第88話.古代種との出逢い
ジメジメとした湿度の高い空気を肺に取り込みながら、洞窟内を探索する。
岩に囲まれた狭い通路は、内部で無数に枝分かれしていた。エルヴィスは分岐に差し掛かるたび、魔法文字で壁に印をつけた。念のため、帰り道の目印にするつもりなのだろう。
ときどき、《求花蝶》は疲れた様子でエルヴィスの指先や肩に止まって羽を休めていた。そんな様子も健気で愛らしくて、私はますます従魔への思いを高めてしまう。
みんなが納得してくれるくらい、強い従魔。珍しい従魔。それだけじゃなくてラインハルトが言っていたように、見えない糸で繋がっている……そんな魔物をパートナーに選びたい。
強い言葉だけど、きっとそういう糸のことを運命と呼ぶのではないだろうか。そんな魔物が見つかったときは、ランクだとか能力だとかに囚われずに行動するべきだと思う。他人からの評価なんて、最終的には私のがんばりで覆せばいい話だ。
「この洞窟って、どれくらいの大きさなのかな」
「分からねーけど……風の通り道があるみたいだから、どこかに地上に出る場所はあるはずだ」
「あ、確かに。風の吹いている音が聞こえるものね」
変わり映えのない景色を見ながら、数十分は歩いただろうか。前方が明るく見えてきたので、目を細めた私は期待感を込めて言う。
「出口かな?」
「さてな。用心するぞ」
狭い通路ばかりが続いた洞窟の先は――ぽっかりと開いた、泉のある空間へと続いていた。
だが、注目すべきは透き通った水を溜めた泉だけではない。その奥には、言葉を失うほど荘厳で美しい光景が待ち構えていたのだ。
「きれい……」
「鉱石だ。しかも、全属性の魔鉱石がある」
エルヴィスの声音も、いつになく高揚している。
泉の奥側には大量の鉱石が埋まっていた。虹色に輝いて見えるのは、それぞれ別の色を持つ鉱石が光って反射しているからだ。その輝きは揺蕩う泉の水まできらめかせて、幻想的な光景を作りだしている。
「自然界でも、滅多に見られない光景なんだけどな。この洞窟には、すべての属性のマナが均等に満ちてるってことだ」
鉱石ランプに使われるのは主に光属性の鉱石だが、市場に出回っているものだと年に一度は取り替えないと光が弱まっていく。だが、もしここの鉱石をランプに入れたなら、それこそ十年以上は光を灯し続けることだろう。
「期待した通りだ。この闇鉱石なら、人格反転薬の材料に使える」
「えっ。人格反転薬って、鉱石も入ってたの?」
石は石だけど、砕いて入れれば人体に影響はないんだろうか。世界には食用の石を食べる地域もあるって聞いたことあるし、健康には問題ないのかな?
素人の私がそんなことを考えていると、エルヴィスは呆れるでもなく説明してくれる。
「鉱石そのものじゃない。鉱石の中に溜め込まれた魔力の塊を取りだして使うんだ。だけど長い時間、魔力を溜め込み続けた純度の高い鉱石じゃないと人格反転薬の調合には使えない。見たところ、ここの鉱石はうってつけだ」
放っておくと永遠に喋り倒していそうなエルヴィス。魔法薬の材料として使えるとなると、薬草だろうと鉱石だろうといくらでも語れるらしい。
密かに感心しながら洞窟内を見回した私は、一箇所に目を止める。
「ねぇ、エルヴィス。泉の傍に何か……いない?」
「泉の傍?」
エルヴィスが首を傾げながら、私の視線の先を見やる。目を凝らして見つめているうちに、その正体が分かった。
「白い竜……?」
私はどきどきしながら、その魔物を見つめる。
水辺に伏せたままこちらを見つめているのは、白い身体をした竜だった。手乗りサイズより大きいが、小型犬よりは小さいだろうか。硬そうな純白の鱗に、鋭そうな牙と爪。背に生えた一対の翼は、今は休むように閉じられている。
