むっていうコンセプトなんだ……!」
ダイヤは自分の機体を自分よりも使いこなすケイに対して妬みも感じたが、それ以上に自分の作った機体を十全に使いこなすケイに感動と感謝もしていた。
「俺はあの近接拒否択にビビッて結局何もできなかった。……だけどあの人の使い方は違う。ちゃんとあの機体のやりたいことをやってくれている……!」
「確かにアイツと戦っているときもあの武装は少々厄介だった。……だけど、こっちにも奥の手ぐらいあるさ……!」
ゆっくりと『ブラッド・スケイル』がダウン状態から立ち上がる。
――起き上がりに、重ねる……! 両肩をパーツブレイクしたし、流石に『雷炎弾』もリロード中だろ。このまま攻め立てる!
ケイはレバーを入れ、『ブラッド・スケイル』に近づくと右の刀を振るった。完全にその起き上がりに重なる起き攻めだった。
「奥の手だろ!」
しかし、その攻撃が『ブラッド・スケイル』に届くことはなかった。『ブラッド・スケイル』は立ち上がると同時に武装、【アブソリュート・フィールド】を展開した。『ブラッド・スケイル』を中心に球状のフィールドが展開された。
「なんだ!? ダメージ付きの全方位バリア!?」
「しかも、ガード不可のな!」
『ブラッド・スケイル』は足のブースターを使い大きく、素早く後退する。そして、
「パーツ修復完了! 吹き飛べよ!」
パーツが修復する。そして、修復した右腕の武装をすぐさま構える。走る閃光。弾ける機体。その後には空中で弾け飛び、地面に伏す『イーヴィル・シェイド』の姿があった。
「これもこんなに補正緩いんかよ!」
『イーヴィル・シェイド』の耐久は180減って1620に減る。ケイはすかさず機体を起こした。
――クッソ、逃がしてたまるか! せっかくこっちのレンジに入ったんだったら!
「甘いって言ったんだよ! おっさんがァ!」
再び放たれる『雷炎弾』。逆に起き上がりに重ねられる形となった『イーヴィル・シェイド』は電撃と火炎の二重苦を受ける。
「しまった! 焦ったか!」
そして『ブラッド・スケイル』のもつ【エンド・ブラスター】からレーザーが照射される。焼かれる機体。形勢が逆転した。
――耐久減! しかも、奴の耐久が減ってるからさらに補正が乗って残耐久1000! 結構ギリギリになってきたぜ。
消耗する機体から炎上による硝煙が立ち上る。さらにじわじわと耐久が減っていく。
「へへ、おっさん。そんな環境武装もない機体で俺にワンタッチするとはよくやったよ。褒めてやる。だケドな、これで終わりだろ。」
再び『ブラッド・スケイル』は反対側の端へと移動していた。先程と同じ。
「結局の所さぁ、このゲーム勝つには環境武装が必要なワケよ。好きだけでこのゲーム勝てるほど甘くはねぇんだよ!」
ダイヤは下唇を噛んだ。悔しい。先程の敗北の悔しさはなかった。ただ悔しい。自分が作り上げ、カスタムした機体を乗りこなせない自分自身の実力の無さが。そして、この期待を勝利へ導けなかったことが。涙が出そうになる。そして、腹の奥からぞわっとしたものが出てくる。
「……確かに、このゲーム武装の性能差はあるよな。クソみたいな武装、ザコみたいな武装沢山あるよ。ケドな、……」
「あん?」
ミツキの筐体に声が届く。ケイの声がけたたましいサウンドが流れる筐体の中に確かに響いた。
「結局このゲーム、自分のマシンにいかに『こだわり』持てるかってのが勝利の分かれ目なんだよ。環境武器使うのもいいケドな、そこに勝ちだけの欲望しかなかったら俺はしょっぱいだけだと思うね。」
炎上が消える。黒いマシンがゆらりと構えた。
「へッ、くせェ。えらそーにかっこつけやがって。綺麗ごと抜かして説教かよ。第一、オマエその機体初めて乗っただろーが! お前のこだわりもクソもあるか!」
「ウッ……。」
痛いところを突かれた、と小さくケイは嗚咽を漏らす。これじゃせっかく見えを切ったのに格好がつかない。少し経ってケイは続けた。
「……でも俺はこの『イーヴィル・シェイド』に彼の、ダイヤ君のこだわりをビンビンに感じてるぜ。まとまったコンセプトに彼なりの試行錯誤を感じるよ。だから俺がそれを証明してやるよ。」
「ほざけよ!」
【エンド・ブラスター】から狙撃の一撃を一射。しかしケイはそれをシールドで防ぐ。弾けたビームが光の粒子を撒いた。
「それに、俺と君とじゃあ、そこ以外に決定的に違うトコがあるんだな。」
「なんだよ、そりゃ。」
刀を一本だけ抜く。右腕に黒い刀身握られ、黒いマシンを彩る。
「腕の差だよ。」
ブーストを吹かし、全速力で戦場を駆ける。たなびくマフラー、軌跡を描く影。それが赤いマシンに迫る。
「腕の差なら、俺の勝ちじゃねェか!」
それを見て『ブラッド・スケイル』は『エンド・ブラスター』を構え、攻撃する。素早いビームが『イーヴィル・シェイド』を襲う。
「調子のるなよ、君の腕前が俺より上なワケねェだろ!」
再びシールドを展開し、ビームを弾く。ビームの粒子が光となって飛び散る。
「俺がただイタズラに攻撃してると思うなよ!」
「しまった!」
シールドに集まっていたエネルギーが消える。シールドのエネルギー残量が切れたのだ。
「シールドを酷使しすぎたよなァ! エネルギー切れ!」
【エンド・ブラスター】の銃口が『イーヴィル・シェイド』に向く。そしてエネルギーが集まっていく。
「逝っちまいな!」
そして、照射のレーザーが放たれる。喰らえば大ダメージを食らってしまう。
――このギリギリの体力が補正が結構乗ってるハズ。この一射でも致命傷だろ。しかもこの距離じゃ避けられんだろ!
