第83話.一堂に会す
その日、私は朝から馬車に乗っていた。
行き先は学園ではない。今日は従魔作りの授業が行われるので、現地集合で『魔の庭』に向かっている最中なのだ。
未知の魔法を使った疲労と反動によって、私は昨日まで大事を取って授業を休んでいた。でもしっかり休養したおかげで、今日はやる気に満ち満ちている。
「えーっと、次はAランクの魔物ね。なになに、《火蜥蜴》は炎を吐く蜥蜴で、《石毒鶏》は相手を石にしてしまう大きな鶏……本当にAランクの魔物って強そうだわ」
ひとりきりの馬車で目を皿のようにして見ているのは、古今東西の魔物の絵図と解説が収録された魔物図鑑だ。
外見でなんとなく良さそうだと判断した結果、別にそんなに強い魔物じゃなかった……とかだと洒落にならないので、ひとつでも多くの魔物の種類を頭に叩き込んでおくことにしたのである。
モンド先生の話していた通り、従魔を得るのは一度きりの機会なのだ。実際に契約できるかどうかはともかくとして、慎重に慎重を期すくらいがちょうどいい。
ちなみに当然ながら、魔物を倒すよりも従わせるほうが難易度が高い。従わせるというのは、つまり相手を屈服させるということだからだ。この魔法士には勝てない、絶対の服従を誓ったほうが自分には益がある――そう心から思わなければ、攻撃的な魔物が魔法士との契約を望むことはない。
そして上はSランク、下はE級まで幅広くランク付けされている魔物だが、Sランクの魔物は『魔の庭』には実在しないとされている。
しかしカレンは、隠し通路みたいなものを発見してSランクの魔物と契約していた。つまり『魔の庭』には相応の魔物が潜んでいるということになる。私も諦めずに見つけたいところだ。
目立つ岩塀が遠目に見えてきたところで、馬車を停める。御者には荷物を下ろすよう頼んでおいて、私は人のいる塀の傍に近づいていった。
生徒たちが集まっている空間はわいわいと賑やかだ。目当ての魔物を見つけようと奮起していたり、反対に顔を強張らせていたり……いつもとは様子の違う生徒の中、私は見知った顔を見つけて近づいていった。
「エルヴィス様、ごきげんよう」
「ああ、アンリエッタ嬢。おはようございます」
人前というのもあり、如才なく猫被り……ならぬエルヴィス様被りをしたエルヴィスである。
「二日間も休んでいましたが、お身体は大丈夫なんですか?」
「ええ、平気です。家で寝ていただけですから」
それを聞いたエルヴィスが、他の生徒に聞き取れないように声を潜める。
「……お前、従魔作りの前に授業をサボるとは余裕だな」
別にサボっていたわけじゃないんだけど、と思いつつこちらも負けじと言い返す。
「そっちこそ、魔喰い花の世話は大丈夫なの?」
「ああ、苦労の甲斐あって安定期に入ったし、魔法植物学の先生に預けて……」
と、エルヴィスが言いかけたときである。
近くの集団から歓声が上がる。何事かと顔を向けると、新しく数台の馬車が到着していた。
続々と降りてきたのは二年生――ではなく、学園の三年生だ。彼らは家同士の付き合いがあったり、学園の授業で親しくしている後輩たちのもとに笑顔で向かっていく。
言うまでもなく、二年生にとって従魔作りの授業は重要だ。だが緊張感ゆえか、うまく魔物を見つけられなかったり、契約に失敗したり、『魔の庭』で迷子になってしまう生徒も多いという。
そのため、すでに従魔を持っている三年生による応援や激励は学園からも推奨されている。憧れの上級生に直接声をかけられ、背中を押されることで、二年生全体の闘志を充溢させるという意図があるのだろう。
他人事のようと思っていると、貫禄のある三年生たちの中、突出した容貌の青年がこちらに近づいてくる。
「アンリエッタ。もう身体は平気なのか」
短い赤髪をなびかせて現れたのは、ラインハルトだ。
「ごきげんよう、ラインハルト殿下。この通り、すっかり良くなりました」
