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カオス・アリーナ! 

――『カオス・アリーナ』

 その筐体は突然ゲームセンターに現れた。黒い箱型の筐体は当時の俺の心を離さなかった。


 自分だけのロボットをカスタマイズして戦う、というありそうでなかったゲーム。そんなゲームに俺は学生時代熱中していた。

 親父の影響で子供のころから鋼鉄のボディに魅了されていた。それを自らの手で改造(カスタム)して、調整(チューン)して戦闘(バトル)して……。


 いくらのクレジットを投入しただろう。今振り返ると馬鹿馬鹿しいと思う。でも後悔はしていない。間違いなくその時の俺は充実していた。負けて、負けて、勝って、負けて……。その度にクレジットを入れて、パーツを手に入れて、改造(カスタム)して。それを繰り返して自分の機体(マシン)は勿論、自分の腕も上がっているのが分かった。上達は嬉しかった。だからクレジットを入れて、負けて、勝って、負けて、勝って……。


 気が付けば俺はそのゲームの頂点に立っていた。栄光の檀上での勝利。歓声。筆舌に尽くしがたい高揚感を感じていた。あの時は……。


 ……あれから、3年経った。




電車に揺られていた。ガタンガタンと。襲う睡魔と脱力感に天音ケイは電車のドアにもたれかかっていた。


――俺は何をしているんだろう。


何度したかも分からない自問自答。不満しかない現状、それでも逃げ出すことが面倒な毎日。確実に彼は()()()()()()ただ漠然と毎日を過ごして、夜になれば嫌な徒労感で仕方のない眠りにつく。こんな生活は彼を蝕んでいた。


 窓を見る。夜の景色が電車の音とともに横へ流れていく。そしてその中のガラスに映る自分の姿をケイは見た。


 ――俺ってこんなに老けてたっけ?


 目はどろりと無気力で、。肌も瑞々しさを欠いている。自分の手を見てみれば若々しさもなく。このまま自分はこのままくたばっていくんだろう。心労で皺が増え、髪はぼさぼさの白髪に、目は死んだ雑魚のように濁っていって……。


 ――死んじまおうかなぁ。


 ケイは最近そんな風に考える回数が増えた。そして、これを割と真剣に考えている自分が怖いとも感じていた。


 そんな時、次の駅へ間もなく到着するアナウンスが電車内へ響いた。寄り掛かっていたドアから重く身を離した。




 ケイの気分はまた一段と落ち込んだ。

 駅に着いたときに聞かされたのは、人身事故のために出発が遅くなるという報せだった。多分長いんだろうということは感じていた。ケイはのどが渇いたためふらふらと電車を出た。


 外の空気は存外いいものだった。電車の中の淀んだ空気とは違う新鮮な空気がケイの肺に入っていた。ケイは自販機の前まで行くと財布を出して小銭を入れた。ボタンを押すとガタンとやかましい音で麦茶が出てくる。


 ――まだかかりそうだな。


 直感だった。一応、明日は休みだったのでケイは久々に時間を潰すため一度ホームを出た。




 ケイがこの駅で降りるのは久しぶりの事だった。この駅「榎三本(えのきさんぼん)」には彼のホームがあった。彼の熱中していたアーケードタイトル、『カオス・アリーナ』のである。

 そのゲームセンターは駅ビルの地下にある。駅の中にある階段を下っていけばものの3分ほどで到着した。


 『YAMORI』とかかれた看板にケイは自分でも意外なことに懐かしさを感じなかった。その代わりに、なんで自分は今更なぜここに来たのだろうという疑問が頭にあった。

 自動ドアが開き、ゲームセンターに入る。夜の深めの時間だったが中には何人か若者がいて各々筐体についていた。ケイは勿論あの筐体の前に来ていた。


 ――何も変わっていない。


 店の雰囲気も、そしてこの筐体の位置も。

 「カオス・アリーナ」の筐体は奥まったところにある。店の最奥部に4つの箱型の筐体とその奥に対戦のリプレイの視聴や機体の改造、調整を行える「ターミナル」と呼ばれる筐体がある。

