第61話.襲撃後の朝
翌日の朝。
朝食を済ませてから顔を見せに行くと、女王陛下は心苦しそうな様子だった。
「ああ、アンリエッタ。昨晩は怖い思いをしたな」
襲撃の件については、とっくに女王陛下の耳に入っていたのだろう。
敵の狙いが私だったのかは、依然不明のままだ。でも私を招いた立場として責任を感じているようで、女王陛下は昨日よりも硬い口調で続ける。
「王城から人をやって、学園の常駐警備を増やさせることにした。それでも安心とは言い切れないだろうが……」
「いえ。お心遣いに感謝いたします、女王陛下」
エーアス魔法学園には貴族の令息令嬢が三百人近く通っているので、普段から多くの護衛騎士が見回っている。それにノアが強化したという結界も施されているので、昨日の襲撃者もおいそれと侵入はできないはずだ。
王城を辞した私は、ラインハルト、シホルと共に馬車に乗り込む。馬車の周りは、馬に乗った【王の盾】の面々が警護していた。
「お嬢さん、おれは学園の中まではついていけないけど……何かあれば、すぐにノアを頼って。あまりひとりでは行動しないように」
「はい、分かりました」
隣のシホルの言葉に、私は頷く。シホルは対面に座るラインハルトにも声をかけた。
「ラインハルト殿下も、お願いしますね」
「……ああ」
ラインハルトも素直に首肯するものの、なんだか空気が張り詰めている。昨日の襲撃があったから、二人とも周囲に対して神経が過敏になっているようだ。
しかし王城から学園までは、まだ時間がかかる。この場限りでも重い空気を払拭しようと、私はなんとか話題を捻りだした。
「そっ、そういえば殿下。まだ、お兄様へのプレゼントについて話してませんでしたね!」
声を上擦らせながら言うと、二人分の視線が集まる。
ラインハルトほいほいの話題を出してみると、いろいろあったせいか表情は冴えないものの、やはりラインハルトが食いついてくる。
「前に話していたな。ノアさんには何を贈ったんだ?」
ふふん、と私は胸を張る。
「王都屈指の人気パティスリー……『果実のささやき』のタルト・シトロンです!」
私はタルト・シトロンのおいしさポイントについて説明する。ゲームで登場したときにもおいしそうだと思っていたけど、実際に食べてみたらキャシーと一緒にハマってしまい、今は全メニューを制覇しようと目論んでいるところだ。
「……というわけで、甘さが控えめなので男性にも受けがいいスイーツなんですよ」
そう締め括ると、ラインハルトが顎を引く。
「確かに母上も、『果実のささやき』のパティシエをたまに王城に呼んでいるな。何度かお茶会のスイーツを担当させたところ、かなり評判がいいと聞いた」
おお、店に行くのではなく自分のところに呼んじゃうのがザ・王族って感じだ。
そう感心していると、ラインハルトがついでのように付け加える。
「聞いたところ、王城専用に作った限定スイーツもあるそうだ」
「えっ、そうなんですか!?」
王城でしか振る舞われない限定スイーツ? なにそれ、すっごく気になる。
だけど私、王城でのお茶会とか集まりとかに呼ばれたことってほとんどないんだよね。仕事人間のノアも、そういう付き合いの場に出ている印象はほとんどない。
限定スイーツは気になるけど、腹に一物も二物もある貴族相手に笑顔を浮かべながらの食事では、味もよく分からなくなりそうだ。結局、自分の部屋でおやつの時間をのんびり楽しむくらいが、私の性に合っている気がする。
「でも、お兄様が食べてくれたのかは分からないんですよね」
あれからいろいろ忙しくて、感想を聞きそびれてしまったのだ。照れ笑いを浮かべていると、ラインハルトが呆れ顔を向けてきた。なんだその顔は。
そこで口を開くのはシホルだ。
「お嬢さん。それならノアは気に入ったみたいで、しっかり完食してたよ。おれも一緒にもらったけど、おいしかった。ありがとう」
