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 奉行所詮議の間では、頼方を囲んで同心らが報告を行なっていた。


 神宮による奥田家でのやりとりの後に、間部瀬が茶屋筋から聞き及んだ話をしている。


「という訳で、この三人の女が、奥田殿の贔屓だったようです。一人あたり、月に一、二回ですから、やはり、奥田殿は概ね月に五、六度、女を呼んでいた計算になります」

「うむ、与一の話と合うな」

「手順はそれぞれほぼ同じです。奥田殿が夕刻に店を訪れて、女を指名の上前金を払い、女が夜半に屋敷の裏口から入って、一夜を過ごし、残りの代金をもらって早朝に帰る、というやり方です」


「店や女と揉めたような話はないか」


「最初の頃、代金についてはかなりしつこく値切っていたようですが、ここのところはもう決められた額になっていて、金についてはありません」

「それ以外に、何かあるのか」


「はあ、その・・」


 間部瀬の顔が赤くなった。


「奥田殿が、床に入ると、何やら、かなりしつこく、彼女らが嫌がることを要求していたらしくて、その、つまり・・」


「ああ、言わなくて良い。独り者のお前には、何の事か分からないだろうからな。こっちとしては、だいたい分かるが」


 間部瀬が額の汗を拭った。頼方が煙草盆に手を伸ばした。


「そりゃあ、女たちも商売とはいえ、嫌なこともあるだろうよ。他に何かあるか」


 間部瀬がフウと息を吐いた。

「そうですね。最近といいますか、ここのところ口が悪くなった、という話をしていました。何かにつけて、お前らのような女はとか、だから茶屋の女は、というようなことを言っていたとか。ブツブツと、独り言のような感じで」


 頼政が煙草に火を付けた。煙草の香りが部屋に広がった。


「ほう、なるほど」

「嫌なら呼ぶな、と言い返しそうになったそうですが、金をもらっているので、そこは我慢したと言っていました」

「我慢できる程度の事だったということか。恨みを買うほどの話ではないな」

「はい。彼女らも、笑って話していたぐらいですから」


 頼方が煙管を口にくわえて大きく吸い込み、鼻から煙を出した。


「こりゃあ、茶屋女の線は無いと見て良さそうだな」


 神宮が頷いた。

「はい。そうすると、残るは、与一が時々見た、武家の奥方風の女ですか」

「そういう事になるな」


「となれば、その女は、例の、奥田殿に頼みごとをしていた柴田の奥方、ということも考えられますね」


 頼方が、煙管を煙草盆の灰落としの角にポンと当てて、灰を落とした。


「そうだな。柴田の奥方は、お家の存続を奥田に頼み込んでいたのは確かなようだ。その事で、屋敷に足を運んでいたとしても、不思議はない」


 間部瀬が口を挟んだ。

「何度も屋敷に足を運んで、頼み込んでいたという訳ですか」


 神宮が困った顔をして横目で間部瀬を見た。


「いや、だから、頼みごととは別の話だろう。夜中に、そう何度も頼みに行くことはない。まあ、それに関係する話かも知れないが」

「どういう話でしょうか」

「夜中に、人に見られないように話さねばならない事だ」

「例えば」


 神宮がにやけながら頭に手を当てた。


「奥田殿は毎晩酒を用意させていた。酒を飲んで話すような浮ついた話ではないかな」

 間部瀬が腕を組んで考え込んだ。

「酒を飲んで話すこと、ですか・・」


 頼方が軽く首を振った。


「まあ、その話は良い。いずれにせよ、柴田家存続の申し出は、奥田限りで止まっていた訳だ。それが、柴田の奥方が浅草の観音様の前で、勘定奉行の奥方と会ったことで、老中まで上がることとなったのだが、どうやら、それまで、柴田の奥方は話が上がっていない事を知らなかったようだ。それが、恨みにつながったのではないか、という見立ても出来るな」


 神宮が頷きながら相槌をうった。

「あるある」


「要するに騙されていたという事だからな。お家存続という大事な話を、一年近くもほったらかしにされていたら、そりゃあ怒りも湧く」

「こういう仕打ちをされては、恨みを持っても、おかしくはないですな」


 頼方が腕を組んだ。

「おかしくはないが、殺すまでのことか、という気もする」


 神宮が頷いた。

「他に、何かあったのでしょう。仮に、柴田の奥方が殺した、となればですが」


「何かがあったのだ。殺したくなるような、よほどの事情が」


 間部瀬がポンと手を叩いた。

「奥田殿は、話を家老に上げるために、柴田殿の奥方に、何かを要求していたのではないでしょうか」


 神宮がオッと驚いた顔で間部瀬を見た。

「なるほど、で、それは何だ」


 間部瀬が自身ありげに頷いた。

「もちろん、多額の金品です」


 神宮が力なく肩を落とした。

「あるいは、そうかも知れないが・・」


「奥田殿は奥方に金を握られておりました。自由になる金がないので、安い茶屋の女で我慢していたのです。それが、お前らのような女は、という愚痴に繋がっていたのです。従って、もっと上等な部類の女を呼ぶために、金を要求したのではないでしょうか。それを、柴田殿の奥方は、時々、夜中にこっそりと渡していたのでは」


 間部瀬が胸を張った。神宮が渋い顔で頭に手を当てた。

「しかし、奥田殿が金を受け取っていたとして、それでも、上等な部類の女を呼べずに、愚痴を言っていたのではないのか」


「あ、そうか・・」

 間部瀬が赤い顔になってシュンと萎れた。


 頼方が頷いた。

「分かった、想像だけで吟味していても埒が明かない。ここは、柴田の奥方に話を聞く必要があるな。まあ、奥田のところの与一も顔を見ている訳ではないし、他に確たるものは無いのだが」


 神宮が頷いた。

「明日、屋敷に行ってきます」


「頼んだぞ」


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