第70話.優しい暗殺者
◇◇◇
次の日、私は教室で授業の準備をしていた。
他の生徒に好悪入り交じる視線を向けられるよりは、広い教室にひとりでいるほうがいいのかもしれない。それでも、どこか寂しさを感じながら教科書を机の上に出していると、変な物音がした。
「ん?」
耳を澄ましてみると、どうやら外側から窓が軽く叩かれているようだ。
ここ、二階なんだけど……訝しげに窓を開いてみると、上から逆さまの生首が降ってきた。
「警戒心ゼロだね、アンリエッタ」
「うわっ! びっくりしたっ!」
仰天して飛び退く私の前で、蝙蝠のようにぶら下がっているのはロキだった。
これ、下半身はどうなってるんだろう。気になったけど、暗殺者相手に警戒心を解くことはできない。私はばくばくする心臓を押さえながら、さりげなく距離を取った。
「こ、こんなところで何してるの?」
「教室に入ってもいいけど、逃げ場が確保しにくいから」
いや、私はまったく良くないんだけど……。
「というか、私の名前知ってるんだ」
「うん。ずっと見てれば、それくらいは分かるよ」
ずっと見てる、という不穏すぎる言い回しに、私は顔を引きつらせる。
「ロキって、いつも私のこと見てるの?」
「うん。……それが依頼だから」
後半はぼそりと小声で付け足された。
やっぱりロキは何者かに命じられて、いついかなるときも暗殺者として花乙女を監視してるんだわ。私は恐れ戦きつつも、動揺をなるべく表情に出さないよう努める。
『ハナオト』のロキルートを思いだすと、カレンが自分に恐怖心を向けてきたり、ロキの感覚にそぐわない発言をした場合、『もういいや。君、つまんない』みたいなことを言って凶刃を振るっていた記憶がある。ロキはバッドエンドが複数あるので、殺害理由は他にも多数あるのだが……最も気をつけなければならないのは、この理由だろう。
そもそも私はヒロインでもなんでもないので、注意しても無意味かもしれないけど、一応は気にしておいたほうがいいはずだ。私が緊迫感を漲らせていると、逆さまのロキがごそごそとコートの中を漁る。
「それでさ。アンリエッタに渡したいものがあって」
「な、なに?」
まったくいい予感がしないが、断ることもできない。作り笑いを浮かべていると、ロキは取りだしたものを室内に向けて差しだしてきた。
「はい。これ」
それを怖々と見た私は、身体を硬直させる。
「この木剣って……」
「昨日、大慌てで走っていっちゃったから。なくしたら困るだろうなと思って」
ロキは恩着せがましく振る舞うでもなく、淡々と理由を説明する。落とし物を見つけたから、落とし主に届けた。ただそれだけなのだと、彼の静かな目が言っている。
私は窓際に近づいていくと、おずおずと手を伸ばして木剣を受け取った。
しばらく黙っていた私は、顔を上げてロキを見つめる。
「……ロキは、優しいのね」
昨日の私の態度は、少なからず彼に対して失礼なものだったと思う。暗殺者を見れば命の危険を感じるのは当然のことなので、自分の対応が一から百まで悪かったとは思わないけど……。
だけど目の前のロキが、私に何かしたわけじゃないのだ。
その申し訳なさも込めて、私はにっこりと心からの笑みを浮かべる。
「ありがとう。私、授業の備品をなくして困ってたの。だから預かっていてくれて、こうして持ってきてくれたのも本当に助かるわ」
感謝の丈を伝えると、ロキは水色の目をまんまるに見開いていた。
「優しい? ありがとう? ……そんなこと、初めて言われたんだけど」
何か物珍しいものでも見るように、私をまじまじと見つめてくるロキ。
そんな目で見られると、なんだか落ち着かない気持ちになる。私は小さく咳払いすると、彼に向かって身を乗りだした。
「それで、ロキ。私の話を聞いてくれる?」
予知夢だと偽って、ノアにロキのことを話したのは私だ。今のところ、ノアが具体的な行動を起こそうとしているのかは分からないけど……二人を衝突させないためにも、なんとかしなければならない。
それで思いついた作戦があった。
そう――ノアが引かないのなら、ロキのほうをこの学園から逃がしてしまえばいい!
「話? なに?」
「あのね、もう私の前に出てこないほうがいいと思う。というか、この学園から出たほうがいいわ」
「……どういうこと?」
緩い反応を返してくるロキに、私は迫真の表情で伝える。
「私の兄が、あなたを狙っているからよ」
それを聞いたロキが、遠い記憶を呼び起こすように視線を上げる。
「アンリエッタの兄貴って、"カルナシアの青嵐"……だっけ」
「そうよ。剣も魔法も超強くて、彼が通ったあとは草木の一本も残らないことから"カルナシアの青嵐"なんてとんでもない二つ名で呼ばれている、カルナシア王国最強の男よ。ロキも強いだろうけど、お兄様の手にかかれば一溜まりもないわ。ちょちょいのちょいよ!」
私はロキの不安感を煽るために、あえて強い口調で言い放つ。これでロキが引いてくれるなら、最も穏便な解決方法だと思うからだ。
超名案だと確信していたのに、ロキは一切表情を変えずに「ふぅん」と頷く。
「おれ、前から殺り合いたいなと思ってたんだよね。今どこいんの?」
「ちょちょ! そ、そうじゃなくて」
ロキは上半身を芋虫のように揺らしながら周囲を見回すようにする。なんかぜんぜん思っていた反応と違う。やり合う、の言い方がおかしかった気もするし!
……でも、そうだった。ロキは、徹頭徹尾ローテンションながら好戦的な青年なのだ。
スラム街の出身である彼は、奪えば生きられる、奪わなければ殺される、という過酷な環境で育ってきた。類い稀なる殺しの才能を暗殺集団に見出されて訓練を受ける中でも、その認識は変わらなかった。
普段はぽやっとしていて、とても暗殺者には見えないのだが、それは強すぎる魔力によって常時眠気を覚えているからで……そんなロキは、常に強者を求めている。
いつか自分の眠気を覚まさせてくれるほどの、強くて興味深い存在に出会いたい。そんなロキの切実な思いは、花乙女であるカレンとの邂逅によって叶っていくわけだけど――。
そのタイミングで、がらりとドアが開いた。
リアルに寿命が五年くらい縮んだような気がした。冷や汗をかきながら振り返ると、そこには次の授業を担当するモンド先生が立っている。
「アンリエッタ・リージャス。今、誰かと話していませんでしたか?」
「い、いいえモンド先生。気のせいだと思います」
うふふ、と笑って誤魔化しながら、さりげなく視線を戻すと、もうそこにロキの姿はない。機敏に逃げていったようだ。
安堵しつつ、窓を閉めた私は席につく。
「さて、今日もよろしくお願いします!」
勤勉な学生っぽく自分から教科書を開く私を、モンド先生は不審げに眺めていた。
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