第66話.噴水広場での対立
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ニールたち四人組は、すぐに私に気づいてこちらを睨みつけてくる。
見物をしていた生徒たちは、私たちを交互に見ては好き勝手に囁き合った。そんな中、イーゼラを連れた私は、人垣を割ってつかつかと噴水の傍まで歩み寄り……四人の生徒を、鋭く一睨みした。
腕を組みながらイメージするのは、ゲーム本編のアンリエッタ・リージャスだ。といっても、チュートリアルで死ぬ彼女が話すシーンは、魔に堕ちる直前の描写しかなかったけど――。
高飛車で傲慢な令嬢を脳内で思い描きながら、尖りきった声で言い放つ。
「あなたたちかしら? 私に、何か言いたいことがあるっていうのは」
まさか私が真っ正面から乗り込んでくるとは、思ってもみなかったのだろう。四人は顔を見合わせるが、数秒後にはニールが前に出た。
「ああ、そうだ。リージャス家は不正な手段によって、花乙女の座を手に入れた。それは許されざる、女神エンルーナへの反逆行為だ!」
「具体的に、不正な手段というのは?」
「え?」
私が即レスすると、一方的に盛り上がっていた相手はぽかんとする。
「言いがかりをつけることは、誰にでもできるわ。何か証拠はあるのか、と訊いているの」
冷めきった態度で応じると、彼は気色ばむ。
「だからっ――風魔法の優れた使い手であるノア・リージャスなら、妹の頭上を狙って花びらを降らせるくらい、造作もないだろう。彼はあの場にも来ていたし、魔法によって工作をすることはいくらでもできたはずだっ!」
その発言に、多くの生徒がざわつく。
それも当然だ。私個人にいちゃもんをつけるならまだしも、ノアが不正行為を行った本人だと糾弾するのは一線を越えている。それはリージャス伯爵家、ひいてはノアを【王の盾】に選んだ王族をも批判することに当たるからだ。
その重さを、おそらく彼らは正確には理解していないだろう。私がこの場に突然現れたことで、冷静さを欠いているからだ。
私は続けて、用意していた問いを放つ。
「それなら、時計塔の鐘の音は? あなたがたも、噴水広場で聞いていたはずだけど」
「それも同じことよ! ノア・リージャスなら、風魔法によって鐘を揺らすことくらい簡単にできるわ!」
次は、ニール令息の隣に立っていた女子生徒が声を荒げる。
それを聞いた私は、ふっと冷笑する。
「つまり――あなたがたはこう言いたいのね? 王国の守護者として知られる"カルナシアの青嵐"が、私利私欲のために女神から授かった魔法を行使し、妹を花乙女だと偽ったと……」
ノアの二つ名を出すと、彼らはさすがにたじろいだようだった。
それでも負けじと言い返してくるのは、もはや後に引けなくなったからだろう。
「あ、ああ。そうだ」
「リージャス家が花乙女に固執しているのは、昔から有名な話でしょ? それだけじゃなくて……ノア・リージャスが妹を溺愛していることは、学園中の噂になっているわ!」
「……へっ?」
一瞬、私は演技をするのも忘れて固まる。
今、なんて? あのノアが私を……で、溺愛って言ったの?
