第76話.解き明かされる力
◇◇◇
金曜日の放課後。私はしばらくぶりにカフェテラスに来ていた。
待ち合わせ相手はノアだ。お兄様、いよいよヤバいです……という相談をするためである。
従魔作りの授業は、早くも五日後に迫っている。チュートリアルのように、強い従魔が作れなければ死ぬ! ってわけではないけど、もしも強力な従魔と契約できなかったり、あるいは契約そのものに失敗した場合は、私を見る疑念の目はさらに強まることだろう。この前の噴水広場であったような騒ぎが、次はもっと大きくなるかもしれない。
数分後にやって来たノアは、職員にコーヒーを注文する。それを待つ間にも話すことは、もちろん従魔作りの件だ。
「基本的に、魔物には戦闘後に契約を持ちかける形になる。戦闘時に強力な魔法を使えなかった場合、契約を結びたいと思う魔物は限られてくるだろうな」
「そうですよね……」
となると、やはり最低限の魔法を覚えておかなければ、従魔作りの勝算は薄いということだ。
私が渋い顔をしていると、似たような顔つきのノアが腕を組む。
「最後の手段だ。フェオネン先生を頼ってみるか」
「フェオネン先生、ですか?」
「あの人は、俺よりもよほど魔力の分析に長けているからな」
言われてみれば《魔喰い》と戦って医務室に担ぎ込まれたあと、フェオネンが私の魔力についていろいろコメントしていたことがあった。フェオネンは校医という特殊な立場上、私のマンツーマン授業にも参加していなかったので、彼に助力を頼むというのは名案かもしれない。
そこで私の脳裏を過ったのは、学園長室前での出来事だ。私の手の甲に唇を落とし、フェオネンが淫靡に微笑んでみせたのは記憶に新しい。というか、衝撃的すぎて忘れようがない。
でも、ノアも一緒なんだし……さすがに今回は大丈夫だよね?
そう頭を切り替えたいところだったが、ノアの言い回しについても気に掛かる。
「お兄様。最後の手段、というのは?」
ノアはそれには明確な答えを返さず、ため息を落とすように返事をした。
「行ってみれば分かる」
私とノアは、連れ立って医務室へと向かう。
放課後というのもあり、校舎内に生徒の姿は少なかった。今回は「ノア先生とアンリエッタが仲良く歩いてる!」みたいな噂を流されずに済みそうだ。
医務室のドアをノックすると、間もなく返事があった。ノアがドアを開けると、室内ではフェオネンが花瓶の水を替えている。
こちらをちらりと見たフェオネンは、薄い笑みを浮かべる。
「やぁ、キミたちか。どうしたんだい?」
「フェオネン先生に、ご相談がありまして」
ノアがさっそく切りだす。後ろで頭を下げる私を見て、フェオネンはなんとなく用件を察したようだった。
「いいよ。困っている女の子の頼みなら、聞こうじゃないか」
快く引き受けてくれるフェオネン。そこは生徒と言ってほしいが……この色男相手に、突っ込むのは野暮だろう。
特に他の生徒もいないので、そのまま医務室を使わせてもらう。
フェオネンが用意してくれた椅子に腰かけながら、ノアは私の現状について的確に説明していった。たまにフェオネンが質問を挟んだりするが、私は横でうんうん頷いて聞いているだけだ。あれ? なんかこれ、よく考えたら三者面談みたいだな……。
話を聞き終えたフェオネンは、しばらく思案してから小さく頷いた。
「だいたい分かったよ。……うん、なんとかなるんじゃないかな」
「本当ですかっ?」
思わず身を乗りだす私に、フェオネンは笑顔で応じる。
「キミの魔法や魔力については、学園長からの依頼で以前から調べていたんだ」
え? ハム先生から?
と思わず声に出しそうになって、咳払いをする。たぶんノアは、ハム先生の正体については知らないはずだ。不用意な発言は慎むべきだろう。
「学園長が? どういうことです?」
訝しげにするノアに、フェオネンはハーフグローブに包まれた手で一本指を立てる。
「まず、迷宮学の授業での出来事。キミが入った迷宮の書……『小さな木に初級魔法を当ててみよう』で、原因不明の暴風が発生したことがある、とハム先生が証言していた。迷宮から緊急脱出したあとは、本そのものが暴風に切り刻まれて消滅したとも」
それについては覚えのある出来事だ。ノアにもきちんと報告してある。
フェオネンは二本指を立てる。それにしても、すらりと長くて妙に色っぽい指だ。
「次に、『一年生のための薬草図鑑』での《魔喰い》との戦闘。キミとイーゼラ嬢の話では、《魔喰い》相手にイーゼラ嬢が上級魔法と見紛うほどの初級魔法を発動したということだったね。でも、それはない」
「ない……ですか?」
言いきったフェオネンは、きょとんとする私からノアへと水を向ける。
「せっかく特別講師として生徒たちを直接指導しているんだ。ノア君から説明してくれるかい?」
ノアは、視線を私のほうに向けてから口を開いた。
「……本人は理解していることだろうが、イーゼラ・マニに、現時点で上級魔法を発動させるほどの魔法の才はない。せいぜい、調子がいいときに中級魔法の発動に成功する程度だろう。それも、初級魔法の呪文詠唱では不可能と言っていいが」
「うん、その通り」
二人の言葉を受けて、よくよく考えてみると……学園随一の実力者として知られるエルヴィスも、魔法陣を丁寧に地面に描いてから呪文を唱えることで、ようやく上級光魔法の発動に成功したのだ。
あのときのイーゼラは、魔法陣は自動発動のものを使っていたし、呪文自体が一節呪文だった。どういうことだろうと首を捻っていると、ノアがフェオネンに向けて言う。
「そういえば生活魔法の練習をしていたアンリエッタが集中力を欠いたときに、目の前で魔法具の水晶が壊れたことがありました。もしや、あれも……?」
「なるほど。それはひとつ目の出来事によく似ているね。大きすぎる魔力が暴発した、と捉えられるんじゃないかな」
フェオネンは興味深そうに、顎に手を当てる。
「それら三つの現象が起きたとき、ボクはその場に居合わせたわけじゃないけど……そこには共通点があるよね」
レンズ越しの視線に見据えられた私は、信じられない思いで答えを口にした。
「……その場に私がいたこと、でしょうか」
フェオネンが満足げに頷く。








