第57話.自由な恋
「もしも相手がいないのであれば、我が愚息はどうか――と思ったのだが」
「母上……!」
ラインハルトが抗議の声を上げるのをよそに、私は考える。
意中の相手。そう言われて真っ先に頭に浮かんだのは、エルヴィス様の立ち絵である。
何せ彼こそ私の推し。私の生きる幸せ。どんなゲームをプレイしても、最終的にエルヴィス様のもとに「浮気してごめんなさい!」と帰ってきてしまうくらい、前世の私はエルヴィス様に全身全霊で愛を注いでいた。だけど私が調合を邪魔したせいで、この世界の彼はエルヴィス様ではなくなってしまったのだ――。
「……ふむ。遠く恋い焦がれるような目をしているな。相手はいるが、結ばれてはいない。それなら、いくらでも隙はあるか……?」
何やらぶつぶつと呟いてから、女王陛下がさらに質問を重ねる。
「それでは、アンリエッタ。愚息のことはどう思っている?」
「母上!」
真っ赤っかになったラインハルトが、テーブルを叩いて立ち上がる。女王陛下はそんなラインハルトを一瞥すると、ふっと笑みを漏らした。
「命を救い、救われた関係なのだろう? その出来事をきっかけに、愚息はそなたに少なからず好意を抱いておるようだが、そなたのほうはどうだ?」
「……~~っ!?」
もはや母上連呼もできなくなったラインハルトが、唇を戦慄かせている。
が、それは女王陛下の勘違いである。ラインハルトの場合、好意を抱いている相手は私ではなくノアだ。ただでさえ、私をダシにしてノアに接近しようとしている前科があるのだから。
だからといって、そんなことを事細かに実の母親に伝えるのも憚られる。
私は少しだけ考えてから、口を開いた。
「恐れながら、女王陛下。私は未熟な身です。今は恋愛のことなんて、まったく考えられません」
女王陛下だけでなく、ラインハルトやシホルが私のほうを見つめる気配がした。
「陛下を始めとして、国中の人々が心待ちにしていた花乙女に選ばれた――という自覚もなければ、それに相応しい能力も備えていません。ですから、今は研鑽に励むべきだと思うのです」
カレンが恋に魔法に、と最高にリア充な学園生活を送れていたのは、それが許される実力があったからだ。残念ながら、私は彼女のようにはできない。
そこで私はいったん言葉を切り、控えめに女王陛下を見つめる。
「陛下。ひとつだけ、質問してもいいでしょうか」
「良い。なんでも答えよう」
寛容な彼女に、おずおずと質問を投げかける。
「先ほどもそうでしたが……どうして、なんの能力もない私をそこまで買ってくださるんですか。本当に花乙女なのかどうか、他の方のように疑わしいとは思わないんですか?」
私の能力値の低さを知っているなら、謁見の間にいた宮中伯のような反応をするほうがよっぽど自然だと思う。
それを聞いた女王陛下は、目を丸くしてから笑う。
「不安そうにそんな問いを向けてくる時点で、疑う理由がなくなるが……そうだな。女神の判断以外の理由を挙げるとするなら――それは、ここにいる愚息にある」
視線を向けられたラインハルトが、表情を引き締める。対照的に、女王陛下は少しだけ優しい目をしていた。
「ラインハルトは以前より、頑固で人を見下すきらいがあった。だが……そなたと出会ってからは、周囲の声によく耳を傾けるようになった。権威を振りかざして、一方的に他者を切り捨てることがなくなった。それでも、王の器にはまだ程遠いがな」
しかしその内容に耐えかねたのか、無言のラインハルトの頬にはじわじわと朱色が上っていく。
女王陛下は楽しげに笑みを漏らしながら、私に視線を戻した。
「アンリエッタ。愚息の命を救うのみならず、こやつに変わるきっかけを与えてくれたそなたに、わたくしは女王として、母親としても感謝している。こうして王城に呼んだのも、そなたに褒賞を与えるためだ。わたくしなりの礼だが、きっとうまく機能するだろう」
