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第37話.W風魔法


 でもイーゼラは、まだ魔力も心も喰われてはいないようだ。はっきりとした意思を宿す瞳と目が合えば、少しだけ安心する。


「イーゼラ。今はとりあえず、協力してほしいんだけど」


 耳栓を外してから本題に入ろうとするが、なんとか上半身を起こしたイーゼラは私の右手を注視している。


「あ、あなた、その蔓は」

「ああ、さっき私も《魔喰い》に巻きつかれちゃって。いやー、魔力を吸われる感覚って辛いよね」


 他者とのコミュニケーションにおいては共感が重要とされる。両手首を拘束するように蔓が巻きついたままのイーゼラなので、私も同じ立場なんですよ、辛いですよねと寄り添う姿勢を示すことで、私に心を開いてくれることだろう。


「……わたくし、あなたのことを見誤っていましたわ。まさかこんなにも愚かだなんてね!」


 あれ? まったく開いてない?

 私の予想と異なり、目をつり上げたイーゼラは早口でまくし立ててくる。


「《魔喰い》がどれほど危険か分かっておりませんの!? 捕まったら最後、死ぬまで魔力を搾り尽くされるんですのよっ!」

「えっとね、これは作戦通りで」

「暫定・花乙女のくせに、わたくしを助けられるわけでもないくせに、勝手にこんなところまでのこのこ来て! それでわたくしが泣いて感謝するとでもお思いなら、びっくりするほど能天気でおめでたい頭で――」

「う――るさいなぁっ、悪役令嬢のくせに!」


 最初は冷静に話を進めようとしていた私だが、あまりにもイーゼラが話を聞かないので、気がつけば彼女に負けないくらいの大音声で言い返していた。

「あ、あくやくれいじょう?」とぽけっとしているイーゼラを、問答無用で睨みつける。


「ていうか、頭お花畑なのはそっちでしょうが。惚れた男のためにだかなんだか知らないけど、格上の魔獣がいる迷宮に単身乗り込むとか」


 真っ当な指摘をすれば、一瞬イーゼラが怯む。


「だ、だって。今しかチャンスがなかったから……」


 私だって理解はしている。この薬草図鑑には、進級すれば入れなくなるのだ。そうなる前に、イーゼラはどうしてもエルヴィスに魔喰い花を届けたかったのだろう。

 だけどそんなの、恋心を理由に勇気と無謀をはき違えているだけだ。


「だからって、それであんたが死んじゃったらどうすんの。好きな人に会えなくなったらどうすんの! そんなの、誰も救われない。悲しいだけじゃない!」

「そ、それなら、こんなところまで来てわたくしに説教しているあなただって、おかしいじゃありませんか!」

「そうよ、本当にばかなことしたわ。あんたなんて見捨てておけば良かった!」

「なななんですってぇ!?」

「仕方ないでしょ! 今だって怖くて仕方ないし、この場から逃げだしたい。ぜんぶ忘れて、何も見なかったことにしたい!」


 途中から売り言葉に買い言葉で、私たちの口喧嘩は白熱する。

 だって私は乙女ゲームにおけるヒーローでも、ヒロインでもない。

 だからこれが、弱くて情けないモブ令嬢な私の本音だった。


「でも、ここで逃げたら寝覚めが悪くなる!」


 数秒間の沈黙を経て、イーゼラがさらに顔を真っ赤にする。


「なっ、によそれ!? 結局、ここに来たのも自分のためなんじゃありませんのッ!」

「そうよ。別にいいでしょうよ、自分のためでも!」


 だって、私がこの場に踏み止まっている理由はたったひとつなのだ。


「私はねぇ、自分の運命を変えるためにがんばってる真っ最中なの。そのついでにちょっと寄り道して、あんたの運命も変えてやろうって。そう、思っただけ!」


 そうだ、と思う。今のイーゼラは未来の私そのものだ。

 形は違えど、お互いに最悪の結末へと辿り着くことが決まっている。ここでイーゼラを見捨てれば、私は自分の運命まで諦めることになっちゃうから。


「できるかどうかなんて、関係ない。とにかくやるの。何がなんでもがんばるの」


 あと私が壁になって見えてないみたいだけど、ちょっと離れたところにあんたの大好きなエルヴィスがいるんだからね。教室では隠してるあんたの本性、とっくにエルヴィスにバレバレだからね。


