第93話.雇い主の正体
「アンリエッタ・リージャス。少し話せるか?」
「ええ。構わないわ」
と作り笑顔で返事しつつ、私は警戒する。
もしかして、体育館裏に呼びだされて報復とかされる流れだろうか。私は私なりに彼らを庇ったつもりなんだけど、あれでは不足していたとか?
いろいろ考え込みつつ、先導するニールに続いて廊下を抜け、中庭までやって来る。しかつめらしい顔でこちらに向き合う四人に、私は澄まし顔で訊ねた。
「それで、何か私に用事?」
すると彼らは、勢いよく頭を下げる。
「ありがとう。僕たちは、君の心の広さに救われた……!」
肩すかしを食った私は、まじまじと四人分のつむじを眺めてしまう。深い感謝を表すためか、深く下げた頭をそのままにしてニールは続ける。
「あんなに失礼なことを言ってしまったのに、まさか庇ってくれるなんて」
「文字通り、君は命の恩人だ。本当にありがとう」
「深く感謝しているわ。これからは、あなたの威光を世にあまねく知らしめるために生きていく!」
口々にお礼を言われる。どうやら、先ほどの一幕によって四人は私に強い感謝の念を抱いているようだ。
「いや、大袈裟よ。頭を上げてちょうだい」
あんなに敵意を向けてきた彼らに大仰に感謝されるというのも、具合が悪い。私が慌てて言うと、ニールは涙ぐみながら顔を上げる。
「今後、もし困ったことがあれば声をかけてくれ。そのときは必ず君の味方になる。それで四人で話していたんだが、近いうちに謝罪の意味も込めてお茶会でも……」
だが、彼の言葉は最後まで続かなかった。
その横髪の間を、小石が掠める。えっ、と呟きを漏らした直後に、次の小石。
気がつけば、四人の周りをひゅんひゅんひゅん、といくつもの小石が奇術のように飛び交っていた。大して速度は出ていないし、誰にも当たっていないので、見ているだけの私は身の危険を感じるほどではなかったが……。
怪奇現象を眺めていた女子生徒が、さぁっと顔を青くする。
「め、女神がお怒りなんだわ! 私たちが花乙女のアンリエッタ様を疑ったから!」
それを聞き、他の三人からも血の気が失せる。
「め、女神エンルーナ……! どうか我々をお許しください~っ!」
泣き叫びながら、四人が散り散りになって逃げていく。
ぽつんと残された私は、嘆息しがてら名前を呼ぶ。
「……ロキ?」
「だって、あいつらがぴーちくぱーちくうるさいんだもん」
隠蔽魔法を解いて姿を見せたロキが、腕に抱えていた大量の小石を地面に落とす。
「あれ、前に噴水広場でアンリエッタを好き勝手に責めてた連中でしょ。こんなんじゃ生ぬるいと思うんだけど」
欠伸をしつつ、器用に唇を尖らせているロキ。
でも、ちょうどロキを訪ねようと思っていたので、彼のほうから姿を見せてくれて助かった。そう思いながら、私は切りだす。
「ねぇロキ。私に、あなたのことを教えてくれない?」
質問の意図を正確に読み取ったロキが、温度のない目で私をじっと見下ろす。
「どうしておれのことなんて知りたいの?」
「だって今までいくらでもチャンスがあったはずなのに、ロキが私を殺そうとしないから」
それどころか、ロキはずっと友好的な態度だった。
私には、それが引っ掛かっていた。ロキは何者かに雇われた暗殺者で、花乙女の命を狙って学園に侵入している。それなのに、不自然なほどに私に殺意を向けることはなかったのだ。
ロキが首を傾げる。
「そもそもおれ、アンリエッタを殺しに来たわけじゃないけど」
その言葉に、私は目をしばたたかせる。
「……え? でもロキって暗殺者でしょ?」
私の確認を、「うん」とロキは肯定する。
「そうだけど、今回頼まれたのは暗殺じゃないから」
……あれ?
何かがおかしい。違和感を覚えた私が黙り込んでいる間に、ロキは言葉を続ける。
「おれ、花乙女を観察するために来たんだよ」
「観察って……?」
「簡単に言うと、アンリエッタが危険な存在かどうかを見極めるためにね」
「……ちょっと待って……」
私は額を押さえて、頭を回転させる。
ロキは、花乙女を殺すために学園に忍び込んだわけじゃない。だとすると、すべての前提が覆ってくる。
もしかして私は……何か、とんでもない勘違いをしていた? 私が花乙女に選ばれた時点で、隠し攻略対象であるロキすらも、本来のゲームとは別の役割を担って登場していたってこと?
もう頭の中がちんぷんかんぷんだ。混乱しきる私を、ロキは無表情で見つめている。ちょっと待って、という言葉に律儀に従ってくれているようだ。
「ロキ。じゃあ、あなたの雇い主は誰なのか教えてくれる?」
待たせ続けるのも忍びないなと思っていたら、ド直球の質問を繰りだしてしまった。答えが返ってくるわけがないか、と発言を取り消そうとすると、ロキはこくりと頷く。
「ん、いいよ」
「そうよね、無理に決まって――って、本当にいいの? 守秘義務とかは?」
自分で訊ねておいてなんだが、快諾されるとちょっと怖い。この場面は渋るのがふつうではないだろうか。
「危険な人物じゃないと判断した場合は、連れてこいって言われてたし」
問い返す前に、ロキは答えを告げる。
「おれの雇い主は、隣国アリエスに住む女の子だよ」
「隣国にいる……女の子?」
「うん。ちょっと特別な立場ではあるけど」
ロキの言葉を受けて、私にはひとつの予感が芽生えていた。何か明確な根拠があったわけじゃない。それでも私はロキに問いかけずとも、彼の答えを知っているような気分に駆られていたのだ。
私は震える唇を動かす。
「ねぇロキ。その女の子の名前は……なんていうの?」
「カレンだよ」
ロキは、一拍の間すら置かずにそう答えた。
「星巫女のカレン。……あれ、星巫女だっていうのは、さすがに言っちゃだめなやつだっけ?」