そういえばもともと、褒美を与えるからと呼ばれていたんだった。
「なるほど……謁見の間で私を庇ってくださったのは、そういうことだったんですね」
私が納得していると、シホルが付け加える。
「それだけじゃないよ、お嬢さん。女王陛下は、帰り際の重臣たちに深紅のドレスをまとったお嬢さんを見せつけている。これは彼らへのダメ押しだ。――お嬢さんへの攻撃は、陛下を敵に回すことに直結するってね」
「あ……」
その言葉によって、ようやく私は女王陛下の行動すべてに意味があったことを知る。
ノアやシホルが言葉の端々に女王陛下への信頼を覗かせていたのも、招待の時点で彼女の目的に勘づいていたからかもしれない。
「今日、謁見の間に呼んであったのはエーアス魔法学園に通う子を持つ重臣だけだ。立場を弁えている貴族家であれば、そなたに余計な手出しをしようなどとは考えなくなるだろうよ」
「あ、ありがとうございます……!」
私が頭を下げると、女王陛下が緩く首を横に振る。
「かしこまる必要はない。これは、そなたへの礼なのだからな」
ところで、と女王陛下が目を光らせる。
「話を戻すぞ。そなたの気持ちはよく分かったし、実に立派な心がけだとも思う。だが、研鑽にばかり明け暮れることをわたくしは許さない」
「……え?」
唖然とする私に、彼女は凜とした声音で言い放った。
「――自由に恋をしろ、アンリエッタ」
その思いがけない内容に、私はしばらく呆気に取られる。
「恋……ですか?」
「そうだ。恋をした花乙女は、さらに強くなる。それは王国の歴史が証明していること」
恋と魔法。『ハナオト』のテーマでもあった二つは密接に繋がっている――。
その言葉にえも言われぬ感動を覚えていると、女王陛下が表情を和らげる。
「相手が愚息であれば、わたくしとしては嬉しいこと尽くしだ。この通り、容貌はわたくしに似てよく整っている。学園でもそれなりに優秀で通っているし、そなたのおかげで心構えにも変化が見られる。親の贔屓目かもしれぬが、将来性には期待できる男だ」
「ははぐッ」
ラインハルトが勢いよく下を向く。どうやら舌を噛んだらしい。なんだか既視感……。
しかしドジをやらかすラインハルトを見守る余裕はなかった。息子を熱烈にアピールする女王陛下から、強い眼差しを向けられているからだ。
でも、ラインハルトと私が恋って……ゲームでは攻略した相手だし、エルヴィス様には負けるものの、彼にも魅力があるのはもちろん知っているけど。
それにゲームと現実はまた違っている。最初は尊大で横柄な態度ばかり取られてうんざりしてたけど、次第に素の表情も見えてくるようになった。ノアへの一途すぎる思いのせいか、時折意味不明の発言をすることもあるが、基本的にはまっすぐで、案外面倒見のいいところもあって……。
戸惑う私と、テーブルの対面に座る彼の目が合う。
「……!」
「……!」
お互いの顔が、同じようなタイミングで熱を持っていくのが分かった。
私は慌てて目を逸らす。沈黙を続けるのも心臓に良くない気がして、なんとか口を開いた。
「じょ、女王陛下」
「ん?」
「今は、どうか、お許しください……」
上擦った声で懇願すると、真顔の女王陛下にまじまじと見つめられた。
「アンリエッタ。そなたは実に愛いな」
私が顔を赤くしたまま黙り込んでいると、女王陛下は思いついたかのように言う。
「そうだ。もう夜も遅いし、今日はシホルと共に泊まっていくといい。大事な花乙女を、こんな時間に帰すわけにはいかぬからな」
「でも、明日は授業が……」
「制服も持参しているのなら問題なかろう。明日は愚息と共に登校するといい」
食事会を締め括るように、女王陛下はにっこりと笑ったのだった。








