第68話.突然のジェネリック②
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「エルヴィス……さま?」
聞き返す間も、エルヴィスは苦しげに眉根を寄せて、もう片方の手で濡れた頬を拭ってくれる。
「アンリエッタ嬢。どうかあなたの胸の内に秘めた思いを、僕に教えてください」
「っ」
その言葉に心が揺さぶられる。
急にジェネリック処方が始まったのは、私が急に泣きだしたせいだろうか。疲れているのに、無理をしなくていいと伝えたかったけど、私はそう口に出せなかった。自分で思っている以上に、いっぱいいっぱいだったのに気づいてしまったからだ。
単なる甘えだとしても、今は優しい言葉をかけてくれるエルヴィス様にすべてを曝けだしたい。受け止めてほしい。
そんな衝動のままに、今まで一度も口にしなかった弱音を漏らしていた。
「…………私、花乙女になんてなりたくなかった」
目を逸らしながら口にしたとたん、瞳からこぼれそうになる涙が彼の指先を濡らす。
エルヴィスの手からは、ふくふくとした土の香りがする。その温かさに、止めようとしていた涙がますます込み上げてきて、声がさらに震えてしまう。
「本当に、どうして選ばれたのかぜんぜん分からないの。こんなはずじゃなかった……ただ、生き残りたいだけだったのに」
必死にがんばって、努力を重ねて、チュートリアルを乗り越えたはずだった。それなのに花乙女に選ばれてしまって、何が何やら分からないまま、暗闇の中を走り続けているような気がする。
挫けかけた私の独白を静か聞いていたエルヴィスが、そっと言葉を紡ぐ。
「アンリエッタ嬢。僕と一緒に逃げますか?」
「……え?」
「きっと、なんとかなりますよ。辺境伯家の力を使えば、どうにでもなります」
目を細めたエルヴィスが放つのは、甘い誘惑だ。
私は躊躇いがちに、首を横に振る。
「それは……そんなこと、できない」
「どうして? 役目から解放されたいんでしょう? 選んでくれるなら……僕があなたを、どこにでも連れて行くのに」
気がつけば私は、やり取りをするたびに頬を激しく紅潮させていた。
なぜなら私は、この言葉を知っている。否、もっといえばフルボイスで聞いたことがあるからだ。
――これ、エルヴィスルートのバッドエンドのやつじゃん!
エルヴィスルートの最終章では、花乙女という大きな役割を担うカレンが、エルヴィス様を始めとする他の生徒と共に地方の村へと赴くストーリーが描かれる。
その村は長らく災害に苦しめられてきた地域で、一切の作物が育たないという。
土壌を再生させようと必死に魔法を行使するカレンだが、彼女はこの事態の原因を読み切れずに余計に状況を悪化させてしまう。そんなカレンに、一部の村人は心ない糾弾を浴びせるのだ。
自分の不甲斐なさに傷つき、役目の重さに押しつぶされ、ここから逃げたいとまで思い詰めるカレン。そんなカレンの孤独に気づいたエルヴィス様は、彼女の手を取り、自分と一緒に逃げようと誘う――。
バッドルートに分岐していた場合、カレンはすべてを捨ててエルヴィス様の手を取り、二人は愛の逃避行へ。逃亡続きの不自由な生活をしながらも、他国で平民として暮らす二人の姿で物語は締め括られる。
私とカレンの立場は異なるので、細かなやり取りの内容は違っているけど、とんでもない奇跡が生まれていた。
私が途中から意味の変わった感動の涙を流していると、パッとエルヴィスが手を離す。
「って、まずい。こんなことしてる場合じゃねェ」
エルヴィスは地面に置いた鉢植えの前に屈み込みながら、素早く唱える。
「【コール・ノックス】……覆え」
少し元気がなさそうだった芽が、闇魔法に覆われて張りを取り戻す。それを見て、エルヴィスは胸を撫で下ろしている。
その様子をきょとんとして見つめていた私は、おかしくなって小さく笑ってしまう。笑顔の私に気づいたエルヴィスが、眉間に皺を寄せて見上げてきた。
「なに笑ってんだよ、アンリエッタ」
「やっぱり、エルヴィスはエルヴィスだなと思って」
薬学が第一で、その他のことは二の次で……ゲームでは、手のかかる植物を『お姫様』呼びしていた。研究気質で、たまにロマンチックな雰囲気すら躊躇わずに掻き消してしまうエルヴィス様が、私はとても好きだ。
私は鉢植えに集中しているエルヴィスの隣にしゃがみながら、笑ってみせた。
「励ましてくれてありがとう」
「……別に、励ましたつもりはねェ。お前で遊んだだけだ」
素直じゃないなぁ、と思う。私が泣き止まないのに気づいたから、エルヴィス様を演じてくれたのは丸わかりなのに。
元気をもらった私は、座ったままぎゅっと拳を握り締める。
「私、もうちょっとがんばってみる」
「……がんばるなって言ってんだけどな、オレは」
こちらを向かないまま、エルヴィスは小声で付け足す。
私は聞こえない振りを決め込んだ。それこそ、まだバッドルートに入るわけにはいかないのだから。