 ケイは「ターミナル」の前にある長いソファに腰掛けた。ターミナルでは今対戦の模様が映し出されていた。気が付くとそれは画面上部に「LIVE」の文字があり今店内で行われている対戦であることが分かった。

 

 ケイが右側を見ると確かに筐体の中に人影が見えた。一方の筐体には2人ほどの学生っぽい男がいた。おそらく今プレイしている人物のツレだろう。


 ケイは再びモニターに目を移した。画面の中では黒い機体と赤い機体が戦闘していた。残りのライフを見ると黒い機体の方が押されていることが分かる。


 ――残りライフ400か。デカいの貰ったら死ぬな。


 ケイの予想通りだった。その数秒後、赤い機体が右腕に装備している武器からレーザーが放たれた。そしてそのレーザーは黒い機体を貫いた。けたたましい勝利BGMと共に、決着を示す「FINISH」の表示がデカデカとモニターに映された。


 そのすぐ後、筐体から人が出てきた。ケイはチラリとその様を見ていた。

 

 「さて、と。勝負は俺の勝ちだ。約束どおりお前のカード、貰うよ。」


 筐体から出てきたのは2人とも学生っぽい感じだった。そして、筐体から出るや否やそんなセリフを言ったのである。言われた方の学生は目を反らした。


 「おいおい、約束したじゃないか。お互いのカードを賭けるって。俺との勝負はそういう約束だろ?男なら約束ぐらい守ってくれないと困るよなぁ。」


 ニヤニヤしながら言う少年。目つきが悪い「いかにも系」な感じだとケイは感じた。対するもう一歩の少年はおとなしそうな感じの印象を受けた。


 「さっさとしろよ。見苦しいぞ! ……おい、やれよ。」


 いかにも系少年がイライラしてそうに言うと、彼のツレである少年2人はおとなし系少年を両脇から抑えた。

 

 「や、やめろ、よぉ……。」


 おとなし系少年のその声は涙声になっていた。それでも両脇から抑えられた彼は為すすべがなかった。必死に手に持ったカードを取られまいとするがすぐに取られてしまった。


 「フン、ちょこざいな奴。ま、いいや。これで9人目。ククク……あと1枚で記念的な10枚目か。」


 取った方は嬉しそうに、そして取られた方は地面に項垂れて涙を流した。


 「チクショウ……。チクショー……!」


 「クク、ハハハ……」


 その中に聞いたこともない静かな笑い声が混じった。少年らはその笑い声の方へ眼を向けた。


 「ずいぶんお盛んだねぇ、君ら。」

 「なんだ、アンタ。」


 声の主はケイだった。そしてその声を聴いたいかにも系少年はケイに詰め寄った。


 「お、おいミツキ。他に奴に今の見られたら、ヤバいんじゃ。」


 いかにも系少年の仲間が怯えたようにそう言った。「ミツキ」と呼ばれたいかにも系少年はその仲間をキッと睨みつけた。その仲間は黙った。


 「おい、おっさん。何がそんなに面白いんだ?」

 「さっきまで面白そうにしてたのは君じゃないか、少年。」

 

 ケイは持っていた麦茶をゴクゴクと飲んだ。その様子をミツキは顔をしかめて見ていた。


 「まさか、俺が今やってたことをとやかく言うんじゃないよな? これは俺の正当な勝利報酬さ。お互いのデータカードを賭けて勝負をするってさ。それでこいつ自身、その条件を飲んで勝負をしたんだよ。約束破ってイヤイヤしてたこいつの方が見苦しいってもんだろ。」


 ケイはうなだれている少年の方を見た。その少年もまた涙目でケイの方を見ていた。


 「……とんでもない。別に約束がどうとか、なんだとか、俺は知らないよ。賭け事して負けて、それでこうなったんだから俺にはどうしようもない。ハッキリ言って、負けたその子が悪いんだ。」


