第62話.ノアの授業
その日も、午前中はすべて特別授業で埋め尽くされていた。
私は普通教室とは離れた教室で、先生たちからマンツーマンの指導を受ける。物を浮かせる、引き寄せるなど、生活魔法と呼ばれる簡単な魔法については問題なく発動できる。でも、相変わらず詠唱を伴う魔法となるとうまくいかなかった。
食堂で食事を済ませた私は、午後になると訓練場に向かった。集合場所は、樹木に囲まれた広々とした訓練場だ。
すでにクラスメイトのほとんどは集まっていた。私を含めて全員が制服姿なのは、防護魔法を施されているので運動着として使っても支障ないのと、汚れを浄化する中級魔法の練習を兼ねているからだ。私のようにうまく魔法が使えない場合は、他の生徒に頼まなきゃだけど。
訓練場には全体的に浮ついた空気が流れており、私のほうに注目している人もほとんどいない。これは女王陛下の意向が早くも広まっているおかげなのか、あるいは単純に今日の授業が楽しみなのか……うーん、どっちもかな。
それにしても、エルヴィスがどこにも見当たらない。前の授業の関係で遅れているのかと小首を傾げていると、訓練場に特別講師であるノアが姿を現した。
彼の顔を見るなり、生徒たちはすぐに静まり返る。教え子たちを一箇所に集めたノアは、まず先週の座学の振り返りから始めた。
「それでは、アンリエッタ・リージャス。魔法剣とは何か述べてみろ」
「は、はい」
指名された私は、頭の中で習ったことを整理しながら言葉にする。
「魔法剣は魔鉱石を填め込まれた特殊な剣のことで、使用者の素養に関係なく魔法を打つことができます。炎の魔法剣を使えば、炎魔法が苦手な魔法士でもその魔法を使うことができます」
私の回答を受け、ノアが頷く。どうやら及第点のようだ。
彼は学園の職員が運んできた剣立ての前に、生徒を一列に並ばせた。
「これから、ひとり一回ずつ魔法剣を試してもらう。どの剣を選んでも構わないが、自分が苦手とする属性の魔法剣を選ぶことを推奨する」
どさくさに紛れて三番目に並んだ私は、剣立てに目をやる。やっぱり、派手に魔法を放てるイメージなのは基本四属性――特に水・炎・風のどれかだ。
今回は炎の魔法剣を選んでみた。長剣は私の手には重いので片手剣にして、他の生徒を巻き込まないように距離を取る。
どきどきしていると、順番はすぐに来た。
「魔法剣を扱う場合は詠唱自体は必要ない。あちらに向けて、剣を振ってみろ」
私はノアの指示に頷き、鞘から剣を抜く。そして、人のいない方角に向かって高く振り上げた剣を斜めに振り下ろしてみた。
「――やぁっ!」
いわゆる袈裟斬りだ。動きとしては素人のそれだったけど、剣先から猛然と放たれた炎は地面を波のように伝い、土の表面を焦がしながら消失する。
私は頬を紅潮させて、自分が放った炎魔法の威力に感動していた。
「す、すごいっ!」
魔法剣さえあれば、もはや全属性の魔法なんて覚えなくてもいいのでは?
この剣、買い占めたい。欲望で目をぎらぎら輝かせる私の手元で、刀身がバキッと音を立てて折れ、魔鉱石が粉々に砕けてしまう。
「……このように中級魔法程度の魔法を放つことができる魔法剣は非常に高価だが、一定の使用回数を超えると壊れてしまう。魔法剣はあくまで補助的なもの、と考えたほうがいいだろう」
その光景を見ていたノアが言い添えた。残念ながら、何本も持ち歩くのは現実的ではなさそうだ。
ひとり一回ずつのお試しを終えたところで、次は剣術の指導に移るという。
生徒たちはそれぞれ木剣を手に取って散らばる。未だに炎魔法を使えた興奮冷めやらぬ私だったが、いつまでも恍惚としているわけにはいかないので、先ほどの魔法剣と同じくらいのサイズの木剣を手に取った。
「右手はこの位置、左手は柄頭を持て。指はこのように」
ノアは分かりやすく説明をしてから、お手本としていくつかの構えを取る。カルナシア王国でもいろんな剣の流派があるそうだが、基本の構えはだいたい決まっているのだ。
軽く剣を振るうノアの姿には、それこそ刃のように鋭く研ぎ澄まされた美しさがあった。一緒に剣を振るう練習をするはずが、その姿に見惚れてしまっている生徒も多い。
「それでは、各自練習に入れ。分からないことがあれば確認するように」
そんな言葉を合図に、わらわら、とものすごい勢いで生徒たちがノアに群がっていく。
「リージャス先生! 剣の構え方をご指南ください」
「僕にもお願いします」
「あの、どうか私にも……!」
リージャス先生リージャス先生、と目を輝かせて頬を染めて、大騒ぎの生徒たち。うん、やっぱり全員ラインハルトに見える!
そして大量に発生したラインハルト相手に、ノアは「正しい姿勢は……」「膝に入れる力は……」など淡々と指導している。温度差のある光景だ。まさにノアとラインハルトの関係のようである。
さて、私も素振りからスタートしてみよう。そう思いながら構えようとしたところで、隣で「やぁっ」「せやっ」と木剣を振る少女の姿に気づく。
「あ、イーゼラ。精が出るね」
見るからにやる気を漲らせているイーゼラは、以前のように私の発言をいやみに受け取ることもなく縦ロールをなびかせる。
「ええ。魔法士というのは、どうしても詠唱時に無防備になるものですもの。一流を目指すには、魔法と剣、どちらの扱いにも慣れておくべきですわ。それに……」
「それに?」
きりり、とイーゼラが表情を引き締めて答える。
「わたくし、エーアス魔法学園で年に一度だけ行われる闘技大会に出場したいんですもの!」








