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【書籍②発売】最推し攻略対象がいるのに、チュートリアルで死にたくありません!【コミカライズ連載スタート】  作者: 榛名丼
第2部

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第59話.闇の従魔

「……お前は、いやなのか?」

「えっ……と」


 私は意味もなく、自分の横髪に触れながら目を伏せる。


「あの、別にいやというわけでは……」


 なくてですね、と行き着く先も見えないまま弁解しかけたときだった。

 三階にいるというのに、私の頭上に黒い影が伸びてくる。怪物が巨大な顎を開くようにして、その深く濃い影が私の顔へとかかった。


「――え?」


 何も反応できないまま、闇に呑み込まれかけた瞬間。


「アンリエッタ!」


 異変に気づいたラインハルトが私を抱きしめて、一緒に床に倒れる。

 それと入れ替わるようにして、室外に躍り出ていたのはシホルだった。得体の知れない黒い影を躊躇なく剣の柄で殴りつけながら、共にバルコニーの向こう側に転がり落ちていく。


「シホル!」


 ラインハルトの手を借りて起き上がりながら、私は慌てて叫んだ。

 手すりから身を乗りだすようにして目を凝らすと、三階から落下したシホルの姿が闇の中にぼんやりと見えた。


「お嬢さん、怪我はない?」


 シホルは敵に視線を固定したまま、確認してくる。今まさに正体不明の敵と向かい合っているのは自分だというのに、私の心配をしているのだ。


「大丈夫! 私も殿下も、大丈夫だから!」


 目の前の敵に集中してほしい。そう伝える前に、ゆらゆらと揺れる影がシホルに襲いかかる。


 ぐわっ、と闇に覆われた太い腕のようなものが伸び、シホルの喉笛を掻き切ろうとする。

 シホルはその鋭い攻撃をステップで躱しながら、鞘から剣を抜く。お返しというように一気に距離を詰めて、敵に肉迫した。


 しかしシホルが剣の切っ先を突きだした瞬間、敵の姿は霧のようになって掻き消えてしまった。


「えっ? 今のは……」


 私は目をこする。何かの見間違いかと思いきや、シホルが声を張って説明する。


「こっちの攻撃が当たる直前に霧散した。たぶん闇属性の魔物だ」


 シホルは魔物を牽制しつつ、光魔法を詠唱する。


「【コール・ルーメン】――彼の者を取り巻く闇を払い、姿を示せ!」


 中級光魔法。シホルの足元に、対応する魔法陣が浮かび上がる。

 だが、魔物の様子に変化は見られない。光と闇はお互いが弱点属性に当たるが、一方が圧倒的な力量を持つ場合はその法則は適用されず、魔法が弾かれてしまうのだ。


「あー、やっぱりダメか。おれ、光魔法苦手なんだよなぁ」


 シホルがぼやく。

 光と闇の魔法は使い手が限られている。おそらくシホルは初級光魔法までしか使えないのだ。今のは一か八かで唱えてみたのだろう。


「それなら、オレが!」


 とすかさず名乗りを上げるのは、炎魔法の次に光魔法を得意とするラインハルトだ。


「【コール・ルーメン】! 彼の者を取り巻く闇を払い、姿を示せ!」


 階下に向かって、ラインハルトが威勢良く魔法を放つ。だが、結果は同じだった。


「なっ……」


 絶句するラインハルト。光魔法にはそれなりの自信があったからだろう。

 しばらくの睨み合いに飽きたのか、ゆらゆらと輪郭を揺らしていた影がシホルに接近する。


「危ない!」


 だが、繰りだされた魔物の腕はシホルの髪を掠めただけだった。というのも、魔物が攻撃の直前に姿勢を崩したからだ。

 でも、影なのに転ぶなんてことがあるのだろうか。疑問に思っていると、さらりとラインハルトが解説してくれた。


「影のように見えるだけで、あれは実体のある魔物なんだろうな。詠唱は聞き取れなかったが、おそらくシホルは足元に土魔法を仕込み、それを魔物に踏ませることで体勢を崩させた。光魔法で周囲を照らさないのは、罠の存在に気づかれたくなかったからだな」


 なるほどと頷いていると、闇の中でもシホルがうっすらと笑ったのが分かる。


「今のに引っ掛かったか。最初に殴りつけたときもそうだったが……やっぱり攻撃の瞬間は、実体化せざるを得ないみたいだな」


 彼は早くも、攻撃の糸口を掴んでいるようだった。


「シホル殿!」

「加勢します!」


 そこに、騒ぎに気づいた王城の騎士たちが明かりを手に集まってくる。

 だが駆けつけたタイミングが悪かった。隙ができたと見て取った魔物が、ものすごい勢いで逃げていく。庭園の花壇から木々へと飛び移り、そのまま一気に遠くへ……。


 何人かの騎士がそれを追うが、シホルは剣を収めていた。月明かりしかない夜闇の中で、あんなにすばしっこい相手を追うのは困難だと判断したのだろう。

 足元に風魔法をまとわせたシホルが、ひょいひょいと壁を伝って三階まで戻ってくる。


 先ほど飛び降りたバルコニーから彼が姿を現したとたん、私は無我夢中で飛びついていた。


「シホル、大丈夫!? 怪我は!?」


 シホルは私の剣幕に驚いたようだったが、降参するように両手を上げてみせる。


「大丈夫。怪我ひとつしてないですって」

「良かった……」


 ホッとした直後、身体がぐらりと傾く。そんな私を、慌てて手を伸ばしたシホルが支えてくれた。


「お嬢さんっ?」

「ご、ごめんなさい。力が抜けちゃって」


 ていうか……今、とっさにシホルのことを呼び捨てにしちゃったかも?

 謝ろうかと思ったが、シホルは小さく微笑むと、私の肩をぽんぽんと優しく叩く。きっと普段から、こんな手つきで弟妹に触れているのだろう。


「ごめんね、心配かけて。おれ、なんともないよ」

「は、はい……」


 頷き返すと、シホルが私の肩から手を離す。

 彼は忙しなく、ラインハルトの護衛騎士たちと話し始めた。魔物について詳しい情報を共有しているようだ。


 会話が一段落すると、次はラインハルトが話しかける。


「さすがだな、シホル」

「あの魔物、まったく殺気がありませんでしたから。こっちが逃がしてもらったようなものです」


 自身の功績を誇るでもなく、シホルがあっさりとした口調で答える。


「あいつ、なんだと思う?」

「少なくとも、ただの魔物ではないですね」


 シホルの言わんとするところに、ラインハルトはすぐ思い至ったようだった。


「何者かの従魔、ということか」

「間違いないかと。いくつか候補の魔物名は浮かびますが……何しろ姿が見えませんでしたから、断定はできません」

「狙いは、俺と考えるべきか。あるいはアンリエッタを……?」

「それは…………」


 シホルとラインハルトは、まだ何か話している。私はその会話の断片を拾いながら、首を傾げた。


 闇属性。それに、姿の見えない従魔……?

 何かが記憶を刺激した気がするが、その正体は判然としなかった。


        ◇◇◇



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