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【書籍②発売】最推し攻略対象がいるのに、チュートリアルで死にたくありません!【コミカライズ連載スタート】  作者: 榛名丼
第2部

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第64話.暗殺者の青年

 ロキは、これまた整った容姿を持つ若々しい青年だ。少し癖のある青髪に、前髪の一部にはピンク色のメッシュを入れている。作中最も高身長であるノアに迫るほど背が高いのも特徴だ。丈の長いオーバーサイズのコートは黒を基調としており、差し色にはオレンジ色が使われている。


 暗殺者にしては全体的にやたら目立つ外見だが、自分の姿を目撃される前に相手の命を絶つ技量を持つので、目立たない格好をしないという考え自体が本人にないらしい。強者の理論である。


 どこか冷めた光を宿す水色の瞳に見下ろされて、私は息を詰める。

 一週間前、「私を見ているのはどなたですか?」と呼びかけてみたものの、まさか本当に学園に忍び込んでいたなんて……。


 動揺していると、ロキもまた数秒遅れて驚いていた。


「……え、ちょっと待って。なんでおれの名前知ってんの?」


 素でびっくりしたように、彼は水色の目を見開いている。

 もともと表情の変化に乏しい青年だが、珍しく率直な驚きが伝わってくる顔を前にして……私はしまったー! と頭を抱えそうになった。


 そうだ。どう考えても、私がここで彼の名前を知っているのは不自然である。

 なぜならアンリエッタとロキは、完全なる初対面であり……しかもロキは暗殺を生業としている青年なのだ。一般人に顔や名前が割れているわけがない。


 どうしよう。どうにかして、うまく誤魔化さないと。

 私は目を泳がせながらも、どうにかそれっぽい理由を絞りだす。


「か……勘です」


 ロキはちょっと抜けたところがあるし、これで納得してくれないだろうか。一縷の望みを懸けて見上げると、ロキはこてりと首を傾げていた。


「え? 勘で人の名前なんて、当てられるわけなくない?」


 ……おっしゃる通りです!


 あっさり論破されてしまった私は、彼が下りてきた木の幹を挟んでロキと向かい合う。私はじりじり後退して幹を中心に回るのだが、そのたびロキは距離を詰めてきた。


「それで、どうしておれの名前知ってんの? それも花乙女の能力ってことかな。あっ、花乙女って予知夢とか見られるんだっけ。ってことは、おれが君の夢に出てきたとか?」

「そ、それは、その」

「というか、前も隠れてるおれに気づいたよね。あれ、本当にびっくりしてさ。だって隠蔽魔法で自分の気配も魔力も遮断してたんだもん。今まで誰にも気づかれたことなかったのに」


 ひいい!


 ぺらぺら喋りながら迫ってくるロキに邪気はないが、私は逃げるしかない。

 繰り返してきたが、彼の生業は暗殺者である。見逃せないのは、バッドエンドだと彼に殺される……という凄惨な結末が待ち受けていることだ。


 ロキは攻略対象でありながらも、年齢や誕生日その他、プロフィールの多くが空欄となっている。

 雇い主については何度か匂わされていて、邪神ドロメダの暴徒を思わせるような描写もある。でも、正確なところはルートをクリアしても明らかにならないという、ミステリアスな攻略対象だ。プロデューサーのインタビュー記事には、年内発売予定だった『ハナオト2』で前作の人気キャラであるロキの秘密も明かされます……みたいなことが書かれていた覚えがある。


 となるとモブ令嬢の私なんて、もはや容赦なく殺される可能性が高い。

 大量の汗をかいた私はロキに背を向けると、脱兎の如く走りだした。頭の中の整理はつかないけど、今はとにかく逃げるしかない。


 ロキより強いだろう人物――ノアのもとまで!


「あれ? ねぇ、この木剣いらないの? おーい」


 後ろから呼びかけられるが、足を止めるわけにはいかない。全力疾走して、授業をやっている訓練場へとどうにか戻ってきた。


「お、お兄様、お兄様!」


 他の生徒を指導していたノアは、息を切らして騒ぐ私を見るなり眉を寄せる。


「……アンリエッタ、今は授業中だ。先生と呼ぶように」

「お兄様ぁ!」


 私はノアの言葉を遮りながら、涙目で呼ぶしかない。

 だって、私はカレンじゃない。何かひとつでも対応を間違えただけで、あっさりロキに殺されるかもしれないのだ。そんなの怖すぎる。


「……分かった。分かったから、少し落ち着け」


 命の危険を感じて震える私に、ノアが近づいてくる。

 両肩に、そっと彼の手が置かれる。がっしりとした武人の手だ。その感触に、焦りと恐怖で満たされていた心が少しだけ軽くなるのを感じた。


「今は授業中だから、お前の話は聞けない。その代わり、放課後に必ず時間を作る。……それで納得できるか」


 どうだ、と確認するようにノアがまっすぐ私を見つめる。


「……は、はい。分かりました」


 泣くのを我慢して、なんとか頷く。するとノアが、ゆっくりと手を伸ばしてきた。

 大きな手が、私の頭の上を何度か行き来する。数秒後、手を離したノアは訓練場に散らばる生徒たちに向かって声を張った。


「今日はここまでだ。各自、分からなかったところは次の授業までに復習してくるように」


 ぽかんとしていた生徒たちが、慌てて「はい!」と応じる。

 片づけについては職員に任せるようで、ノアは一足先に訓練場を出て行く。その背中を見送りながら、私は感触の残る頭を押さえて唖然としていた。


 あれ? 今……ノアに頭撫でられた?

 びっくりして涙の引っ込んだ私と離れていくノアとを見比べ、周囲がざわつく。


「今、リージャス先生が……」

「アンリエッタ・リージャスの頭を……?」

「撫で…………?」


 なんともいえない空気の中、イーゼラがよく通る声で言う。


「わたくし、驚きましたわ。杖の件でも噂になってはいましたが……"カルナシアの青嵐"が妹を溺愛しているというのは、純然たる事実でしたのね!」


 そんな一言が広い訓練場に響き渡り、その日のうちに学園中を駆け巡ったのは言うまでもないことである。



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