 そう言われたおとなし系少年はケイから目を反らした。そしてまた悔し涙を流した。


 「へェ、わかってんじゃん、おっさん。」


 ミツキはニヤニヤと笑った。そしてケイの方へ歩を進めた。


 「でも、それじゃあなんか釈然としないんだよ。おっさん、なんで俺を笑ったんだ。俺のこの行為を馬鹿にしてんのか?」


 さっきの表情とまた変わりミツキはまた眉間に皺を寄せてケイに問うた。ミツキは自分のポケットからファイル形式になっているカードホルダーを取り出した。


 「このホルダーには俺が今まで負かしてやった奴らのカードがある。9枚だ! 今のこいつのを加えてな。俺はこのゲーセンで最強であることをこれで証明してやるのさ。そんでもって、いずれこのゲーセンを出て他のとこ遠征して、やってやる。俺がこのゲーム最強になることをな!」


 パラパラとミツキはケイにカードを見せびらかした。ケイはその様を見てまたなぜか笑いそうになった。


 「『最強』ね……。……あぁ。多分、スゲー馬鹿にしてるよ。今、君の事。」

 「ァんだと……。」


 心底静かな声を上げたミツキ。その声には今までには感じなかった怒りの感情が見えた。その様子を見てケイは財布から1枚のカードを取り出した。


 「あんた、そのカード……。」

 「アケゲーやってる奴だったら欲しいだろ?10連勝目はさ。」


 そのカードは『カオス・アリーナ』のデータカードだった。ケイはそのカードを左右に、まるで「餌」とアピールするようにフリフリと振って見せた。


 「おっさんもこのゲーム、『カオアリ』やるってのかい?」

 「一戦は退いたケドね。せっかく9連勝したんだからさ、10連勝は譲れない、だろ?」


 上等だ。ミツキはそういうと筐体の方へ歩いていった。


 「閉店まで時間があるんだからやってやる。記念の10枚目、頂くよ。」

 

 そういうとミツキは筐体のドアを開け、中へ入った。




 「あの」

 「ん?なんだい?」


 落ち着いたおとなし系少年はターミナルを操作するケイに話しかけた。


 「勝算、あるんですか?彼の機体って……。」

 「勝算なんて、分かんないよ。マッチした奴と確実に勝算ある戦いなんてどんな時だってないんだよ。」


 ターミナルのカードリーダーにカードを差し込む。


 「そんなことよりさ。君みたいなおとなし系の少年がどうしてこんな馬鹿な事したのよ。ハッキリ言って不良のやることだぜ、こういうのさ。」

 「だって、アイツ、俺の機体を……。」


 言葉に詰まった少年の方をケイは見た。少年は悔しそうに目を伏せていた。


 「……何があったんだよ?」

 「……あなたには、分かんないかもですケド、アイツ俺の機体を馬鹿にしたんです。それがどうしても許せなくて……。俺の、機体を……。」


 少年の目は先ほどとは違っていた。敗北感じゃない。本当に悔しそうな顔。自分のプライドを踏みにじられた怒りの目をしていた。


 「……馬鹿馬鹿しいですよね。なんか、ごめんなさい。」

 「……分かんないわけないだろ。誰だって心血注いでイジッた機体を馬鹿にされれば腹も立つ。俺だって君の立場なら、多分そうだよ。」


 「え?」少年は顔をケイの方へまた向けた。


 「ロボット好きな奴に悪い奴はいないよ。多分な。……さっきは負けた方が悪い、なんて言って悪かったよ。でも、それが俺の考え方だからさ。」


 ケイはニヤっと笑って見せた。


 「安心しなさいよ。少年の機体は俺が奪還してやるからさ。そんでもってアイツも負かして「悪い奴」にしてやるよ。」

 「……ありがとう、ございます。……だけど、そのカード。」


 なんか「キマッた」と思っていたケイ。しかし少年の「だけど」の言葉が気になった。


 「どうした?」

 「ホントにありがたいですケド、そのカード……『NO DATE』って。

 「へ?」


 ケイが画面を見てみるとモニターにはデカデカと『NO DATE』の文字があった。




 「ハァ?このカード使って対戦したい?」

 

 準備があまりに遅い為筐体から出てきたミツキが最初に聞いたのはケイのそんな提案だった。提案というか「お願い」、「懇願」だった。


 「プっ、アハハハ!まじかよこのおっさん!あんなタンカ切って!ダサいことこの上なしだな!」


 ミツキは笑った。おとなし系少年は複雑そうな顔をしていた。ケイは恥ずかしさで爆散しそうだった。


 ――くっそぉ!まさかシリーズ移行してて、データ引き継いでないとか!ありえないだろ、俺!

