第56話.晩餐会
私たちが晩餐室に到着してしばらく、女王陛下とラインハルトが連れ立って現れた。
私を見るなり、ハッと目を見開いた女王陛下が近づいてくる。彼女は胸元が大きく開いた大胆なドレスに着替えていた。装飾品が少ない格好をしていると、さらに美しさが引き立てられる。
「思った通りだ。美しいな、アンリエッタ。そなたの銀の髪に、赤色はよく映える」
「も、もったいないお言葉です……」
髪に触れられた私は、照れ笑いを浮かべて答えるのがやっとだ。自分の記憶が疑わしくなってきたんだけど、女王陛下って攻略対象なんだっけ?
「陛下。次からはノアにも赤薔薇をつけるように言っておきましょうか」
横から割り込むシホルの言葉に、女王陛下はますます笑みを深める。
「シホル。わたくしは為政者としては寛容なほうだと自負しているが、あまり口が過ぎると仕置きしてしまうかもしれぬぞ」
……こ、怖い。傍で聞いているだけの私でも冷や汗をかくほどの最後通告だったが、シホルは余裕の笑みを崩さない。
「これはこれは。差し出口を失礼しました」
たぶん、これくらいの胆力がないとノアの補佐なんて務まらないんだろうな。
そしてシホルが前に出て女王陛下を牽制し続けているのは、ひとえに私を守るためだろう。私ひとりでは、ぐいぐい来る彼女の猛攻を躱すことなんてできないからだ。
温度のない笑みを交わし合うシホルと女王陛下を前に、それまで黙っていたラインハルトが口を開く。
「陛下。ひとまず、お食事にされてはいかがですか」
鶴の一声により、それぞれが用意された席についた。
広いテーブルに着いたのはたった三人だ。上座の女王陛下と、その横に向き合う形で座る私とラインハルト。壁際に控えるシホルは、あとでひとりで食事をとるという。
「ノアに似て堅苦しくなったな、シホル。王国全土で、この城ほど安全な場所はないというのに」
「警戒しているのは、外敵だけではありませんからね」
独特の緊張感の中、次々とテーブルに運ばれてくる料理は見た目からして美しく、まるで芸術品のようだった。
私は豪勢な食事に舌鼓を打ちながら、女王陛下といろんな話をした。学園での出来事、街中でラインハルトを助けたときのことなど、せがまれるままに話をする。
「ふ、ふふっ。アンリエッタ、そなたは本当におもしろいな」
話の途中、女王陛下は何度か堪えきれないように笑みをこぼした。
「筋肉量が三倍になるブレスレットなど、く、くく、その細腕にはあまりに不釣り合いだろうに。腕ばかりが筋骨隆々になったそなたなど、わたくしは見たくはないぞ?」
……中でも、私が魔法具ハイに陥った話が爆発的にウケていた。
些か不本意ではあるが、楽しそうにしている女王陛下を見るのはなんだか嬉しい。麗人が笑み崩れる姿に胸ときめかせた私は、腕を前に出すと力こぶを作ってみせる。
「でも、魔力を練り上げる速度が五倍になるという触れ込みだったんです。それに腕がムキムキになれば、物理的にも強い魔法士になれるなと!」
「あははっ……! もうやめてくれ、アンリエッタ。笑いすぎて苦しいぞ」
目尻に涙すらにじませる女王陛下は、本当に楽しそうだった。
というかシホルはくくっと肩を揺らして笑っているし、ラインハルトは口元を押さえて震えているし……給仕係まで、声を立てずに笑みを漏らしていた。これ、今後は持ちネタとして採用したほうがいいんだろうか?
濡れた目元を拭いつつ、女王陛下が言う。
「ああ。わたくしが声を上げて笑うなんていつぶりか! そなたは国一番の社交術という、すばらしい才能を持っているようだ。無愛想なそなたの兄には、爪の垢を煎じて飲ませてやるのがいいかもしれぬ」
「お、恐れ入ります」
私はぎこちない笑みを返す。逆に私がノアの爪の垢をもらうべきだと思います。切実に。
「それと王都に人が集まるのは望ましいことだが、近いうちに魔法具店は取り締まらねばならんな。粗悪品ばかりを売りつける詐欺紛いの店に大きい顔をされては困る」
そして世間話によって、一部の魔法具店が消滅する未来が定まってしまった気がする。やはり目の前にいるのは女王陛下なのだ、と私はひやひやしてきた。
でも、今のところ女王陛下の態度は友好的なものだ。食後に出されたピスタチオのジェラートを前に、私が気を抜いていたときだった。
「そうだ、アンリエッタ」
「はい?」
「そなた、婚約者がいないだろう。意中の相手はいるのか?」
スプーンを手にしたまま、私は硬直する。
直截的すぎる問いに狼狽えているのは、私だけではない。対面の席ではラインハルトが顔色を変えていた。
「母上、それは」
口を差し挟もうとするラインハルトに目を向けないまま、女王陛下は優雅な笑みを浮かべる。
「もしも相手がいないのであれば、我が愚息はどうか――と思ったのだが」