「っっ……」


 なんて心の中で悪態をつく間にも、ごっそりと魔力が抜かれる感覚に私は歯を食いしばる。イーゼラと言い合って、体力まで無駄に消耗してしまった。サイアクだ。

 そんな私の言葉のすべてが理解できたわけじゃないだろう。それでも何かは届いたのか、イーゼラの色を失った唇がわずかに震える。

 私はそんな彼女に、正面切って挑むように伝える。


「だからお願い。今だけはあんたの力を、私に貸して!」


 しばらく、イーゼラからの返事はなかった。

 やはり協力はしてもらえないのかと、諦めかけたとき。


「何をすれば、いいんですの?」

「!」


 それは、ここに来て初めての前向きな言葉だった。私はイーゼラの気が変わる前にと、もつれそうになる口を動かす。


「《魔喰い》の属性は土と闇だから、風魔法が有効なはず。イーゼラ、風魔法が得意だったでしょ。だから、私と一緒に風魔法を《魔喰い》にぶつけてほしい」


 ちらっと目を向けて確認すると、まだエルヴィスの準備は終わっていない。やれることはやっておくべきだ。

 それを聞いたイーゼラが、えっ、と目を瞠る。


「あなた、この状態のわたくしに魔法を使わせるおつもりですの?」


 何しろ、魔力を吸われ続けて満身創痍のイーゼラである。まさか魔法士としての戦力に数えられるとは思ってもみなかったようだ。


「仕方ないでしょ。私だけじゃむりだもん。私、暫定・花乙女なんだから!」


 とうとう開き直れば、私以上にぐったりしたイーゼラが頷く。


「わ、分かりましたわよ。はぁ。はぁあ……」


 気持ちは分かるが、二回もため息をつかないでほしい。


「でも、初級魔法一回で限界ですわよ。もうほとんど魔力が残ってませんもの」

「それでじゅうぶん!」


 私は威勢良く頷く。

 堂々と作戦会議をしているのに反応を示さないあたり、《魔喰い》には人の言葉を理解できるほどの知能はないようだ。それに私を捕まえてから、獲物二体の魔力を吸うのに集中しているようで動きが鈍っている。


 今こそ至近距離で魔法をぶつける絶好の機会だ、と意気込む私にイーゼラが問うてくる。


「というかあなた、初級魔法は使えるようになりましたの?」


 私はすっ、と視線を斜め上に逸らした。


「ちょっ、一緒に魔法をぶつけるとか言ってましたわよね!?」

「私は逆境に強いタイプなの。たぶん今日はできる」


 そう言い張る私をイーゼラは訝しんでいたが、それ以上突っ込むのはやめたようだった。より絶望的な気持ちになるだけだと気づいたのだろう。賢明な判断である。

 蔓に巻きつかれたままの右手は、もう持ち上がらなくなっている。だから私は左手で取りだした杖を、前方に向けて構えた。


 どうせ初級魔法すら発動できない。前と同じように失敗する。そんな思い込みを、今だけは捨て去る。

 私だって、ノアのスパルタ特訓で成長している。それをこの場で証明する!


「「【コール・アニマ】!」」


 声と呼吸を合わせて、私とイーゼラは唱える。


「「――切り裂けぇっ!」」


 初級魔法の同時展開。私たちの足元で二つの魔法陣が重なり、より大きく複雑な紋様を描く。

 生みだされた風の刃が、私とイーゼラを捕らえていた蔓を断ちきった。

 半ばで寸断される蔓。こうすれば、《魔喰い》の注意をさらに引きつけられる。そういう目論みだったが、風の刃はそれだけでは止まらなかった。


『――シャアアッッ!』


 聞くに堪えない悲鳴を上げて《魔喰い》が仰け反る。《魔喰い》の目に風魔法が命中したのだ。しかも十数本の蔓を巻き添えのように断ちきりながら、である。

《魔喰い》の怒りの強さを現すように、残された蔓がめちゃくちゃに花畑を叩く。色とりどりの花弁が散り、茎から折れた花が空を舞った。


 狙いの定まっていない攻撃から慌てて距離を取りながら、私はすっかり脱帽していた。



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