特に目を引き寄せられるのは、竜の持つ赤い目だ。瞳孔は縦に細長く、足元にひれ伏したいような衝動に駆られるほどの威厳に満ちている。そんなふうに思うのは、攻撃的な魔物特有の凶暴さや獰猛さが、その魔物からは微塵も感じられなかったからかもしれない。自然と背筋を這い上がるような畏怖だけを感じさせる、不思議な魅力を持つ姿だった。
『……おお、人の子を見るのはいつぶりじゃろう?』
と、見たことのない魔物は、長い首を伸ばしながら口を開いた。
嗄れた老女のような声音だ。私が圧倒されていると、傍らのエルヴィスがぽつりと呟く。
「人の言葉を使ってる……こいつ、古代種だな。Sランクの魔物だぞ」
「え、Sランク……古代種!?」
その単語にぎょっとして、改めて目の前の魔物をまじまじ見てしまう。
特に気を悪くしたふうでもなく、魔物は慣れた様子で言葉を続けた。
『人の子は、妾を白神竜と呼ぶぞ。すべての属性を操る、幻の竜とな』
「《白神竜》……」
いかにも強そうで特別っぽい名前だった。
それに古代種ということは、それだけ永い時間を生きている魔物なのだろう。しかもすべての属性を操れると来ている。
そういえばカレンの場合は、それぞれ攻略中のキャラクターに対応した兎型の魔物と契約するんだよね。たとえばエルヴィスルートのときは《光希兎》、ノアルートのときは《風鋭兎》……みたいな感じで、色違いの兎と契約するのだ。でもカレンの従魔は喋っていなかったので、喋れるのは古代種の魔物だけなんだろう。
私はさっそく《白神竜》と契約したい、という気持ちでいっぱいになっていた。人の言葉が伝わるのなら話が早いので、ぜひとも契約を持ちかけたいところだったが、私が作戦を練る間にも《白神竜》は口を開いている。
『名を教えろ、銀髪の乙女よ』
「アンリエッタ・リージャスです」
『隣の子は?』
「エルヴィス・ハントだ。……ところで《白神竜》、訊きたいことがあるんだが」
何やらうずうずしているエルヴィスが、そう切りだす。
もしかして私のために、何か鋭い質問を《白神竜》に投げかけてくれるつもりなんだろうか。そう期待していると、エルヴィスが指で指し示す。
「ここにある鉱石、ちょっと採らせてもらってもいいか?」
あっ、ぜんぜん関係なかった。
見れば、エルヴィスの深い翠の目は少年のようにきらきら輝いている。探していた鉱石を目の前にして、いてもたってもいられないようだ。右手には、持参したらしい小さなハンマーのようなものを握っているし。
《白神竜》は即答せず、思慮深げにエルヴィスを見やる。エルヴィスは、すぐに相手の懸念に気づいたように言い添えた。
「この場所のマナバランスを崩すような採掘は絶対にしない。調合に必要な量だけを採ると、ハント辺境伯家の名において約束する」
エルヴィスははっきりとした口調で伝える。
家名まで出した以上、その言葉に偽りはない。それに薬草も魔法薬学も大好きなエルヴィスが、自分本位の採取を行うことはないだろう。
それを《白神竜》も感じ取ったのか、迷いをなくした様子で鷹揚に許可を出す。
『……ふむ、よく弁えておる子じゃ。良かろう、好きにせよ』
「感謝する」
ありがたがってないで、私の従魔作りを見守ってほしいところだが……もともとエルヴィスが『魔の庭』に残ったのは魔法薬の材料を入手するためなので、文句は言えない。
いそいそと採掘に向かうエルヴィスから視線を外すと、《白神竜》は私に向き合う。《白神竜》のほうも久々に見るという人間に興味を惹かれているようで、会話を続けてくれる。
『それで、アンリエッタ。おぬしは何をしに来た?』
「えっと……あなたを従魔にしたくて、お邪魔しました」
私は真っ正面から伝えた。
時間制限がある以上、腹の探り合いをしている場合じゃないと思ったし……それに、パートナーにしたいと思っている魔物からの質問なのだ。なんとなく、自分の目的や考えは包み隠さず伝えたほうがいい気がする。
その勘は、どうやら当たっていたらしい。
『ならば、妾はおぬしの挑戦を受けることにしよう』








