第84話.従魔作りスタート
人混みの後ろにつくと、すでにノアとフェオネンはモンド先生の近くに並んでいた。他にも数人の先生の姿がある。
「全員出席していますね。よろしい。それでは今日から約三日間を使って、塀の向こうにある王立管理区域――『魔の庭』にて、従魔作りの授業を行います」
ごくり、と私は唾を呑む。
背の高い岩塀に全周を囲われた区域、『魔の庭』。王都近郊にあり、街ひとつ分はあるとされる巨大な魔物の住処である。
「改めて、簡単に説明しておきましょう。『魔の庭』は女王陛下の名のもとに管理されている指定区域であり、許可がなければ何人たりとも立ち入ることはできません。ここに出現する魔物は、学園の教師や協力者の魔法士たちが外部で捕らえてきたもので、我が校では二年生が従魔を得る際に利用する場所です」
『魔の庭』は、もちろんゲーム本編でも登場している。花乙女がどんな魔物と契約するのかと注目される中、カレンはSランクの魔物を従魔にするという快挙を成し遂げるのだ。
「この場所で、魔物たちは独自の生態系を築いています。もはやどんな魔物や植物が育っているのかは管理者にも把握しきれていませんが、それゆえに従魔作りに適した環境ともいえます」
周囲を囲む岩塀は、飛行できる魔物や壁を上れる魔物に突破されそうにも思える。しかし岩塀を構成するひとつひとつの岩に魔法士たちが魔力を込めて結界を作っているおかげで、魔物たちが外に出ることはない。
「従魔作りには三日間という期間を設けていますが……いつ『魔の庭』に入るのか、出るのか、すべて自由に選択してください。職員が仮眠所と食堂に待機していますから、疲れたときは探索を切り上げて休憩や食事をとるのもいいでしょう。もちろん、『魔の庭』で野営をしても構いません」
仮眠所と食堂には、それぞれ別荘のような大仰な邸宅が設けられている。仮眠所は男女別になっており、広さや設備はじゅうぶんに思われた。野営の予定がないのであれば、手ぶらで『魔の庭』に入るという選択肢も考えられるだろう。先ほど私が御者に運び入れてもらったのも、三日分の着替えや日用品である。
「何か持ち込みたいものがあれば、好きに持っていくといいでしょう。特に制限はありません。ただし小手先の道具や魔法具を使っても、魔物が見ているのは本人の実力です。そのことは肝に銘じておくように」
忠告を受けて、高価な魔法剣を腰に吊っていた男子生徒が顔を引きつらせている。
「それと、皆さんにはこれをお配りしておきます」
モンド先生が指揮棒のように片手を振るう。その動きと共に空中を浮遊してくるのは、鈴がついただけのシンプルなブレスレットだ。
細やかな魔力操作によって、ひとりにひとつずつ配られるブレスレット。私は興味深げに手を伸ばして、ブレスレットを掴む。
「『報せの鈴』です。一度、手元で振ってごらんなさい」
モンド先生の言葉を受けて、なんの変哲もない鈴を上下に振ってみる。しかし鈴の中には玉や石の類いが入っていないようで、音が鳴ることはない。
「これは特別な魔法をかけると、決められた時間ごとに音を鳴らす魔法具です。今回は二十四時間ごとに一度、音が鳴るように設定しました。七十二時間後に関しては、三度鳴ります。……このように」
モンド先生が掲げたブレスレットが、りん、りん、りん、と連続して澄んだ音を奏でる。彼女のものだけ、説明中に鳴るように調整しておいたのだろう。
「幅は調整できますので好きなところに装着するか、荷物に入れて持ち歩くでもけっこうです。この鈴が三度鳴ったときは、速やかに戻ってきなさい。その三時間後には、時間切れとして我々教師陣が捜索を行います。もしその時点でまだ従魔を作っていない場合、後日『魔の庭』への再挑戦は可能ですが、どちらにせよ評価には影響が出ますのでそのつもりで」
つまり、一度目の授業で従魔を決め、自力で戻ってくるのが前提の授業ということだ。
各自ブレスレットを身に着ける中、私は右手首にブレスレットを通して、念入りに調子を確かめる。内部で時間を把握する方法はこれしかないので、うっかり落とさないよう気をつけないと。
「では最後に、『魔の庭』の出入り口を教えておきましょう」
モンド先生の先導で案内されると、たった一箇所だけ、岩塀の下に地面が掘られて洞穴のようになっている部分があった。そこから身を屈めて移動することで、内部に入れるらしい。結界の効果を損ねないために、こういう形の出入り口にしているそうだ。