私の脳裏を、走馬灯のようにノアとの思い出の数々が駆け巡る。しかしその中に、溺愛と称されるべきような出来事はひとつも見当たらない。
「とんと覚えがないんだけど……もしかしてこの世界では、溺愛という言葉は厳しい指導のことを指すのかしら?」
「あなた、何を言ってるの?」
私がちんぷんかんぷんになっているのを、絶好の機会だと捉えたのだろう。女子生徒は口元をつり上げて攻撃を続けてくる。
「信じられないことに、彼は授業中にも拘わらず講師としての役目を放棄し、甘えてくる妹の頭を多くの生徒の前で愛おしげに頬を緩めて撫でていたそうじゃない! これを溺愛と呼ばずして、なんて呼ぶというのよ!」
「えっ、それは……私がパニックになっていたから、宥めようとしてくれただけだわ。愛おしげに頬を緩めてたっていうのは、完全なるデマだし」
「小さなことにいちいち突っかからないでちょうだい。パニックになっている妹の頭を撫でる兄って時点で――それは溺愛と呼ぶのよ!」
びしっと人さし指をさして言いきられると、おお、確かに、みたいな空気が周りに流れだす。みんな勢いで説得されないでほしい。
好機を逃さず、女子生徒は締めに入る。
「そんなふうに、目に入れても痛くないほどにかわいがっている妹に花乙女の座を求められたとしたら、どんな不正行為をしてもおかしくないわよね? ああ、音に聞く"カルナシアの青嵐"が、情に絆されて女神に背く真似をするとは、なんて嘆かわしいことかしら!」
女子生徒が、芝居がかった感じで額を押さえる。
だいぶ盛られている気がしたが、一応は実際にあった出来事をなぞっているため、絶妙に否定できない線を突いてきている。
口々に私やリージャス家を非難する二人の言葉を聞きながら、私は心の中で大きく頷いた。
…………うん。
溺愛のことはいったん置いておいて――それ以外の指摘については、すごく気持ち分かります。
箝口令が敷かれていても、生徒たちの間に疑念はずっと燻っているはずだ。だって、今の私には花乙女としての能力も実績もない。百年に一度現れる花乙女がこの体たらくでは、王国民として「大丈夫か?」「本物の花乙女が他にいるのでは?」と心配になるのは当然だと思う。
女王陛下は私のために力を貸してくださったけど、それだって彼らからすれば、会社に入ってきたばかりの新入社員がなぜか社長にかわいがられている、的な受け入れがたい状況だと思う。もしも私が逆の立場だったら、同じように理不尽に感じていたはずだ。
私自身、今にも彼らの真後ろの噴水が光りだして「遅くなりましたー」とか言いながらカレンが召喚されるのでは……とか、本当は期待してしまっているし。
だけどリージャス家を侮辱する彼らの言葉に、安易な同意をするわけにはいかない。
私の意識は異世界から転生してきた一般人に過ぎないので、貴族としての誇りとか、家門の威信を守るとか、そういった感情はまったくないのだが……私を守るために力を尽くしてくれた女王陛下、ラインハルト、ノア、シホル……そんな人たちがいる以上、今は花乙女として振る舞うしかないのだ。
そう決意を固めた私は、改めて笑みを形作る。
イメージはアンリエッタ――ではなく、いつか見たノアの笑顔。浮かべないほうがマシに思えるほどの、壮絶におどろおどろしい笑みだ。
私を見た四人が、わずかに後退る。
「そう。あなたたちの言い分は分かったわ」
寛大に頷いてみせつつ、まなじりを決して宣言する。
「それなら私は今月末の授業で、あなたたちが目玉をひん剥くような魔物と契約してみせる」
「……なんだって?」
「つまり私が実力を示せば、何も文句はないということでしょう?」
しばらく固まっていたニールと女子生徒が、ぷっ、と噴きだす。
「初級魔法すら満足に使えない君に、そんな真似が叶うと?」
「ええ。できますとも。私は正真正銘の花乙女だもの」
不快な笑い声が響く中、不遜に言い放った私は髪を掻き上げて、目を眇める。
「――それで、言いたいことはそれだけかしら? 気が済んだなら、さっさと解散してもらえると助かるわ。つまらない見せ物を、女神様にいつまでも見せるわけにはいかないから」
傲慢な物言いに、二人が顔を引きつらせる。
まだ何か言い返そうとしてきたニールだったが、後ろの二人がそれを止めた。これ以上はさすがにまずい、とその目が言っている。
彼らはこちらをちらちら見て文句を言いながらも、その場を去って行く。
それを無言で見送り……興味を失った観衆も解散し始めたところで、私はようやく肩の力を抜く。
ずっと傍についていてくれたイーゼラが、そっと声をかけてきた。
「アンリエッタ……大丈夫ですの?」
あんなことを言ってしまっていいのか、という意味ではないだろう。イーゼラは私の顔を見て心配そうな顔をしている。たぶんそれくらい、今の私はひどい顔をしているのだろう。
「うん。私は平気」
作り笑いを浮かべてから、私は頬をかく。
「でも、ちょっと散歩でもしてこようかな」
「……わたくしもついていきましょうか?」
「ううん。大丈夫」
イーゼラは無理についてこようとはしなかった。
彼女の気遣いに感謝して、私はその場を足早に離れる。といっても、行き先は決まっていなかった。とにかく、人の目がないところに行きたかっただけだ。
夕焼けに染まる道に、私の影が黒く伸びている。その影がさらに濃くなったとき、ようやく私は足を止めた。








