第3章41話 乱入者
リアとの決着は着いた。
それが例えどんな過程を踏まえようとも、サンは負けた。
勿論それを拒否するつもりもないし、当然受け入れている。
リアを、友達としても認めた。
だけど、サンにはまだ、自分の場所を離れることなどできないのだと、そう思っている。
「2人とも、手を貸してくれ。ラストスパートだ。」
誰も彼をも救おうと奔走する英雄願望を持つ男が、手を差し伸べてきた。
隣にいる友達は、迷いなくその手を取ったが、サンにはそれが出来なかった。出来やしなかったのだ。
「サンは・・・その手を取れない・・・」
弱々しく、それでも告げなければならない言葉を伝えたつもり。自分はまだ革命軍の幹部であり、主君が負けない限りこの座を降りることは無い。
この答えに、敵として捉えて欲しいという願いを込めた。勿論、リア=プラグマという新たな友達にもそう捉えて欲しかった。
だけど、
「知らん。手を貸してくれ。」
数秒の迷いもなく、サンの最大限の譲歩をはっきり断った。
「このままいけば、『戦争』を救えねぇ。頼む、俺に手を貸してくれ。俺だけじゃダメなんだ。」
主君を救えない。
その言葉がどういう意味なのか、それを知りたかったが、イロアスが一緒にいる少女が、こちらを向いて笑った。
「ごめんね、苦しい選択ばかり迫ってしまって。ずっと見てたよ、サン。」
「アルテミア様・・・」
「でも、力を貸してほしい。お兄ちゃんを救うために。」
主君と同じ存在から、救いたいと求められている。自分よりも遥かに主君を想っているアルテミアからの願いを、サンは無下になどできなかった。できるはずがなかった。
結晶の中に900年閉じ込められてなお、アルテミアには怨みがないのだ。綺麗な心を持って、まるで『厄災』じゃないかと思わせるほど、綺麗な心を持って、兄を救おうとイロアスと共に走る。
「・・・直接手を貸すことはできません。でも、アルテミア様の護衛なら・・・」
「うん、ありがとう!」
アルテミアの手を取るサンを見て、イロアスはリアに話しかける。
「色々と、腹割って話せたみたいだな。」
「本当に腹を割るとこだったわよ。」
リアのボロボロの姿、特に脇腹の火傷跡を見てイロアスはリアの強さを改めて思い知る。サンを救いたいがために、自らの身体に癒えぬ跡を残す。
「ありがとう、リア。」
「お礼なんて要らないわよ、救いたいから救うんでしょ。」
お礼の代わりにグータッチを求めた。リアは笑いながら、応じてくれた。
「ロア、急がないと。」
「わかってる、行こう。」
綺麗な花畑一面。これがどんな結果でこうなったのかは、イロアスは水魔法で感知してわかった。その上で、イロアスは悲しい顔をして、先を急いだ。
既に救われた者は、自らの足で進まなければならない時がある。今うつ伏せで泣き叫ぶ老人は、これから、強く生きていく。
「この戦争を止める。」
一同が砂漠を超えて、結界の貼られた王朝へと向かう瞬間。
その乱入者は、音もなく現れてしまった。
ーーー気持ち悪い。
イロアスが背後から感じとった気配は、音もなく悪意もなく殺意もない。でも、確実に害のあるもの。
それだけであり、それ以上もそれ以下もない。
気持ち悪い。
背後を振り返ったその矢先、気持ち悪い何かは、その歩みを止められていた。
このことを予期していたのだろう、リディアは、いざという時のために準備していたのだ。
「邪魔しなさんなや、ヌシ。」
「悪いけど、そうはいかないじゃない。」
忍び寄る魔の手、そう、文字通り本物の魔の手がイロアスに迫っていた。
ーーーイロアスに、迫っていた。
それが意味をするのは、確かな、明確な目的があるから。
「精霊連れてんのやろ、ヌシ。おじさんとちょっといいとこ行こーやないの。」
イロアスは生まれて初めて、恐怖を知った。
『魔王』や『魔導王』の方が強く、『冠冷』は言うまでもない。実際目の前に対峙すれば死を覚悟するのはおよそ彼らの方が近い。
それでも、イロアスはこの目の前の得体の知れない何かが怖かった。
心臓を常に握られる感覚、自分を離さないという目線、纏わりつく不気味な魔力。そのどれもがイロアスに不快感を与えた。
「んー?怯えてへんか、ヌシ。きっと分かるんやろうなぁ、心臓をニギニギされてる感覚も、纏わりつくような魔力も・・・自分の大事なもん離しちゃいけんよ。手放したら、二度と手に入らんで。特に俺っちの前で目を離したらアカンで。」
「うるさいわね、気持ち悪い。」
「・・・俺っちは、負け犬は大嫌いなんや。」
こちらに語りかけていた時のような、にこやかな気持ちの悪い笑顔はふとした瞬間には無くなっていた。
「だってそうやろう。負け犬は奪い合いにもならん、もう手放してしまってるんやから。負けたら何もかもを盗まれる。人に盗みという行為を強要させる。盗みとは、卑屈で侮辱的で悪意に満ちて不快感を走らせて、人を罪人へと堕とす。」
「・・・!!リディア・・・気をつけて・・・!!」
危険な信号をサンは全身で感じた。水魔法がこの中でイロアスよりも得意であり、そこから僅かに感じとったのだ。
