第55話.薔薇を着飾る
なんとか謁見を無事に終えた私とシホルは、王城付きの侍女によって客室に案内されていた。
シホルの見立てでは、城内でも最上級の賓客をもてなすための客室らしい。家具や調度品が一級品で揃えられているのはもちろん、シーツには皺ひとつなく、床には埃のひとつも落ちていない。窓からは、季節の花が咲き誇る庭園の景色を望むことができた。
護衛のシホルには隣の部屋を用意してあるそうだ。早馬で報せてあったにしても、シホルの滞在は急遽決まった話なのに、部屋の準備を間に合わせているとは恐れ入る。
「ふぅ……」
私はひとりがけのソファに腰かける。
ここに到着するまで、いろんな想像をしていたけど、女王陛下は私を心から歓迎してくれているようだ。謁見時の言動もそうだし、この部屋を見るだけでもそれが伝わってくる。
さっき言っていた通り、私が花乙女だと信じているから、丁重に扱ってくれている……ってことなのかな。それはありがたいことだけど、なんだか気が引ける。
部屋のあちこちを見て回っていたシホルが、難しい顔をしている私に声をかけてくる。
「お嬢さん、お疲れ様。少し眠れば? 気を張り続けてたら持たないぜ」
「でも……」
「おれは隣にいるよ。何かあったら叫ぶか、壁か床を軽く叩いて」
私が何か言う前に、シホルはさっさと部屋の外に出ている。
心の中で彼の気遣いにお礼を伝えてから、私は天蓋つきの柔らかなベッドにぼふっと倒れ込む。
「じゃあ、ちょっとだけ」
とか呟いた記憶を最後に――次に目を開けたときには、小一時間が経過していた。びっくり。
むくりと起き上がった私は、ゆっくりと伸びをする。
「そういえば、制服脱ぐの忘れてた……キャシーに怒られる……」
ふわぁ、と目に涙をにじませて大欠伸をしていると、ドアが三度ノックされる。
シホルかと思って返事をすると、部屋に入ってきたのは王城に仕える侍女たちだった。
「失礼します、アンリエッタ様」
何事かと戸惑いつつ、私はずらずらと並ぶ彼女たちを見つめ返す。
「な、何か?」
「女王陛下とのお食事の時刻が迫っておりますので、私どもがアンリエッタ様のお召し替えを担当させていただきます」
つまり制服から相応しい格好に着替えるように、という計らいだろう。そう言われてしまっては、「お手柔らかにお願いします」と頭を下げるしかなかった。
――それから、さらに二時間後。
鏡には、侍女たちの手によって磨かれ、完璧にコーディネートされた私が映っていた。
私はまじまじと、目の前の鏡台に映る自分に見入ってしまう。
やっぱりアンリエッタって、とんでもない美少女だなぁ。そう感心する後ろで、ほう、と侍女たちが揃って感嘆の息を吐いている。
「本当に素敵です、アンリエッタ様」
「深紅のドレスが、神秘的な銀髪によく映えますね……」
一分の隙もなく化粧を施された顔。毛先まできっちりと巻かれた髪は、背中をたおやかに流れている。ウエストを細く絞ったオフショルダーのドレスは、美しいシルエットである。
胸元には一粒のアクアマリンが使われたネックレス。おそらく、こちらは私の瞳の色と合わせてのものだろう。
「それでは最後に、こちらを」
と言いながら、侍女が私の髪に触れる。つけられたのは髪への彩りを添える、赤い薔薇の髪飾りだったが……私は鏡越しに、それを複雑な気持ちで見つめた。
というのも、赤薔薇とは王家の象徴である。代々炎魔法に優れ、赤い髪を持つ王族に相応しいとされる花で、王家の紋章にも使われている。
これを私の髪に着けるというのは、なんだかいろいろと含んだ意図があるような?
勘違いかもしれないので誰かの意見を聞きたいと思っていたら、背後から飄々とした声が聞こえてきた。
「おお。きれいだな、お嬢さん」
ようやく入室の許可が得られたらしいシホルが、やって来るなり私を褒める。
「ありがとうございます、ダレス卿」
悪い気はせずに笑みを返すと、近づいてきたシホルがすぐ傍に立つ。
「でも、お姉さんたち。これは外してもいい?」
これ、と言いながらシホルが指さすのは赤薔薇の髪飾りだ。あ、やっぱり気になるよね。
愛想良くシホルに話しかけられた侍女たちは、顔面に貼りつけたような笑顔で応じる。
「いけません」
「触らないでください」
「女王陛下のご命令ですから」
すごい。類い稀なる美形からのお願いでも、まったく取りつく島がない。
仕事を終えた彼女たちが満足そうに出て行くのを見送ってから、シホルは私を振り返った。
「晩餐室までエスコートするよ、お嬢さん」
「お願いします」
私は差しだされたシホルの腕を取って、部屋を出た。
ヒールのある靴を履いた私に、頭ひとつ分大きいシホルは完璧に歩調を合わせてくれている。そのおかげで、長い回廊を歩くのにもほとんど疲れなかった。
すれ違う顔の中には、先ほど謁見の間で見た宮中伯もちらほら含まれているようだった。議事会が終わったところなのだろう。私のほうを驚いたような顔で見ては、そそくさと立ち去っていく。
身体を寄せている私にだけ聞き取れる程度の音量で、シホルが言う。
「弱ったな。この調子だとお嬢さん、目を離した隙に王家に取り込まれるぜ」
「取り込まれるって……」
どういう意味かと見上げると、シホルが眉を八の字にしている。
「お嬢さんも知ってると思うけど、王族が出席するパーティーでは、基本的に赤い服の着用は禁じられてるんだ。小物や装飾品程度なら許されるけど、赤は王族の色だから。それなのに陛下はお嬢さんに深紅のドレスを用意して、極めつけに赤薔薇までつけさせた。逃がさない――という明確な意志表示だよ、これは」
「そこまで深い意味があったんですね……」
それだけ王族にとって、花乙女って重要な存在なんだなぁ。
他人事みたいにしみじみしていると、シホルが呟く。
「お嬢さんは、本当に変わったな」
「えっ……」
シホルは漆黒の目を細めて私を見つめていた。星のない夜空のような双眸と至近距離で見つめ合うと、それだけでどきりとしてしまう。
「いつもぴんと気を張って、周囲を警戒してた頃とはぜんぜん違う。相手の目を見て話すようになったし、明るくなった。ノアともまっすぐに向き合おうとしてる」
「その節は、ご心配をおかけしました」
苦笑すると、シホルは軽く首を横に振る。
「そんなお嬢さんが、まさか花乙女に選ばれるとは思わなかった。だから――今まで何もできなかった分、次こそおれはお嬢さんの役に立ちたい」
真摯な瞳で告げられた言葉に、私は目を見開く。
私が転生する前から、シホルはノアとアンリエッタの距離を近づけようと試行錯誤していたらしい。でも、そんなふうに思っていたなんて……。
「頼りないかもしれないけど、困ったときはシホル兄さんを頼ってよ。……ね?」
軽く片目をつぶられた私は、肩を竦めてみせる。
「……頼ってますよ。まさしく今」
そう返すと、シホルがくすりと笑う。
「確かに。それじゃ行こうか、お嬢さん」








