第94話.邂逅 (第2部最終話)
その言葉を聞いたとたん、私はロキに飛びつくように頼んでいた。
「お願い。今すぐ私をその子に――カレンに会わせてくれない!?」
必死の表情で頼み込む私に、ロキは顎を引く。
「いいよ。カレンからも、そういう依頼だったし」
「ありがとう、ロキ!」
私が顔を明るくすると、ロキが空を見上げるようにする。
「じゃ、学園から出ないとね」
「そ、そうだった。大丈夫? なんとかなる?」
忘れそうになっていたが、ロキは学園に長らく不法侵入している身なのだ。
「集中すれば平気。ちょくちょく外に出てるし」
そういえば、王城でもロキの従魔に襲われたんだった。結界を張ってある学園を出入りするのも、闇魔法に優れるロキにとって不可能な芸当ではないのだ。
「先に学園の外に出て待っててくれる? 合流場所は、車停めのあたりがいいかな」
「うん、分かったわ」
私は了解の返事をした。
荷物は邪魔になりそうなので、教室に取りには戻らず、身ひとつで学園を出る。
人気のない車停めの隅に立っていると、数分と経たずに隠蔽魔法を解いたロキが現れた。彼は私と合流するなり、自分の影を見下ろして唱える。
「《黒霧犬》、アンリエッタを乗せてあげて」
ロキがそう呼びかけると、彼の影の中に潜んでいた《黒霧犬》が姿を現す。
《黒霧犬》の外見は、前世における犬種でいうとニューファンドランドに似ている。超大型犬で、もふもふした黒い毛に全身を覆われた犬型の魔物だ。外見だけだととってもかわいらしくて、以前シホルと激しい戦闘を繰り広げていたとは思えないほどだ。
ばう、と忠実な従魔は力強く一鳴きすると、その場に足を折ってしゃがんだ。乗っていい、ということだろう。私が今すぐ会わせてほしいとお願いしたから、ロキはその言葉を最良の形で叶えようとしてくれているのだ。
「ありがとう、ロキ。《黒霧犬》も」
私は馬に乗るようにして、《黒霧犬》の背に跨がった。ゆっくりと立ち上がる《黒霧犬》のもふっとした首元に腕を回す。
「それじゃ行こう、アンリエッタ。振り落とされないようにね」
「……! うん!」
《黒霧犬》は助走をつけると、さっそく高く跳躍して建物の屋根に移る。それにまったく遅れずにロキが併走する。想像以上にとんでもないスピードが出ているので、私は前傾姿勢になって《黒霧犬》にしがみつくことで必死に耐えた。
でも、ロキのおかげで少しだけ分かってきた。これこそが、カレンが花乙女として召喚されなかった理由なのだ。
カレンはカルナシア王国ではなく、隣国であるアリエス帝国ですでに星巫女として召喚されていた。だから花舞いの儀の日、噴水広場には現れなかった。別の役割を持っている以上、どんなに待ったところで現れるわけがなかったのだ。
見逃せないのは、カレンがロキを雇っているという事実だ。
そんな展開は『ハナオト』にはなかった。本来の流れから逸脱しているということは……カレンの中身は、私と同じ転生者なのかもしれない。カレンはゲームの知識を活用することでロキの居場所を突き止めて、彼に協力を持ちかけることに成功したのではないだろうか。
そして私が危険かどうか見極めようとしていた……というロキの物言いからして、こちらに敵対の意思はないと考えるべきだ。だって、やろうと思えばロキに命じて暗殺することだってできたんだから。穏便な手を取っている時点で、味方と考えてもいいはずだ。
何かが、私の想像の埒外で大きく動いているような気がする。その正体に近い場所で、カレンが足掻いているようにも思えた。
屋根の上を疾走する《黒霧犬》に掴まりながら、私は合間合間にロキに話しかけた。
「ロキとカレンは、二人でカルナシア王国に来たのっ?」
「そうだよ。いわゆるお忍び、ってやつだね。あの子、迂闊に外に出られるような立場じゃないし、ただでさえアリエスとカルナシアの関係って最悪だから」
そう語るロキに、カレンに特別な感情を抱いている様子は見受けられない。現時点では、二人は恋仲ではないようだ。
「カレンが、私になんの用事があったのかは知ってる?」
「そこまでは知らないなぁ。おれが頼まれたのは、花乙女がカレンにとって危険かどうか見極めること。危険じゃないと判断したときは、自分に会わせること。それだけだったから」
そんな話をしているうちに、ロキと《黒霧犬》が屋根を下りる。
それからはしばらく路地裏を進み、辿り着いたのは王都外れにある宿だった。
息も切れていないロキが、淡々と説明する。
「ここが、おれたちが取ってる宿ね。おれはずっと学園にいたから、最初の数日しか泊まってないけど」
「へぇ……」
カレンが当面の間の住まいにしているという宿を、《黒霧犬》の背から下りた私は見上げる。お忍びという性質からして、高貴な身分だと知られるわけにはいかなかったのだろう。主に商人や旅人が使うグレードの宿を選んだようだ。
そんな宿の前に、なぜか大きな馬車が停められている。気にせず宿に向かおうとした私の手を、後ろからロキが掴んだ。
「ロキ、どうし――って、えっ?」
答えないまま、ぐいっと私の手を引っ張ってロキがその場から離れる。意味が分からずにいると、ロキはわずかに眉を寄せていた。
「ごめん、アンリエッタ」
「え?」
「ちょっと遅かったみたい。迎えが来てる」
ロキの視線の先には、先ほどの馬車がある。たくさん荷物を積み込む商人のものなのか、使い古された大型の馬車だが……よくよく見ると、何かおかしい。
周りには年若く屈強な護衛ばかりがついているし、彼らは全員が帯剣している。郊外ならまだしも、治安のいい王都のド真ん中でこんな物騒な雰囲気を醸しだす人たちはなかなかいない。
私は遅れて気がつく。つまり商人用の馬車だと見せかけているだけなのだ。彼らの中に本物の商人はひとりもいない。服装は誤魔化しているものの、高貴な身分の人間を護衛する騎士なのではないだろうか。
「もしかして、カレンが強制帰国させられるってこと?」
「そうそう。まぁ、立場が立場だしね。いやだなぁ。これ、おれも叱られるよなぁ……」
ぶつぶつとロキがぼやいている。
でも私は、その言葉をほとんど聞いていなかった。というのも――まさにその馬車に乗っている少女の姿が、目に入っていたからだ。
馬車が動きだす瞬間、少女が俯きがちの顔をこちらに向ける。
窓越しに目が合ったとたん、私は息を呑んだ。
――カレン!
間違いない。そこにいるのは、何度も『聖なる花乙女の祝福を』で見た少女だった。
ボブカットの茶色い髪と、桃色の瞳。甘く愛らしい顔立ちをした、正真正銘のヒロイン――。
私を見るなり同じようにハッとしたカレンは、とっさに周囲に視線をやるが、すでに馬車は動きだしてしまっている。
カレンは何か覚悟を決めたように、目に力を込める。
そして……なぜか唐突にピースサインを作るなり、口を「にー!」の形に動かした。
「……ん?」
私とロキは、同時に首を傾げる。
その間にも、厳重な警備に囲まれながら馬車が進んでいく。相も変わらず「にー!」の笑顔を浮かべているカレンが、左から右へと流れていき……あっという間に見えなくなった。
私は最後に見えた光景を目に焼きつけたまま、しばらく立ち尽くしていた。
「アンリエッタ? 大丈夫?」
ロキが気にかけてくれるが、答える余裕はない。
私は心のままに叫んだ。
「――ど、どういうことー!?」