ちなみに周囲の生徒は、私含めて全員が制服姿である。というのも『魔の庭』に入る際は制服の着用が義務づけられている。格式高いエーアスの制服には、それぞれ程度の差はあれど防御魔法がかけられているし、白色を基調としているので遠目にも目立つのだ。
説明を終えたモンド先生が、生徒全員を見回す。
「それでは――ただいまより、従魔作りの授業を開始します」
その言葉を皮切りに、生徒たちはさっそく行動に移る。
「あれ、さっそく仮眠所に行く生徒もいるのね」
意外に思っていると、隣のエルヴィスが理由を教えてくれる。
「闇属性の魔物と契約したいやつは、今は動いても徒労に終わるからだろうな」
「……あっ、なるほど。明るいうちは休養に当てて、夜になってから庭に入るって作戦ね」
「オレの感覚で言えば、事前に『魔の庭』に入って内部の地理を把握しておくべきだと思うけどな。まァ、そのあたりは個人の自由だろ」
他にも友人同士で作戦を練っていたり、岩塀の周囲をきょろきょろと見て回っていたりと、生徒は三々五々に散っている。
そんな様子を私が見回していると、エルヴィスが上着の裾を翻す。身ひとつの彼が向かうのは『魔の庭』の出入り口だ。
「オレは先に行く。じゃあな」
「うん。……エルヴィスも気をつけて」
「誰に言ってんだよ」
振り返ったエルヴィスが口角をつり上げる。それはとても彼らしい、自信に満ちた笑い方だった。
やはり出入り口に続く列に並ぶ生徒がいちばん多く、見る間に列が伸びていく。どうしようか悩んだものの、私も最終的にはそこに並ぶことにした。今までギリギリの生活を送ってきただけに、今回は早めに行動するのが肝要だと思ったのだ。
最後に振り返ると、他の教師と話していたノアがちらりとこちらを見た。そんな彼に軽く頷いてみせてから、私は出入り口に向き合う。前の生徒が潜って数十秒が経ってから、身を屈めた。
狭く暗い空間で膝をつきながらしばらく移動すると、地上に出た。
ひょこっと顔を出してみると、聞いていた通り出入り口の先は森の端に繋がっていた。鬱蒼と茂る森は生命の気配に溢れている。
よっこらせと穴から出る。すでにこの場を離れたのか、他の生徒の姿は近くに見当たらなかった。
出入り口の穴は、普段は木の葉を散らして隠してあるようだ。私の次には誰も並んでいなかったので、しっかりカモフラージュを終えてから立ち上がる。
「さて、どうしようかな。私はどの属性の魔物を探す、って感じでもないんだけど……」
土埃を払いながら首を捻る。遠くに見えている凸凹とした岩山に向かったり、水源などを探すこともできるが、そういった場所に向かえば特定の属性の魔物との遭遇率が上がることになる。だけど昨日確かめてみたところ、私は全属性の中級魔法までが使えるようになっていたので、属性を絞って探索をする必要はない気がする。
本当は上級魔法も試したかったけど、それはノアに止められている。先日と同じように、『魔の庭』の中で痛みや寒気で動けなくなったり、意識を失った場合は自殺行為になるからだ。上級魔法については、安全な場所で時間が取れるときに改めて試してみるつもりだった。
「ゲームでは、ラインハルトルートのときは岩山へ、フェオネンルートのときは水源へ、みたいな感じで行き先を選んでたよね」
悩んでいると、すぐ近くで草を掻き分ける音がした。
魔物だろうか。そそくさと茂みに隠れつつ、私は物音のした方角を窺う。
すうはあ、と深呼吸しながら自分に言い聞かせる。まずは落ち着いて様子を見ること。もしも強そうな魔物だったら、契約を持ちかけること……そう心の中で復唱しながら慎重に顔を出してみると、そこにいたのは――。
「……《小棒鬼》かぁ」
ランクとしてはE級だ。残念ながら、契約するには格が足りない魔物である。
まだこちらに気づいていないようなので、私は隠れたままやり過ごした。《小棒鬼》は群れで生活する魔物なので、騒ぎを起こせば大量に集まってくる可能性があるのだ。
そのあとも何度か魔物を見かけたものの、浅い場所で見つかるのはD級やE級の魔物ばかりだ。結局、そんな調子で収穫がないまま一日目は過ぎていったのだった。
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