ミツキの口角が自然と上がる。勝利の確信。レーザーを当て、あとは残りの耐久値ミリを削れば勝利なのだ。
「なんてな。」
しかし、次の瞬間その表情は驚愕の顔に変わった。
「なんだとォ!」
「これが腕の差ってやつさ!」
『イーヴィル・シェイド』は首元にあったマフラーを左手に掴み、レーザーに触れさせる。すると、なんとそのマフラーは『ブラッド・スケイル』の放ったビームを防いだ。
「そのマフラー、ビームを防ぐのか!」
「隠し味ってやつだよ! ミツキ君とやら!」
レーザーを防いだマフラーはボロボロと崩れて消滅した。『イーヴィル・シェイド』は勢いを殺さず、そのままの速度で『ブラッド・スケイル』に向かう。
「【雷炎弾】!」
『ブラッド・スケイル』の足から【雷炎弾】が発射される。
「そんな速度で突っ込んだら!避けられまい!」
ミツキは再び笑う。そして目論見通り、『イーヴィル・シェイド』は【雷炎弾】に真正面から突っ込む。
「勝った! これで終わりだァ!」
【エンド・ブラスター】を構える。勝利の文字が頭の中に流れる血流が早くなり、ドーパミンが脳内を支配する感覚。何度でも味わえる感覚がそこにあった。
「なんの、ォオ!」
しかし、『エンド・ブラスター』のビームが『イーヴィル・シェイド』を捉えることはなかった。ケイは『イーヴィル・シェイド』の刀を【雷炎弾】に横へ回転させるように投げた。円状の軌跡が丸い弾丸に触れた時、火炎と雷のエフェクトを伴って爆散した。
「こいつ!」
「言ったろ、結局は……――」
『イーヴィル・シェイド』と『ブラッド・スケイル』は空中で相対しているが、その状況は完全に一方的だった。
「腕の差なんだって!」
『イーヴィル・シェイド』は左手に刀を持ち、『ブラッド・スケイル』へ飛ぶ。そして、振るう。黒い軌跡を残して刀を。
「まだ、まだァ!」
ミツキは『ブラッド・スケイル』の腰から小さなダガーを抜く。とりあえずで装備した近接用の武装。ダメージもリーチもないが、もはやそれしか対抗できる術はなかったのだ。
しかし、ミツキはそれを弾く、弾く。必死に、ただ勝利のために。
「ぐゥ……クッソぉ!」
「やるじゃないの! 君、射撃よりも近接の方がセンスあるんじゃねェか?」
「うるさい! 俺だってなァ……」
しかし、それも長くは続かない。『イーヴィル・シェイド』の左腰に先ほど投擲した――パーツ・ブレイク扱いで消滅した刀が復活する。それを確認するとケイはすぐさまそれを『イーヴィル・シェイド』の右手に持たせる。
「終わりだよ、ミツキ君。」
「!」
復活した右の刀でダガーを装備していた手首ごと切り裂く。飛ぶパーツ。爆炎。
「こんな......こんなァ!」
「これでェッ、ラスト!」
最後は二刀で切り抜ける。X字の黒い軌跡を残す。
そして『イーヴィル・シェイド』が二本の刀を鞘に納めると同時に『ブラッド・スケイル』は木っ端微塵に弾けて飛んだ。
Finish!の文字、大きく鳴り響く勝利BGM。『イーヴィル・シェイド』の勝利であった。
「勝った......!」
ダイヤは筐体の外で小さく呟いた。その声は驚嘆と希望に溢れていた。
「ミツキの奴が……負けた……?
