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第10話.お兄様のスパルタ特訓


 ここから私の人生が始まる!

 ――そんなふうに思っていたときも、ありました。


 しかし私はノアを舐めていた。やつはスパルタだった。それも超がつくスパルタだったのだ。


 翌日の早朝、私はさっそくノアに呼びだされていた。寝ぼけ眼をこすって着替え、朝ごはんを食べてから屋敷の裏手にある訓練場に行ってみると、そこには腰に木刀を差し、仁王立ちしたノアが待ち構えていた。


「いやな予感がする……引き返そうか?」というよく見る選択肢が頭の中に浮かんだし、本能的に回れ右しかけていたのだが、ノアに指導役をお願いしたのは自分である。


 私は萎えている両足を叱咤して、ラスボス・ノアの前に早歩きで向かった。

 ノアは運動着というのか、比較的ラフな格好をしていた。服の上からでも筋肉が盛り上がっているのが見て取れる。

 その逞しい身体つきに内心どぎまぎしながら、とりあえず挨拶。


「おはようございます、お兄様」

「遅い」


 ひいっ。


「……初日だから今日は許すが、次はないと思え。明日は一時間早く来い」

「ひ、ひい」

「服もそんなひらひらしたドレスはやめろ、動きやすい格好にするように」

「ひい!」


 朝っぱらから矢継ぎ早に喰らうノアの説教は、ものすごく心臓に悪い。


「では、これから訓練の内容を説明する」

「ひいっ、はいっ、よろしくお願いします先生!」

「先生はやめろ」


 ノアは露骨にいやそうな顔をしている。


「……教官。いえ、副団長のほうが?」

「ふざけているのか?」

「それでは、お兄様とお呼びします」


 まだノアは何か言いたげだったが、これでは一向に話が進まないと思ったのか、嘆息がてら本題に入る。


「今までお前は魔力量だけを笠に着て、まったく修練を積んでこなかった愚かな落ちこぼれだ」

「愚かな落ちこぼれ……」


 言い方には棘しかなかったが、事実なので否定できない。


「手始めに確認だ。六つの魔法属性は覚えているか」

「水・炎・風・土・光・闇ですよね?」


 よくできました、なんて手放しに褒められることはない。物心ついた子どもなら誰でも知っていることだ。


 基本四属性と呼ばれる水・炎・風・土は四すくみの関係。水は炎に強いが、土に弱い。炎は風に強いが、水に弱い。それとは別に、光と闇は互いに弱点属性となる。ゲームにありがちな設定だ。


 いわゆる治癒魔法は、水や光の属性魔法に含まれる。言わずもがなカレンは治癒魔法も得意としていた。何を隠そう、攻略対象の怪我を治すのに必須の能力だからである。さすが剣と魔法が出てくるハードな乙女ゲームのヒロイン、隙がない……。


「そうだ。基本的にどんな人間でも魔力を持つが、自分に合った属性の魔法しか使うことはできない。たとえば最も得意とする属性が土であるなら、弱点属性の風魔法は扱いを苦手とすることが多いが、有利属性の水魔法は覚えるのに相性がいい」


 ノアはそう言うものの、この場合の「魔法が使える」というのは学園や専門の機関で魔法属性認定試験を受け、それに合格する水準を意味する。


 このカルナシア王国では、中級魔法以上の魔法を使える場合に限り、その属性の魔法が使えると公的に認定されるのだ。生活魔法や初級魔法程度では門前払いされる。複数の属性認定を受けた人間は、魔法士の卵が通うエーアス魔法学園にも数えるほどしかいなかった。


 そんな中、目の前の人物が偉業を達成していることは、もちろん私も知っている。ゲームでやったので。

 両手を組むと、私は瞳を輝かせてノアを仰ぎ見た。


「お兄様は、水、炎、風、土の基本四属性、しかもそれらすべての属性で上級魔法を使いこなすことができるんですよね。さすがです! すごいです! 尊敬します!」

「ああ」


 男性が喜ぶさしすせその「さ」「す」「そ」まで駆使して露骨に媚びを売ってみるが、ノアの返事は素っ気ないものだった。自身が天才と褒めそやされる理由のひとつなので、これくらいのことは言われ慣れているのだろう。かわいくない。


「そして花乙女は、すべての属性魔法を使いこなせる。そのことから、エレメンタルマスターとも呼ばれるんですよね」

「そうだ。そしてお前の場合は一切の魔法が使えないため、この得意属性すら未だに分からないわけだな」


 うっ、と私は言葉に詰まる。


 アンリエッタに強い魔力の素養があるのは、幼い頃に専用の道具で調べられたことから確かである。しかしそんな彼女は、今の今まで一度も魔法を使えたことがない。


 まぁ、乙女ゲームのための設定といえばそこまでなんだろうけど、素養の高さだけを理由に入学試験に合格してしまったのは、アンリエッタにとって不幸なことだっただろう。


「高い水準で魔法を使うには、精神・技術・魔力の三要素を鍛える必要がある。このどれかひとつが欠けてもだめだ。お前に関しては、魔力そのものを増やす修練は今のところ必要ない」


