第77話.再びの迷宮へ
「ひとつずつのことは些細な違和感だ。だけどすべてに明確な共通点があるなら、それらはキミの魔法だった――と考えるべきじゃないかな」
「私の……」
ごくり、と私は唾を呑む。
「少し話は変わるけど、当初、ボクはキミが魔力過多症という先天性の特殊体質だと考えていたんだ。確率でいうと、十万人にひとり……というところだけど、あり得ないわけじゃないからね」
フェオネンが出したのは、ロキが持つ特殊体質の名前だった。私と同じように、フェオネンもその可能性に思い当たっていたのだ。
「だけど魔力過多症の患者は、必ず別の症状に悩まされるものでね。常に栄養補給を必要とする、常に耐えがたい眠気に襲われる、常に性的な欲求を覚える……とかね。というのも、魔力過多というのは言葉の響きほど便利なものじゃない。休むことなく大量の魔力を身体が生み続けるわけだから、常に疲れを感じて、これを解消するための休息を必要とする。こんな状態じゃ、日常生活もままならない」
前にノアからも学んだことである。食欲と睡眠欲、それに人によっては性欲。人間の三大欲求を満たすことが、魔法士にとっての休息に当たるのだ。
そこでフェオネンは、蜂蜜色の瞳で思わせぶりに私を見やる。
ん? と思って目をしばたたかせると、フェオネンは艶めいた唇を歪める。
「だけど学園で観察している中でも、今日の話を聞いた限りでも、キミにはそういった症状がないみたいだ。ずっと食べてしまう、眠ってしまう、あるいはエッチなことをしてしまう……なんてこともないでしょ?」
「あああ、あるわけないでしょう!」
私は思わずがたりと椅子を揺らして、顔を真っ赤にした。
そんなエロゲーみたいなトンデモ設定があってたまるかと思う。CERO C(十五歳以上推奨)の乙女ゲームの世界だぞ、ここは。
フェオネンがくすくすと笑いながら自分の髪に触れる。
「いやぁ。ボクの見ていないところで……ってことも考えられるから。ほら、キミって他の学生と違って、一時期は毎日のように伯爵家に帰っていたでしょう。あれってノア君か、あるいは使用人と――」
「フェオネン先生」
ノアがフェオネンの発言を遮る。その眼光は、隣に座る私すら怯えるほどに鋭い。
「悪ふざけはそこまでにしていただけますか。いくら先生でも――」
「ごめんごめん、場を和ませるためのジョークだよ☆」
悪びれる様子もない、軽すぎる謝罪である。私が頬の熱を感じながら睨みつけていると、フェオネンは白々しく話題を戻した。
「ええと、そうそう。結局、キミは魔力過多症なわけではなさそうだねって話。だけど、生まれつき持っていたにしてはキミの魔力量は多すぎる。となると、それとは別の理由があるってことになるけど……」
そこで一度、フェオネンは言葉を区切る。
「おそらくキミは、本来は事象改変のため外に放つべき魔力を、《《自身の内側に向けて》》放っているんじゃないかな。魔力を押さえ込む、という方向でね。押さえ込むために魔力を消費してしまうわけだから、魔法が使えないのも道理だろう?」
「なる、ほど……?」
私は小首を傾げる。言葉だけでは理解が難しい。隣ではノアも理解不能だ、という顔をしている。
でも、ノアに魔力を直接流し込んでもらったとき、私は全身のいろんな箇所に蓋をされていたのが解放されたような気分になった。
それだけじゃない。もともとのアンリエッタに乗っ取られたようになったとき、彼女はノアに向かって『自分の魔力に蓋をした』と言っていた。どちらも、フェオネンの分析と重なっている気がする。
「天才的な秀才であるノア君には、理解できない話だろうけどね。だからキミが指導するのは難しかったけど……今までの出来事を経て、キミの魔力は外側に向かうことを少しずつ覚えているはずだ。ボクの見立てでは、きっかけはじゅうぶん。コツを掴むには、あと少しだろう」
問題発言に惑わされたりもしたが、フェオネンの的確な分析によって一縷の希望が見えてきた気がする。
「では、解決するにはどうすればいいんですか?」
私が意気込んで問うと、フェオネンはにっこりと笑む。
「そりゃあ、実戦しかないよ。荒療治だけど――もう一度、《魔喰い》と戦ってみるのはどうかな」
シン、と医務室に沈黙が落ちる。
「……というのは冗談。キミ、もう二年生だからあの本には入れないしね」
そうだった。進級してて良かった。
絶望のあまり蒼白な顔色をしていた私は、安堵の息を漏らす。
「というわけで、別の迷宮の書にしよう。広いフィールドで、思いっきり魔法を使えるような本がいいね」
立ち上がったフェオネンが言う。
「先に迷宮図書館の前で待っていて。ボクは管理者のハム先生から、鍵を借りてくるから」
「フェオネン先生も付き合ってくれるんですか?」
「もちろん。頼ってくれた生徒を、途中で見捨てるつもりはないよ」
軽いウィンクをされた私は、顔を綻ばせる。何かと人騒がせなところはあるけど、フェオネンっていい先生だなぁ……。
いったんフェオネンと別れた私とノアは、医務室を出て学園の地下へと足を向ける。
迷宮図書館に続く螺旋階段を降りきったところで、ちょっとにやにやしてしまう。先ほどの話によってなんとかなるかも、と期待が持ててきたからだ。
だが、横に立つノアの表情は優れない。顎に手を当てて、何か考え込んでいるようだ。
「お兄様、どうかされましたか?」
問いかけてみても、ノアは「いや……」と歯切れが悪い。
ノアの様子は気に掛かったが、そこでフェオネンが階段を下りてきた。彼が手にしているのは、いつもハム先生が胸元にぶら下げている古い鍵だ。
「お待たせ。さっそく鍵を開けるね」
「よろしくお願いします!」
フェオネンによって、迷宮図書館に至る重そうな鉄のドアが開かれる。埃っぽい空気と共に、目の前には本棚に埋め尽くされた空間が現れた。
「ここで待っていてくれるかな。すぐに本を持ってくるから」
フェオネンはさっさと動きだしたかと思えば、数分と経たず一冊の本を抱えて戻ってきた。封印が施されているのと、彼の腕でほとんど装丁が隠れているが、タイトルは読み取ることができる。
「『荒野の戦い』……ですか?」
「一部の学生の間じゃ有名なタイトルだよ。本の舞台となる荒野で百体の迷宮生物を倒して、最後に征圧した荒野に旗を立てること……それが、この迷宮の書から出る条件なんだ。ノアくんも、学生時代はよく入ってたんじゃなかったかな」
「そうですね。よくシホルと、迷宮生物を倒した数を競ったりしていました。しかし……」
本を注視したノアが何かを言いかけるが、フェオネンはそれを待たず唱える。
「【コール・ルーメン】――封を解け」
光魔法によって本の封印が解かれたかと思えば、私たちはすぐさま本の世界へと誘われていた。