この男の底知れぬ強さに。
リディアの大剣が、不気味な男が放つヌルりとした動きの手刀で、押されていく。不可思議な光景だった。先程までイロアスが強敵と感じとっていたリディアの膝がもう地面についてーー
「よいしょう!!」
2度目の、今度は真っ直ぐに振り下ろされた手刀が、リディアの持つ大剣を真っ二つにして、そのまま手刀は肩からめり込み、リディアは地面に背をつける。
衝撃から血反吐を吐き、それでも止まらぬ手刀はリディアの骨を砕き、その骨が肉を割き、悲鳴が上がる。
「それじゃあお嬢ちゃん奪い合いや。ヌシの命、ちょーだいな?」
「リディアァァァ・・・!!」
サンの悲痛な叫び、それと共に花畑を蹴り出し走り出す。
だが、間に合わない。
手刀を解き、その手を地面に横たわるリディアの首元に触れた時、
「その手で触んな。」
自分でも初めてだった。
こんなに怒りが湧き出るのは。
気持ちの悪い男の横腹を蹴り飛ばす。炎魔法の爆発のおまけを付けて。
「いたーいなぁ〜、あぁ痛い痛い。」
「てめぇ、どこの誰だ。何者だ。」
脇腹を笑いながら摩り、男は気味の悪い目線でイロアスを舐めるように見つめて、およそ本当のことを言わないだろう声で、こう答えた。
「魔宗教国ヴォリオスの戒僧、クレイブっちゅーもんすわ。」
気持ちの悪い怖さがある。そしてそれが、何故か怒りをうむ。不快感ーーこの男の一挙手一投足、一言一言全てが不快。
自分は本来そんな人じゃないと思っていた。誰にでもまず平等にその人を見る。自分の見る目はあると思うし、誰かを嫌うような人では無いと、そう思っていた。
でも目の前のこいつは、感情の全部が読み取れてしまう。何もかもがわかってしまう。
真に世界を壊そうとして、そこに一切の躊躇いもない。
「こいつは俺がーー」
「ダメ。それはダメ。」
地面に倒れていたリディアが、血反吐を吐きながら起き上がる。ダメージは深刻、大剣は折れ、骨も折れている。
傍に寄り添ったサンの頭を撫でて、その目は真っ直ぐ敵を見つめた。
「イロアス、君は先に行かなければならない。じゃなきゃ救えるものも救えないわよ。」
「じゃあ全員でこいつをーー」
「ダメ。こいつは強い、教国の戒僧と戦っちゃいけないのは皆の知ってるルールよ。」
既に強いのは認めている。イロアスの怒りに任せた蹴りとはいえ、それを脇腹にモロに喰らってダメージというダメージが見て取れない。
「私がやるから、早く行きなさい。」
「何言ってんだ・・・!もう戦えるような力残ってねぇだろ!」
「リディア・・・ここはサンが・・・」
リディアは折れた大剣を自分の胸に突き刺す。例え剣が折れても、権能は消えることは無い。
自分のダメージを再び斬り、まるで何事も無かったかのようにリディアは立ち、折れた剣を構える。
「こいつを足止めするには、私の権能が1番向いてる。」
イロアスは納得しない。確かに今この場でクレイブの真の恐怖をわかったのはイロアスだけだろう。それでも、
「早く行きなさい!!主君を救うんじゃないの!!イロアス!!」
この女性の強い強い背中を見て、歯を食いしばりながら、リディアに背を向けた。
「おいおい、俺っちを置いてみんな行ってまうのかい?これから奪い合いが始まるのにぃ・・・残念や。」
「何が奪い合いよ、主君の前で精霊も奪えなかった分際で。」
「そりゃ盗みは良くないわ。だから奪い合いをするんやろ、丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に、ボコして折って割いて絞めて、それでちゃーんと言うんや。」
膨れ上がる気持ちの悪い魔力が辺りを包む。こいつがこの場にいることを世界が拒絶しているかのように、ただただ、おぞましい。
「尊厳を、心を、精神を、願いを、祈りを、愛を、生命を下さいってな?」
満面の笑みで、そこには一切の殺意もなく、あるのは悦びだけ。百パーセントの善意と悪意で、クレイブはお願いする。
「行きなさい。」
闇に飲まれそうになるほどのこのおぞましい空間に、わざと光を放ち、自分はここにいると、そう奮い立つ女性がいる。
強い強い、本当に戦って、本当に強い女性が、その背中で語るのだ。
「主君をお願いね。」
「全部救って、必ず戻ってくる。」
「いや・・・リディア・・・!!」
リディアと共に戦おうとするサンを、リアが止める。
「サン、あんたの仲間は強いんでしょ。さっさと救って、戻ってくる。それ以外無いでしょ・・・!!それとも、あの人の想いを無駄にするつもり!?」
唇をかみしめて、血を流す。
リアの言ってることは正しい、わかってる。でも、リアにもこれから話そうと思っていたけど、リディアはーー
「サン。」
「いやだよリディア・・・」
「負けないわよ。私を信じなさい。」
瞬間、リディアは折れた大剣で自分の背後を横一線に斬る。距離の概念を斬り、何者も彼らには追いつけない歪みを作る。
「ほんなら、奪い合おか。どうか俺に盗みなんて卑屈な真似させんといてな?俺に戒めを与えんといてな?」
「奪ってみなさいよ、私の生命。」