「な、なんだよ、あのおっさん。めちゃくちゃに強い……!」
ケイが筐体から出てくるとダイヤはすぐさま近づいてきた。
「す、すごいよ! 作った俺でもあんなに性能を引き出すことできなかったのに!」
「ま、俺にかかればこんなもんさね。……さて」
ケイはそう言うと隣の筐体に目をやった。そして、そこから出てくる少年を見つめた。
「約束だ、ミツキ君とやら。君の奪ったカード返してもらうぜ。」
ほら、とケイは右手を広げてミツキの方へ促した。ミツキはわなわなと震えながらバッグからファイルを取り出した。しかし、それを中々渡そうとしない。
「……君も男だろォが。二言はなしだぜ。」
「……クッソォ!」
ミツキは右手に持ったファイルを床に叩きつけた。衝撃を受けたファイルの口からカードが数枚外へ飛び出た。その様子を見てダイヤは慌ててそれを拾う。
「こんな、こんな奴に負けてちャあ……」
「……」
ケイはそれを黙って見ていた。だた、じっと。
「カードは返すよ、へへ。ついでにこれもくれてやるさ。」
ミツキはポケットに入れてたカードを取り出した。そのカードは紛れもなくミツキ自身の使用するカードだった。
「……いらねェよ、んなの。」
「言ったろ、俺のカード含めてくれてやるって。」
「だからいらねェっつの!」
ケイは鬱陶しそうにそう言った。
「へへ、そーかい、そーかい。負け犬のカードは必要なしってか。そらそうだわな。」
「もォ、メンドーだなお前さんは。俺が君のカード持っててどーすんだよ。俺は絶対使わないんだよ。」
「俺だって、こんなカードもう……」
ミツキはカードを両手で持つ。明らかに力を加える素振り。カードを折ってデータを壊そうとする気配だった。
それを、ケイは彼の腕を掴んで制止した。
「離せよ、おっさん!」
「テメェ、自分のこだわったマシンを、どうしてそんなに扱えんだよ! 曲がりなりにもテメェの愛機だろーが!」
「こんなん、俺の機体じゃねェ! ただ、環境武装をくっつけただけのネット記事万歳の量産機さ。」
だらりとミツキは腕を力なく下ろした。そして、カードがこつんと床に落ちた。
「勝つために自分のポリシー曲げてまで改造した機体が負けちゃ、勝たなきゃ意味ねーだろ……。」
ケイはその堕ちたミツキのカードも拾い上げた。
「……バカチン。たった一回負けただけでウジウジ言ってんな。ただ勝率がちょっと減っただけじゃねぇか。俺なんかテメェの5倍は負けてる自信がある。」
「……なに?」
「それにこのゲームの面白いトコは、改造と調整だろ。負けた理由を考えて、立ち回りも考えて、それがオモシレーんじゃんか。確かに負けりゃツマンネーし、クソゲーだって思うわな。だけど、それ以上にこっちの調整とかが上手くいって、うまく噛みあって、それで勝ったときはそれ以上にオモシレ―し、キモチーだろ。」
ケイは拾い上げたミツキのカードを彼に渡した。
「やりゃあいいだろ。負けて調整してを繰り返して勝てばよ。それがこのゲームの醍醐味。だろ?」
ミツキはケイの言葉をただじっと聞いていた。ただじっと。
「ま、俺には勝てねーだろーケドな。」
その言葉を聞くとミツキは少し口角を上げた。そしてケイの手からひったくるようにカードを受け取る。
「いくぞ。帰る。」
そう言って取り巻きを連れてゲームセンターを後にした。
「……なんか、ちょいクサいケド、カンドー……!」
「クサイ言うな、恥ずいでしょうが。……そのファイルのカード、できる限り返してやりなよ。……ああ、肝心なモノ忘れてた。」
ケイはポケットからダイヤのカードを取り出すと彼に渡した。
「ダイヤ君とやら、良い機体だったよ。こだわりを感じた。俺はこーいう機体大好きだね。」
「ありがとうございます。エット……」
ダイヤはカードを受け取りながらも目の前の男をどう呼んでいいのかわからなかった。ケイはその様子を察していった。
「K」
「ケー?」
「ほら、現キングくらい強かったろ、俺。だからキングのKってことで。」
「本名じゃないの?」
「ま、いいじゃないのさ、ダイヤ君」
ダイヤは自分が名前を名乗ったのに相手が偽名なのは少し不公平を感じた。ただしそれは些細な事だった。ダイヤはニコッと笑った。
「ありがとうケーさん。本当に。……また、会えるかな。」
「どーだろ? もう引退したからなァ俺。」
そうケイが言うとダイヤは少し残念そうな顔をした。
「……ま、もしかしたら会えるかもね。このゲーム久々にやったら案外つまらなくなかったし。」
「ホント!」
「気が向いたらまた来るかもね。」
そういうとケイはゆっくりと歩いて行った。少し薄暗い夜のゲームセンターの出口へと。
作品を見ていただいてありがとうございます!
よろしければコメントくれると嬉しくてむせびます。
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