第85話.それぞれの従魔
次の日。
「う~、もう朝……」
仮眠所で目覚めた私は、のそのそと簡易ベッドから這い出ていた。
いつ生徒が行動を始めてもいいように、学園の職員は交代で勤務してくれている。食堂には軽食が用意されていたので、それをいただいてから『魔の庭』に再度赴くことにした。
部屋の隅でもそもそと食事を取っていると、なんだか大がかりなキャンプにでも来たような気分になる。食事を終えた私が外に出ると、ちょうどモンド先生と男子生徒が話しているところだった。
「なるほど、あなたが契約したのはCランクの《森巨人》ですね。勇猛果敢な魔物です、大切になさい。……それでは、今日は帰ってゆっくり身体を休めるように」
「ありがとうございます、モンド先生!」
「…………」
目標を達成した生徒たちが続々と帰宅していく――という光景を目の当たりにして、私の額を大量の汗が流れていく。笑顔の彼らを祝福する言葉も出てこないくらいだ。
「そういえば、エルヴィスやイーゼラは……」
と言いかけた直後、ひとつの答えが目の前に提示される。
「イーゼラさんは、Cランクの《巻毛鳥》ですか。あなたは風魔法の扱いが上手ですから、頼りになるパートナーを選びましたね」
「ええ。おかげで契約するにも苦労しましたが」
笑顔で答えるイーゼラが肩に乗せているのは、顔の横にゴージャスな巻き毛を垂らした黄色いインコである。セキセイインコくらいのサイズで、ピチュピチュとかわいらしく囀っている。
よくよく見たら、睫毛もしっかりカールしていた。ペットは飼い主に似るというが、もはやそれどころではなくシルエットが酷似している主従である。
彼女がモンド先生への報告を終えたところで、私は早足で近づいていく。
「イーゼラ、おめでとう。もう契約できたのね」
「ありがとう、アンリエッタ。最初の一日で勝負を決めようと思っていましたから……慣れない野営をして、疲れましたわ」
そう答えるイーゼラの目蓋はだいぶ重そうだ。それでも人前で欠伸をしないのは令嬢の鑑である。
そんなふうに思っていると、イーゼラが小首を傾げる。
「……なんですの、先ほどからにやにやして」
「えっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃないんだけど」
本人には話せないことだが――どうしても頬が緩んでしまうのは、イーゼラが無事に従魔を作れたのが自分のことのように嬉しいからだ。
本来なら、イーゼラは二年生に進級する前に《魔喰い》によって魔力も心も喰われ、学園から去るはずだった。つまり私が目にしているのは、覆された結末の先にある奇跡のような未来なのだ。
《巻毛鳥》はイーゼラの顎のあたりに、何度も頭を押しつけて甘えている。私はそれを見つめながら微笑む。
「すっごくかわいくて、イーゼラに似ていて、素敵な従魔だと思っただけ。本当におめでとう、イーゼラ」
イーゼラは気恥ずかしそうに頬を染めて、小さく咳払いをする。
「……ええ。あなたもがんばってくださいませ」
疲れているところを長話で引き止めては悪いので、私は帰宅するイーゼラを見送った。
イーゼラを始めとして、少なくはない生徒が従魔作りを終えているようだ。負けてはいられないと、私は再び『魔の庭』に入ってみることにした。
昨日は、森の浅いところで蟹のように横移動しただけで日が暮れていたけど、今日はもっと奥まで踏み込んでみよう。積極的に行動しないと、見つかる魔物も見つからない。
「さて、今日もがんばらないと……!」
ぐっと拳を握り、自分を鼓舞する。慢心の末に三日目に宿題を残す、というオチだけは避けねばならない。
虫や鳥の鳴き声がする暗い森に、どきどきしながら踏み込む。
深い色の樹冠や木立に遮られて、あまり視界は効かない。用心しながら足を進めていると、左方向からがさり、と音が鳴った。
肩を跳ねさせた私は、慌てて木の陰に隠れる。
しかし茂みを掻き分けて現れたのは、よく見知った青年だった。
「エルヴィスっ?」
彼の顔を見て、強張っていた肩の力を抜く。
知っている顔に会えたのと、エルヴィスが怪我もなく無事にしているのが嬉しい。そんな思いで木陰から出ていくと、私を見留めたエルヴィスが「アンリエッタか」と素っ気なく呟く。
せっかく『魔の庭』の中で会えたのだ。調子はどう、まぁぼちぼち……みたいな友好的な会話を想定していたのだが、エルヴィスはあっさりと告げる。
「オレは従魔を手に入れた。あとはここから出るだけだ。じゃあな」
「ええっ」
私は目を剥いたが、義理で説明しただけだと言いたげにエルヴィスは歩きだしている。
「ちょ、ちょっと待って! せっかくだったら見せてよ、従魔!」
とせがむと、エルヴィスはうるさそうにしながらも立ち止まってくれた。
直後、私の視界の端を何かが横切る。宙をひらひらと舞う美しい何かは、まっすぐ伸ばされたエルヴィスの人さし指へと止まっていた。
私はそれを見て、感嘆の吐息をこぼす。
「うわぁ、きれいな蝶……!」
ゲームの立ち絵の何倍も、その蝶は美しかった。軽やかに羽を広げるたびに虹色に光り輝くように見える薄い羽は、見惚れてしまうほどに艶やかだ。
エルヴィスは満更でもなさそうに説明してくれる。
「光と風の属性を持つAランクの魔物、《求花蝶》だ。珍しい花の蜜を好むから、深い森や湖の案内人として重宝される」
もちろん、よく知っている。ゲームでもエルヴィス様は同じ魔物と契約していたし、まさに彼に相応しい名前の魔物だからだ。この従魔の影響もあって、エルヴィスはファンから天使呼びされていたのである。
「こいつを見つけた場所でも、やっぱり珍しい花が咲いててな。『魔の庭』には珍しい植物が育っているとは聞いていたが、まさかここまでとは……」
弾む声音からも、彼の喜びようが伝わってくる。《求花蝶》と契約したことで、魔法薬の材料となる貴重な植物を手に入れる機会も増えたからだろう。
モンド先生の言葉を借りるなら、エルヴィスは自身の研究に役立つ従魔を選んだということになるだろう。研究熱心な彼らしい選択だ。
「良かったね、エルヴィス」
私がにこやかに声をかけると、エルヴィスは白い歯を覗かせて笑う。
「まァな。それじゃ、お前も気張ってけよ」
用は済んだとばかりに再び背を向けるエルヴィス。私は思わず彼のマントを引っ張っていた。
「……なんだよ」
煩わしそうに振り返ってくるエルヴィスを、上目遣いで見つめる。
「い、一緒に来てくれない?」