「まぁ! お兄様だけでなくダレス卿のお口にも合ったなら、何よりです」
私は両手を合わせて喜ぶ。ノアとの付き合いの長いシホルが言うなら、間違いないだろう。
たまにはゲームの知識もちゃんと役立つんだな。良かった良かった。
にこにこしていると、シホルが「あれ?」とわざとらしく首を傾げる。
「お嬢さん、昨夜は呼び捨てにしてくれたのにどうしたの?」
「うぇっ?」
思いも寄らない問いかけに、私は変な声を出してしまう。
昨日は聞き流してくれたのに……彼は甘い笑みを浮かべながら、ゆっくりと顔を近づけてくる。迫ってくる美貌を前にした私は、慌ててお尻を動かして横移動するのだが、シホルはじりじり追いかけてきた。
「おれ、お嬢さんにそう呼ばれたとき、少しだけ距離が縮まったみたいで嬉しかったんだけどな……?」
そ、そこで悲しげに眉尻を下げるのは反則じゃないだろうか。
困って視線を泳がせると、なぜかむっすりとした顔でラインハルトがこちらを睨んでいる。
これは、もしかして……「憧れのノアさんの副官を呼び捨てるとは、いい度胸だな」的な視線なんだろうか。向こうから要求されているのに理不尽すぎる。
だがこのままではシホルは納得しないだろう。困り果てた末に、私は覚悟を決めた。
「で、では、その……シホル、で」
「うん。お嬢さん」
シホルが満足そうに笑う。
「ごほんっ、ごほんっ!」
そのタイミングで、急にラインハルトがそっぽを向きながら咳をした。
私は咳の激しさに、少し心配になってくる。
「ラインハルト殿下。もしかして、昨夜はバルコニーに出ていたから風邪でも引いたのでは?」
「違う。王族は風邪など引かん!」
気遣ったというのに突っぱねられた。いや、王族だってたまには風邪くらい引くんじゃ……。
シホルはそんな私たちを何やら生温かい目で眺めてから、話題を戻した。
「……それでさっきの話なんだけど、『果実のささやき』のタルトを買って帰ってやったら妹たちも大喜びでさ。おれはそういうの疎いから、助かったよ」
ふむ。ラインハルトは放置することにして、ここは乗っておこうかな。
「それは何よりです。他にもおすすめのスイーツがあってですね……」
私は人さし指を立てて熱く語る。そのあとはスイーツ談義で会話が弾んだ。
学園の前に到着すると、【王の盾】のひとりが馬車のドアを開ける。先に降りて私に手を差しだしてくれたのは、シホルではなくラインハルトだ。
やや気まずい空気になっていたので、少し意外だったが……私は彼の手をそっと取った。
「ありがとうございます、殿下」
基本的に学生には寮生活が義務づけられているものの、週明けというのもあって車停めには多くの馬車が停まっている。そのため周りの生徒たちから注目されているのだが、視線を受けるラインハルトは殊更気にしている素振りも見せなかった。
「それじゃ、お二人とも。お気をつけて」
シホルと【王の盾】に見送られて、私たちは共に正面扉から敷地内に入る。護衛である彼らは、学園の敷地に踏み込む許可を持っていないからだ。
寮や家から学園の門前までならば、護衛や侍女、従僕を連れていくことはできる。しかし学園内で連れ歩くことは王族といえども許されていない。花舞いの儀の日は、特例としてノアの護衛が許されたのだ。
そのため、学園内には警備の騎士が常に配置されているわけだけど……さっそく女王陛下の命令が行き渡っているようで、騎士の数は見るからに多くなっている。物々しい雰囲気を感じてか、行き交う生徒たちも戸惑いがちだ。
別れ際、ラインハルトは太い眉を寄せながら言った。
「シホルも言っていたが……気をつけろよ、アンリエッタ。王城だけじゃなく、学園内も安全とは言い切れないかもしれないからな」








