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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戦う聖女 〜異世界からきたゾンビにお国がピンチです〜

作者: 環月紅人

 ある王国が異世界召喚した個体はウイルス感染した"生きる屍"だったようで。

 世界は未曾有のゾンビパニックに覆われました。


  × × ×


「聖女は聖女としての本懐を果たせなくなった」


 突然の宣告に三人の聖女が戸惑っていた。聖女の役割とは怪我人の傷を癒すこと。病人の病を癒すこと。

 その本懐が果たせなくなるとはこれ如何に。


「ここになんとか生け取りに成功した個体……通称ゾンビがいる。試しに力を施してみてくれ」

「は、はい……」


 聖女アネモネが代表して前に出る。兵士に抑えつけられ、首輪と手枷を嵌めた紫肌の男。理性のないケダモノのように涎を撒き散らして血肉に飢えるその姿。アネモネは恐怖しながら、噛みつかれない距離で手を前に翳し、聖なる力を施した。

 淡い光がゾンビを包む。


「確かに治らねーな」

「だろう?」


 粗暴な口調に小さな背丈の聖女ダリアがそういうと、この話を持ってきた彼女たちの師は同調する。光に包まれたゾンビは一瞬気を失っているようだったが、光が霧散する頃には理性なきケダモノに戻っていた。効果はなしだ。


「ただ、これだけなら魔物と変わらん。病人として見るのではなく、人でなくなったものとして割り切ればよろしい。しかし問題があってな」


 師が近くの兵士に指示すると、今度は軽感染者と思わしき病人が運ばれてきた。意識が曖昧になりつつあり、病に苦しむ姿が見て取れる。

 三人の聖女は慌てて近寄る。


「試してみるがいい」

「まさか……」


 察しの良いダリアがまず先に聖なる力を施す。どんな病気、どんな怪我すらも治すはずの力が、まるで通用していない。

 それはアネモネが試しても、もう一人の聖女であり、無口ながら体の存在感は一際あるネモフィラが試しても、効果のほどは変わらなかった。


「そう、ゾンビに攻撃された人間は発症後・発症前問わずして、聖なる力を持ってしても治療されることはないのだ。とどのつまり、聖女は神が与えたもうたこの試練にその役目を果たすことはできない」


 師は嘆くように口にする。その話を聞いて、心を痛めるようなアネモネ、気負いすぎるネモフィラ、特段何も感じていなさそうな仏頂面のダリアがいた。


「んで? あたしらは何をすればいいの」

「戦えるようになってほしい」

「えっ」「えっ」


 アネモネとネモフィラの声が重なる。ダリアはともかく、二人は性格が生粋の乙女で蝶よ花よと育てられてきた背景がある。この非常時といえど「戦え」とは思いもかけなかったのだろう。


「知っての通りゾンビは首都中枢で召喚され加速度的にその広がりを見せている。すでに国家として非常に危うい状態ではあるが、なんとかして国内でその広がりを留めねば重大な国際問題にもなりかねん。現在も王国騎士団、兵団、民間の冒険者たちが対応に当たっているが、限界がある。我々もできることを探さなければならない」

「ええっ!? それが戦闘なんて、無茶ですよっ! だってわたしっ、非力な女の子ですよっ!?」


 ぷりぷりとアネモネが意義を唱える。

 師は宥めながら言葉を続けた。


「聖なる力が通用しないのは見てもらった通りだが、とはいえ何も意味がないわけではないんだ。ダリアは気付いているね?」

「そうだな。一瞬だったが動きが止まってた。聖なる力本来の効果ではないが、それを利用しようって言うんなら話は分かる」

「その通り。一時的なスタン効果とでも言おうか――、これは我々聖女にしか持ち得ぬ優位性だ。これを活かすには、戦う聖女になってもらうしかない」


 戦う聖女。正直、日々聖女としての職務を全うしながらも内心では退屈を感じていたダリアにとって、それはどこか胸躍る響きがあった。才能を買われて聖女に押し上げられたが、あたしの性には合わない。幼少期は冒険者に憧れていたことを思い出したダリアは、既にそのつもりでいる。

 がしかし。


「そんなっ! じゃあ、どうするんですかっ!? ゾンビには通用しなくても、それでも怪我や病に苦しむ人は大勢いるのですよっ!? わたしは争いが苦手で、傷つく人を癒したくて聖女になったのですよっ!?」


 アネモネが口にする。その意見も間違いではなく、ダリアもまた、アネモネならそう言うだろうと思っていた。


「――優先順位を考えてほしい!」


 その声に、ダリアもアネモネも目を丸くした。

 師の荒らげた声を聞くのはこれが初めてだった。


「国王が感染したんだ」


 その言葉に、三人の聖女は絶句した。聖女は特別階級にあり、その直属の上司は国王に当たる。表向き教会で働いてはいるが、事実上の権威は司祭よりも上の立場にあるのが聖女だ。

 師は苦々しくも言葉にする。


「私の力を持ってしても、治療できなかった。国王の大事に聖女は聖女としての働きを果たせなかったんだ。今は第一王子が政権移行の手続きを行なっている。これ以上感染を広げるわけにはいかない……!」


