第3章37話 『厄災』
「お前たちの敗因は、『厄災』を知らないことだよぉ。スコレーの時代には無かったからねぇ、知らないのも無理はないけどねぇ。知識を引き継いでいくという権能は素晴らしいが、所詮はスコレーが収集した知識を1000年間引き継いだだけの、新しみもない古い知識だぁ。」
氷の大地をゆっくりと歩き、血溜まりに寝転ぶ男に近づく。
息遣いはある。まだ生きている。
足音も、あのゆったりとした喋り方も、花の香りもする。
「『魔導王』スコレー=フィラウティア。よく覚えているよぉ、俺の邪魔を何度もしてくれた魔法使いぃ。だが奴は女神テディアのために戦っただけで、世界のために戦ったわけじゃないぃ。故に、『厄災』のことは知らないぃ。」
血溜まりに倒れてもなお、『魔導王』を信じて戦おうとする男に、敗因を語ってあげている。
嫌なやつだ。反吐が出る。
「千年前の戦争の意味を知らずして、『厄災』が何かを知ることなど出来ないぃ。お前たちは、そのせいで負けるぅ。」
炎が舞い上がる。
これ以上、負けた理由など知らなくていい。
「まだ、負けてないだろ。」
「知りたくないのぉ?『厄災』って、何かぁ。」
「知らなくていい。それは、ダスカロイが戦いの中で見つけるだろう、それが勝利に繋がるのであれば。」
「そうかいぃ?知ってしまったら、本当に『戦争』を殺せるかなぁ?殺す勇気なんて、出てくるのかなぁ?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「『厄災』ってなんだ。」
イロアスは、知りたかった。
初代『魔導王』スコレー=フィラウティアは言った。全てを救わなければならないと。
その言葉の裏に隠された呪いは、リディアやミューズによって見事に解かれた。しかし、呪いとしてではなく、それは信念としてイロアスの中に残り続けている。
この戦いで、イロアスは救わなければならない。
『戦争』を、必ず救わなければならない。
その心に隠れた歪みを、知らなければならない。
「亜人を救って、虐げられている者のために戦う。それが出来るやつが、どうして世界の敵なんだ。」
「亜人を救う・・・ね、耳が痛いね。」
「どういう意味だ。」
「お兄ちゃんはね、世界を滅ぼすために今動いているんだよ。『厄災』だからね、そこは理解しているかな。」
「亜人を救うことが、どうして世界を滅ぼすことになるんだよ。」
「亜人差別が、世界的な問題だからだよ。結晶の中に居たとはいえ、お兄ちゃんの見ている景色は流れ続けていた。この世界は、900年経っても亜人を差別しているんでしょ。」
ミューズが、絶対になくしたい差別。
確かに、それは世界的なものである。北も東も南も、亜人は差別し続けられる。
「『戦争』の権能は、戦場に殺し合わないとわからないほどの信念のぶつかり合いがある限り、無限の魔力と再生力を持つ。」
漸く、漸く、亜人と『戦争』の繋がりを理解した。
「亜人の差別されずに、人族の下につかずに、平等に自由に生きたい信念と、人が魔獣を恐れたか互いを守ろうとする信念。この2つがぶつかり続ける限りお兄ちゃんは負けない。」
『戦争』マギアは、亜人を救おうとなんてしてなかった。自分の道具に過ぎなかった。
そう捉えてもおかしくない事実の発覚。
「迷ったらだめだよ、イロアス。」
イロアスの心はまだ未熟である。
この戦いを通してそれはより一層浮き彫りにされた。何度も自分の中で迷宮に迷い込む愚者であること、しかし、それを周りの力で抜け出せる容易さ。その単純な思考が、何よりも未熟であることを知らしめた。
本来、人を救うことなど、簡単などでは無い。
「迷ったら鈍るよ。救うと決めたら、その相手がどんなに善意でも悪意でも、とことん救うんだよ。『英雄』なんでしょ?」
アルテミアがどうして、イロアスのことをそこまで知っているのかはわからない。どうして『戦争』でありながら、本来世界の敵でありながら、ここまでイロアスの手助けをしてくれるのかはわからない。