 

 ひときしり笑った後ミツキは笑いの混ざった声で、


 「まァ、いいや。今日の俺は気分が良いから特別に貸してやるよ。どうせ一回俺が勝った機体なんだし。でもこの機体で負けてもおっさんの持ってるカードは貰うからな。」


 ミツキのその返答にケイは心底安心した。ふぅと安どの息をついた後ケイは言った。


 「……それは全然いいさ。んで、賭けるのはお互いのカード。君が負けた時は、どうする?」

 「……どうするって、何が?」


 ミツキは笑って涙目になった眼を拭くとケイの質問に質問で返した。


 「俺が勝った時は君の持ってるカードはどうするか聞いているんだ。」

 「もちろん全部くれてやる。勿論俺のカードも含めて全部な。」

 「……そうかい。安心したよ。ホント。」


 ミツキからおとなし系少年のカードを渡されるとケイは筐体へ歩いて行った。


 「あの。」

 

 筐体へ入ろうとするケイにおとなし系少年が声をかけてきた。


 「頑張って、ください。」

 「ありがとさん。君の機体借りるよ、エット……。」


 ケイは言葉に詰まった。その意図を少年は汲んだようだった。


 「俺の名前はダイヤって言います。氷室ダイヤ。」

 「そっか。ありがとう、ダイヤ君。君の機体確かに俺が預かったからな。」


 そういうとケイは筐体へ入っていった。




 100円玉を入れる。そしてデータカードを筐体に差し込む。蹴弾しく流れるBGM。しかし、喧しいその音も全く不快に感じない。


 カードのデータが読み取られると少年の愛機『イーヴィル・シェイド』が表示される。黒いマシン。首にマフラーを巻き、腰と背中には長い刀の武装が装備されており、ケイは忍者みたいだと感じた。


 「なるほど、結構良い機体じゃんかよ。」


 機体のデータを確認したケイはぼそりとつぶやく。機体のパーツ配分や設定、そしてそれをもとに自動算出される機体の耐久値もバランスのいい機体だった。


 「俺みたいな老兵(ロートル)好みの機体だ。それに黒い機体か……。気に入ったよ、ダイヤ君とやら。」


 一通りのデータ確認の後、選択画面で「店内対戦」を選ぶ。そしてそこには既にミツキの機体『ブラッド・スケイル』が待ち構えていた。


 ケイは筐体にあるボイスチャットのボタンを押してVCをONに切り替えた。そうすると隣の筐体にいるミツキの声が聞こえてくる。


 「ようやく来たかよ。待ちくたびれちまったぜ。」

 「赤い機体とはなかなかいい趣味じゃないか。楽しめそうだよ。」


 軽口をお互いにたたき合う。言葉のジャブ。そしてお互いに準備完了を押すとロードの画面に入った。


 ドクン、ドクン、と。緊張と高揚が心臓に手を当てなくても伝わってくる。


 ――これだ……! この感覚! 最近感じてなかったこのよくわからない感じ。不安から出る緊張感じゃない。高揚と興奮で怒る緊張感! これが最近の俺に足りてなかったんだ!


 操縦桿を模したコンソール。それを握る手に自然と力が入る。汗場に手のひら、自然と揚がる口角。間違いなくその時のケイは若返っていた。


 ロードが終わり対戦開始前のジングルと共に2機が画面に映し出される。今戦わんとする黒と赤の機体。その姿をケイと隣の筐体のミツキをじっと見つめる。


 またしばしのロード。そして、画面に映し出される3カウント。「GO!」の文字。戦いが始まった。

作品を見ていただいてありがとうございます!


よろしければコメントくれると嬉しくてむせびます。


X→https://x.com/Uvataman2000

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