 これほどまでに追い詰められた様子の師を、初めて見た。三人の若き聖女は事の重大性を思い知り、覚悟を決める。

 三姉妹のように育てられ、性格の不一致を互いに感じてきた聖女たち。それでも根底にあるのは、苦しむ人を救済したいという想いでしかない。

 三人は口を揃える。


「分かりました」


 わたしは――。

 あたしは――。

 わたくしは――。


「戦う聖女になります」


 これが、今から二週間前のこと。


  × × ×


 首都北部にそびえる王城から始まったパンデミックは、王城が真っ先に安寧を取り戻した。より大勢の人を求めて南下するゾンビたち。最速で安全を確保した王城では、新国王となったガルデン元第一王子の指揮のもと、改めて対ゾンビ計画が練られる。

 王城と各教会・聖堂で大規模避難民の受け入れ。足りなくなる物資を運び込む輸送部隊の編成。恒常的なゾンビの駆逐と諦めきれない聖女による治療法の模索。深刻な人員不足により、どれもが一筋縄ではいかないが――。


 グシャアッと醜い音を立て、巨大なメイスでゾンビの頭をかち割る聖女がいる。避難先への移動中、ゾンビに襲い掛かられ、恐怖に支配されていた民間人の一家は、返り血に塗れた聖女に危ないところを救われていた。


「ごめんなさいっ! お怪我はありませんかっ? 聖職者は刃物の扱いが禁止されているので鈍器で戦うしかないのです! グロテスクで申し訳ないです♪」


 片や。


 生け取りにされたゾンビが回されてくるアトリエで、数々の薬草や力の施し方を何度も試行錯誤しながら理想的な平和のために奮闘する聖女もいる。無口な彼女は人付き合いを極力回避できる裏方に回ることで世界に貢献した。


「今回もだめでしたか……」


 項垂れる。王城の裏手にある幽閉塔には、生きる屍となった先代王が囚われている。結局は、誰もがもしかしたら。という一縷の希望を捨てられないでいた。

 ――その聖女は、いつかの期待に応えるために寝る間も惜しんで研究を続ける。


 そして。


「人型なら見境なしかよ……!」


 魔物に感染しないことは検証済みだった。しかし、北西部の森に住まうサイクロプス種が感染するとは。まさか彼らを噛みに行くゾンビがいるとは。そしてゾンビ化したサイクロプスが人を狙って都市部まで降りてきてしまうとは――。

 誰にとっても予想外だった。


 どすん、どすん、どすん、どすん、と地面を揺らしながら三メートル級の巨人は迫ってくる。


 騎士団は限界を迎えつつあった。連日連夜の稼働、いつ顔見知りがゾンビになって帰ってくるかも分からない恐怖、感染を秘匿した避難民を処分する権限も騎士団にある。肉体的にも精神的にも追い詰められる環境下で、まさかゾンビ・サイクロプスを相手取らなければいけないなどと。

 やめてくれ、と願わずしていられなかった。


「あたしに任せろッ!」


 絶望を眺める騎士たちを尻目に颯爽と現れた聖女がサイクロプスに手を差し向けると、光に包まれたサイクロプスはピタッと硬直する。

 その隙に接近していく聖女。見送る騎士団には正直なところ、その姿の大半が見えていなかった。なぜならば、打撃部分だけでも少女の等身ほどはある巨大なハンマーを肩に担ぎながら彼女は疾走するからだ。


 翳した左手から放ち続ける聖なる力が、継続的にサイクロプスを縛り上げる。


 安全に射程圏内まで捉えた。進行を止めたサイクロプスの足元で聖女は足を止め、両手でしかりと柄を握る。肩から持ち上げられたハンマーを構え、サイクロプスの脛を狙い澄まして渾身の一振りを見舞う。


「うおりゃあああああああっ!!」

 バゴンッ―――――。


 その衝撃は、空気の震動が見て取れるような錯覚を及ぼした。足を崩したサイクロプスは背面から大きく転び、抵抗しようと聖女に向かって腕を伸ばすが、再び光に包まれて動きを止められる。


「へっ。あたしが、一番つえーんだよ」


 垂直に構えたハンマー。それを大きく振りかぶって地に落とす――。

 むごい音が響く。

 サイクロプスの活動が、完全に停止する。


「――違うな。あたし()に敵うもんか」


 三人の聖女は、各々に役割を定めた。

 アネモネは避難民の救済を。

 ネモフィラにはゾンビの研究を。

 ダリアは自ら、前線への参加を申し出た。


 聖女にしてはあまりにも好戦的すぎる性格が、皮肉にも、この環境下になって初めて噛み合ったのだ。


「あははっ! 聖女って、サイコー」

 脱力したダリアは大の字になって倒れる。


 三人の聖女は、優秀であった。

 それは不幸中の幸いであると言える。

 ゾンビを召喚するという致命的な失態を犯した王国は、この三人の聖女を有していたことでなんとか滅亡を免れたのだから。


 ……やがて、平和になった世界で、彼女たちに憧れた少女らは口を揃えて言う。


「――バチクソにカッコいい聖女さまだ!」


 三人の聖女は、畏敬の念を込めて、最強卍聖女ズと呼ばれていた。

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