しかし、確かにアルテミアはイロアスを諭した。
「それに、その迷いは『厄災』を知らないからだよ。みんな知らないから世界の敵だと認識する。」
「・・・もう一度聞きたい、『厄災』ってなんだ。」
『厄災』ーーー女神ヘレンが封印される前に天界から喚び出した『厄災の箱』から漏れ出た力を持つ者。
それは世界が周知している事実であり、世界を滅ぼそうとした女神ヘレンの使い魔であり、世界の敵そのもの。
未だこの人類史を終わらせようとする7人の悪意。
「『厄災』とは、世界を滅ぼす悪そのもの。」
イロアス、セア、リディア。その場にいる3人が全員口を閉ざして黙って聞いた。『厄災』から語られる『厄災』の本質。
「そして、世界が生み出した悪であり、世界が滅ぼさなければならない悪でありーーー、世界を救済しようと願う人類史の悪意そのもの。」
「世界を・・・救済・・・?」
「世界を終わらせて、再び平和な世界を一から作り出そうとする。これが、女神ヘレンの救済であり、それを人類史の悪意をもって実現しようとする7人の悪意を、『厄災』と呼ぶのよ。」
「待ってくれ・・・それを救済って呼ぶのかよ。それは救済なんかじゃないだろ!!」
「明確に世界の敵となって、君たちは漸く気づいたんだよ。それが救済なんかじゃないってことに。」
「どういう事だよ。」
「世界にはね、悪が必要なんだよ。みんなが一丸となって戦えるように。そして今、それは『厄災』であり、その力を知って初めて君たちは結束している。」
「じゃあ救済なんかじゃ・・・」
「『厄災』に名付けられたそれぞれの冠名は、君たち人類が生み出したものだよ。それには、気づいていたかな?」
「『戦争』・・・」
「君たちは、知らなければならない。自分たちが歴史を刻んで生み出した悪意ある救済の手段を、その身をもって。」
黙ってしまった。
イロアスの求める救いとは、大きく違う。でも、イロアスが住む人類史によって生み出された悪意ある救済。
違う道を歩んでしまった救済法。
「イロアス、君が世界の英雄となるためには7つ全ての『厄災』を知り、それを全て踏破しなければならない。千年前実在した『英雄』アレス=オクターの時代とは違う。君は、彼とは違う道を歩んで『英雄』に至らなければならない。」
セアが、心臓をギュッと握る。
イロアスの目指している千年前の英雄。彼とは違う道を歩まなければならないその険しさを。
「まずは、『戦争』。『魔導王』も知らないアーロン=マギア=ボラデルカの過去を、聞かせてあげる。」
告げられるは誰も知らない過去。
同じく『厄災』となったアルテミアから告げれる、900年前のディコス王朝。
アーロン=マギア=ボラデルカの、世界への想いを、イロアスは知ることになる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
革命軍本部が揺れる。
地下で起きている壮絶な戦いから目を逸らさずに、『英雄』にならんとする少年は揺れる本部から脱出した。
「リディアは残るって。」
「だろうな。やることがあるって言ってたもんな。」
見知らぬうちに花畑となっていたこの砂漠を、イロアスは目を逸らさずに見つめる。
「ピュロン先生も決着がついたみたいだな。」
革命軍本部の背後で、僅かに見える氷の大地と燃える炎の揺れを見つめる。
だが、そこには向かわない。
「あそこには、最強がいる。」
「それじゃあ、行こうよ、イロアス。」
「いや、待ってくれ・・・」
水魔法でずっと感知し続けていた。
そこに、いる。
花畑の中、埋もれるように、2人は仲良さそうに、横たわっていた。
片方は脇腹に火傷の後が、それでも幸せそうに笑って倒れていた。
もう1人も、まるで霧が晴れたかのように、笑っていた。
「・・・リア、サン、起きてくれ。」
体を揺さぶる。
夢から覚めたように、ゆっくりと起き上がる2人と、2人を笑って見つめるイロアス。
「2人とも、手を貸してくれ。ラストスパートだ。」
そしてこの戦いは終着へと向かう。