 スポーツでいう、いわゆる心技体。魔力だけは有り余っているアンリエッタだから、精神力と技術力を向上させようということだ。


「そこで行うのが、魔力制御のための特訓だ。まずは、魔力を使う感覚そのものに慣れてもらう」

「はぁ……」


 なんか地味そうだな、と思ったのが顔に出ていたのだろうか。唐突にノアが腰の木刀を抜いた。

 ひいっと反射的に頭を庇う私だったが、振りかざしてぶっ叩いてくるようなことはなく、ノアは木刀からぱっと手を放した。


 重力に従って地面に落ちるかと思われた木刀は、糸で吊られているわけでもないのに――ふわりと宙に浮く。


「おぉ……!」


 これが魔法。本物の風魔法! 昨日のエルヴィスの魔法には見惚れる暇もなかったので、今になって感動してしまう。


「今のお前には、木刀を浮かせるのも難しいだろう。最初はペンを魔力で動かしたり、魔力で手元に引き寄せる……そういった練習から始めろ」

「えっと、お言葉ですがお兄様。わたくし、風魔法が使えるか分かりかねるのですが」

「詠唱さえ必要としない生活魔法の範疇だぞ。得意属性でなくとも、このくらいの単純な魔法は使えて当たり前だ」


 さいですかー。


「この程度の生活魔法、数日もあれば習得できるだろう。逆に言えば、これすらできないのならお前には魔法士としてなんの見込みもない」


 どうしよう、聞いているだけで息切れしてきた。


「さらに、魔に堕ちるような事態を防ぐために軟弱な精神を鍛える必要がある。これは魔力を練り上げるにも重要だ。とりあえず毎朝、そして睡眠の前、瞑想の時間をそれぞれ二時間ずつ取る。雑念を消し、集中力を増し、冷静沈着に自分をコントロールする術を身につけろ」


 にっ――にじかんずつぅ!?


 私は目をむいた。この男は真顔で何を言っているのだ。

 前世では、どこかのお寺で座禅に挑戦したような覚えがある。十分間でもかなり辛くて、警策でぺちーんと肩を叩かれた思い出があった。


 蒼白な顔色になった私は、ぶんぶんと勢いよく首を横に振って訴える。


「むっ、むむっ、むりです!」

「何が無理なんだ」

「一日四時間なんて絶対にむりです。せめて最初はじゅっ……じゅうっ……三十分とか」


 自分でも譲歩したつもりだったけど、ノアには通用しなかった。

 ノアはおもむろにため息をつくと、眇めた目で私を見やる。


「昨夜、お前は俺に言ったよな。精いっぱいがんばる……だったか」


 ぎくり、と私の肩が強張る。


「有言不実行な人間ほど、性質の悪い輩はいないな」

「……や、やります……」


 私は項垂れるようにして頷いた。

 そこに、さらにノアが畳みかけてくる。


「目指すべき目標は、初級魔法の三つ同時展開だ」

「み……みぃ……」


 まずい、目を回して倒れそうだ。


「お、お兄様、もしかして前提をお忘れでしょうか? そもそも私は魔法が使えませんし、それに一年生の間で魔法の同時展開ができる生徒なんて、ほとんどいません」

「前提を忘れているのはお前のほうだな。魔に堕ちないための特訓だぞ、初級魔法の同時展開くらいできなくてどうする」


 そう言われてしまうと、ぐうの音も出なくなる。

 私が悪いわけじゃないが、今まで努力を怠ってきたのはアンリエッタ自身だ。多くの生徒は、幼少期から魔法について学び、切磋琢磨してきた。今から彼らに追いつくのが簡単であるわけがない。


 だけどアンリエッタは魔力の素養だけなら、学年で一二を争うほどと言われている。

 たとえ周回遅れであっても、超優秀な魔法士であるノアの指導のもとですくすく成長していけば、国中を騒がせるような才女として開花できる、かも……?


 なんとか自分を奮い立たせようと荒唐無稽な未来を思い描いていると、ノアが「はん」と鼻を鳴らす。

 恐る恐る見やれば、腕組みをしたノアはおどろおどろしいほどの壮絶な笑みを浮かべていた。


 私はそのとき、生まれて初めて知った。世の中には浮かべないほうがマシな笑顔、というものがあるのだと――。


「ここまで達成できれば、魔に堕ちる心配はない。いや、絶対にするわけがない」


 がたがた震えながら、私は首を傾げる。


「そ、そ、そうでしょうか?」

「そうだ。――しようものなら、俺がお前を殺す」


 ぎゃー、突然の殺害予告!


 プレッシャーと恐怖心できりきりと胃袋が痛んでくるが、お願いしたのは自分だ。

 始まる前に投げだすわけにはいかないと、私は青い顔でへこへこした。


「ご、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」



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