私が丁寧に礼をとると、ラインハルトはどこかホッとしたように肩の力を抜く。
「そうか。ノアさんにも何度か見舞いをしたいと申し出たが、眠って休んでいるからと断られてしまってな……」
何やら既視感を覚えるが、ラインハルトはまだ家庭訪問計画を諦めていないようだ。相変わらずノアへの愛が深すぎる。
感心していると、その後ろから艶っぽい声が響く。
「おやおや。エルヴィス君とラインハルト殿下に囲まれるなんて、両手に花だね。さすが花乙女だ」
「フェオネン先生……」
目を向けると、そんなフェオネンの後ろにも無言の影――ノアの姿があった。
「ノア君。別にボク、迷子にはならないからついてこなくていいよ?」
「…………」
ノアは指摘を無視している。どうやらフェオネンの動向を見張っているようだ。
そんな私たち五人の姿はかなり目立っており、こちらをちらちら見ては頬を染めている女子生徒も多い。しかしそんな反応は当然だろう。攻略対象のうち、四人が揃い踏みになっているのだから。
前回、ラインハルトを除いた三人で集まっていた姿も記憶に新しいが、今回は記録更新だ。私は目を細めて、神々しいほどの美貌を惜しげもなく披露する彼らを見回していた。
なんだろう、視界がきらきらしい。右を見ても美形、左を見ても美形……圧倒的顔面偏差値空間に放り込まれた私は、まぶしさに目を灼かれそうになりながらもその場に留まる。顔の造形が整っているという点では、アンリエッタも負けてはいないのである。
全員が顔を合わせたところで、口火を切るのはフェオネンである。
「ところでキミ。体調は平気なの?」
何やら含んだ意図のありそうな質問だったが、私は作り笑いを返す。
「え、ええ。おかげさまで……?」
「……そう。なら良かった。ボクも少し責任を感じていたからね。お見舞いに行きたかったんだけど、ノア君が許してくれそうもなかったし」
フェオネンが嘘くさい笑みを浮かべて肩を竦める。そんな私たちのやり取りにノアは目を光らせているが、事情を知らないエルヴィスは眉根を寄せて、ラインハルトは訝しげにしていた。
「フェオネン先生は、アンリエッタ嬢の体調不良の理由を知っていたんですか?」
表面上はにこやかに問いかけるのはエルヴィスだ。
「うん、そうだね。少なくともキミよりは」
ぎょっとしたのは、フェオネンが積極的に喧嘩を売りに行くような口調で言い放ったからだ。
その言葉をきっかけに、何やら空気が険悪になっている。理由も分からず戸惑っていると、その場にモンド先生の声が響き渡った。
「皆さん、お静かに。こちらに集まってください。三年生の皆さんは学園に戻るように」
集合を言い渡された二年生たちが、上級生に送りだされてぞろぞろと移動する。
人波に乗る前に、ラインハルトが声をかけてきた。
「アンリエッタ、それにエルヴィス・ハントも。……『魔の庭』には様々な魔物が棲息しているが、いずれ従魔となるべき魔物とは見えない糸のようなもので繋がっているとされる。その糸は必ず、お前たちを導いてくれるはずだ。だから、何も焦ることはない」
エルヴィスも、横で静かに話を聞いている。フェオネンに掻き回されたものの、もともとラインハルトはこの話をするつもりで声かけに来てくれたのだろう。
私は花乙女に相応しいような、優れた従魔を作ることを期待されている。それはラインハルトも重々承知しているだろう。その上で、彼は私の負担を和らげようとしてくれているのだ。
「どんな魔物と契約したとしても、誇りに思え。お前たちの健闘を期待する」
そんなラインハルトの眼差しと向き合うと、うやむやになっている婚約の件が一瞬だけ頭に浮かぶが……私は大慌てで首を振ってそれを打ち消す。今はそのことを考えている場合じゃない。
「ありがとうございます、ラインハルト殿下。行ってまいります!」
激励を受けた私とエルヴィスはラインハルトに頭を下げてから、その場を離れた。








