第74話.従魔について
その日、私は広い教室でモンド・レーエル先生による特別授業を受けていた。
人気の高い彼女のマンツーマン授業を受けられる生徒なんて、なかなかいないだろう。単に問題児のレッテルを貼られているだけなので、喜びようがないのだが……。
成果が見えず他の先生たちが匙を投げつつある中、モンド先生は根気強く私の指導に当たってくれている。しかしそれもネタが尽きたのか、今日は座学中心だった。
「今日、あなたには従魔作りについて伝えておきます。来週行われる授業では、『魔の庭』と呼ばれる場所で生涯のパートナーとなる魔物を見つけだすのが授業の主題となっています」
というより従魔作りの授業が来週に迫っているので、普通授業を受けられずじまいの私に基礎知識を与えてくれているようだ。初対面のときは怖い先生だと思ったけど、わりと気遣いの人でもあるのかな……?
しかし来週にタイムリミットが迫っているとは、いよいよ逃げ場がなくなってきた。チュートリアルのときもそうだったけど、なんか私っていつも時間に追われている気がする。そういえば夏休みの宿題も、休みが終わる直前にやるタイプだったし。
「生涯のパートナー……というのは、契約にはやり直しが利かないからですよね?」
「その通りです。付け加えると、なんらかの理由で従魔を失った場合、二度と別の魔物と契約することは叶いません」
一回限りで、二度目のチャンスはない。そう考えると、かなり重要性の高い授業だ。深く考えずに適当な魔物と契約した場合、人にとっても魔物にとっても不幸な結果となってしまう。
「モンド先生。質問をいいでしょうか」
「なんでしょう」
二人きりの教室ではあるが一応挙手をした。授業中に関しては、モンド先生はいつも眼鏡をかけている。
「学園に入学する前に従魔を持っている生徒もいると思うんですが、学園ではどうして二年生の春に従魔作りを行うんですか?」
「いい質問ですね、アンリエッタ・リージャス」
モンド先生は軽く頷くと、嗄れた声で滑らかに話しだす。
「あなたの言う通り、魔物との契約自体は何歳でも行うことができますし、あなたの周りにも入学前から従魔を持っているという生徒がいたでしょう。ただし、前述の通り契約はやり直しが利かないものです。二年生……十七歳から十八歳という年齢の人間は、いみじくも魔力・身体・技術が最も伸びる時期だとされています。つまり、自分の向き不向きと限界が見えやすいときでもあるということです」
ふむふむ、と私はモンド先生の言葉をかみ砕く。
「自分の能力の底が見えたときの選択肢は、いくつかありますね。自分の得意をさらに伸ばすためのパートナー、あるいは不得意を補うパートナーを見つけるか。戦闘に役立てるか、研究に役立てるか、生活に役立てるか……。その選択肢によって、魔法士としての未来は大きく変わることでしょう」
一種の進路選択だと考えると、確かに妥当な時期かもしれない。私の前世でも、高校二年生の夏頃に進路希望調査票を提出した覚えがあった。
「今が従魔作りに最も適した年代だからこそ、学園では二年生の春に従魔を作る授業が組み込まれているということですね」
「そう。ですから、入学前に従魔を作ることはあまり推奨していません。自分の可能性を鎖す結果になった場合、誰も責任は取れませんから」
納得した私は、ぽつりと呟く。
「そっか……だからお兄様は、生徒全員に魔法剣を持たせてくれたんだわ」
ほとんど独り言だったが、モンド先生が感心したように息を吐く。
「よく自分で気づきましたね。リージャス先生に魔法剣の授業を行ってもらったのは、生徒たちに苦手属性を補助する魔物と契約する、という選択肢も知ってもらうためです。ただ、人も魔物も自分と同じ属性を持つ相手に惹かれるものですから、言葉で言うほど簡単なことではありませんがね」
弱点をカバーしてくれる魔物を選ぼうにも、その魔物が仕えてもいいと思えなければ契約は成り立たない。だからこそ、魔法剣にも有用性があるのだろう。
「それでは、モンド先生はどんな理由で従魔を選んだんですか?」
彼女が契約しているのは《鷲頭馬》だったはずだ。鷲の頭に馬の身体、それに大きな翼を持つ風属性の魔物で、Aランクに相当する。
よく同じ質問を受けるのだろうと思ったのだが、モンド先生は少し黙り込んでから、先ほどよりも小さな声で口にした。
「私が《鷲頭馬》を選んだのは、とても単純な理由です。……どうしても優秀な足がほしかったの」
「足……ですか?」
「そう。《鷲頭馬》には立派な翼があるでしょう。傾聴したい学会から学会を梯子するのに、あれほど便利な魔物はいなかったのです」
真面目なのか不真面目なのか分からない理由に、私は目を丸くする。
「おかげで、とても助かっています。大人になってからも、遅刻しそうなときなど……いえ、この話はやめておきましょう。要約すると、私は器用貧乏というか、不得意な魔法もあまりありませんでしたから、生活補助のために従魔を選択したということです」
どうしよう。遅刻という単語に、急に親近感を覚えてしまった。
私がそわそわしていると、モンド先生はこほんと咳払いをする。
「アンリエッタ・リージャス。この半月ほどあなたを見ていて、思ったことがあります」
不穏な前置きに、私は身体を硬くする。そんな私を見やって、モンド先生は眉尻を下げた。
「最初は心配していたけれど、あなたは謙虚で、望んだ結果が得られずとも逃げだしたりしない心の強さも持っています。今は魔法士としての――花乙女としての資質が見えていなくても、いずれきっと花開くときが来るでしょう」
「モンド先生……」
最後に、モンド先生はどこか憂いを帯びた眼差しを私に向けた。
「そんなあなたを、今の状態で『魔の庭』に送りだすのは教師として忍びないですが……二年生の春に従魔作りを行うのは、先ほど話した通り学園の規定。例外は認められないのです」
「……はい」
私が首肯すると、モンド先生は気を取り直したように授業に戻っていく。
「さて、それでは従魔との契約に関する注意事項も簡単に説明しておきましょう。あなたも知っているかもしれませんが、契約の際に絶対に与えてはいけないとされるのが……」
説明を右から左に流しながら従魔に思いを馳せていると、授業が終わった。褒めたらあっという間に集中力が途切れた、とモンド先生はお冠だったが、授業を受ける前よりよっぽど従魔に詳しくなれた気がする。








