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【書籍②発売】最推し攻略対象がいるのに、チュートリアルで死にたくありません!【コミカライズ連載スタート】  作者: 榛名丼
第2部

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第87話.初めての治癒魔法


 気づいたエルヴィスが切羽詰まった顔で、私に向かって手を伸ばす。


「アンリエッタ!」


 そのあとは、何がどうなったのか分からない。


 一秒未満に感じられる静寂の後――強い衝撃と、どすん! と大きな物音がした。でも反射的にきつく目蓋を閉じていたせいで、自分の身に何が起こったのか分からない。


「い、いた…………く、ない?」


 高所から落ちたはずなのに、痛くないなんておかしい。答えを確かめるために恐る恐る目を開くと、目の前にエルヴィスの顔があった。


「エルヴィスっ?」


 私の身体は、エルヴィスによってしっかり抱き留められていた。どうやら彼を下敷きにして落下してしまったらしい。


「……早くどけ」

「ご、ごめん!」


 顔を顰めたエルヴィスに言われ、慌てて身体をどける。

 ゆっくりと上半身を起こしたエルヴィスは、私たちが落ちてきた崖上を見上げる。そこからは《突進鹿》が顔を出して、こちらを見下ろしていたが……ピィ! と鋭く一鳴きすると遠ざかっていった。


「《突進鹿》は諦めたみたいだな。……っ」


 膝に力を入れて立ち上がろうとしたエルヴィスが、息を詰める。彼の視線は自身の右脚に向いていた。


「見せて!」

「あ、おい――」


 制止を聞かず、エルヴィスの制服の裾をめくる。彼の右足首は赤く腫れていた。骨折ではなく捻挫のようだが、私は申し訳なさでいっぱいになる。


「……そんな顔するな。大した傷じゃねぇよ」


 エルヴィスは平気な顔でそう言うが、肩に乗っている《求花蝶》も何度も羽を動かして不安げにしている。私は悄然としながら、エルヴィスを見つめる。


「ごめんなさい。せめて私に治させてくれる?」

「お前、治癒魔法なんて使えるのかよ」


 エルヴィスは半信半疑の顔だ。

 でも怪我をさせてしまったのは私なのだから、ここは責任を取らなくてはならない。


「任せて。やったことはないけど、がんばるから!」

「ほぼ実験台じゃねェか」


 といいつつ、エルヴィスは右脚を伸ばして待ちの姿勢に入っている。本人が実験好きだからなのか心が広い。うまくいかなかった場合は、自分で魔法を使えばいいというのもあるだろうけど。


 私は深呼吸して、集中力を高める。

 両手をエルヴィスの脚にかざしながら、そっと唱えた。


「【コール・ルーメン】……彼の者の傷を癒やし、慈愛の光で包みたまえ!」


 発動したのは、中級光魔法だ。


 私の足元に、自動的に光の魔法陣が浮かび上がる。癒やしの光は、たちまちエルヴィスの患部を包み込み――光が消えた頃には、腫れがすっかり引いていた。


「どう?」

「……驚いた。まさか本当に治癒魔法が使えるとはな」


 立ち上がって足を動かしながらも、エルヴィスはこちらを探るような目で見てくる。


「授業を休んでる間に習得したのか?」

「休んでる間、というか休む前にね。えっと……迷宮でいろいろあったというか」

「迷宮? また入ったのか?」


 隠しておくのも難しい気がして、私は先週の出来事をエルヴィスにかいつまんで話した。

 といっても、私が詠唱を破棄して魔法生物を倒した件は伏せておく。中級魔法が使えるようになったことで、どうにかなった……というふうに話をまとめると、エルヴィスはしばらく黙り込んだ。


「この前まで初級魔法も満足に使えなかったくせに、唐突に全属性の中級魔法まで使いこなせるようになった? 眉唾物だが、目の前で見せられたからな……」


 なんともいえない顔をしているエルヴィスに、私は胸を張る。


「昔から、やればできる子だって言われてたから!」

「……とりあえず、そういうことにしとくか」


 エルヴィスは困惑を振りきるように頭を振ると、視線を上方に転じる。先ほどまで私たちが立っていた崖上では、ざっと五メートルはあるだろう。


「風魔法を連続で使って、上に上がる――つーのは、あんまり現実的な距離じゃねェな」


 エルヴィスがぼやく。

 前にシホルが詠唱もせず王城の壁を軽々と上っていたように、垂直の壁面を上るのは生活魔法の延長にある魔法である。ただし一度でも集中力を欠けば身体は宙に投げだされるわけで、学生である私たちが使うには荷が重い。というか、私には間違いなく不可能だ。


「となると、あっちに行くしかねェか」


 その言葉に、私はぎくりとする。エルヴィスが言っているのは、お誂え向きに入り口をこちらに向けている洞窟のことだろう。


「あの洞窟の出口が別の場所に続いていれば、そこから出入り口まで戻れる可能性が高いしな。それとも地面に何十回か叩きつけられるのを覚悟して、崖上りにチャレンジするか?」


 私が怯んでいるのを察しているエルヴィスの容赦ない物言いに、引きつった笑顔で返す。


「えっと、洞窟のほうで……」

「賢明な判断だと思うぜ」


 洞窟の内部は冷え冷えとしていて真っ暗だった。独特の暗さにびびっていると、エルヴィスの肩に乗っていた《求花蝶》が飛翔する。あら、と私は気づいた。


「《求花蝶》の羽と鱗粉は、暗いところだと光るのね」


 しかも先導するように洞窟内をひらひらと飛ぶうちに、輝きはどんどん増していく。どうやら私たち――正しく言うと契約者のエルヴィスが探索しやすいように、光量を上げてくれたようだ。


 数秒と経たぬうちに、ランタンを持っているのと変わらないくらい視界が明るくなった。


「さて、行くぞ」

「うん!」


 心強い明かりに頷いて、私は《求花蝶》とエルヴィスについていった。



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