第3章34話 本当に斬りたいもの
英雄とは何か。
君は、考えたことがあるだろうか。
君のなりたい英雄は、一体何か考えたことはあるだろうか。
イロアスは、何十、何百、何千とその思考を巡らせた。自分のなりたい英雄を、その幻想を、幾度となく思考した。
その結果が、救いを求める全ての救済。
土足で踏み上がろうが、言葉だけでは望んでなかろうが、1度拾えなかったとしても、
イロアスという英雄は何かもかもを救おうと奔走する。
では、英雄を求める人の心を、考えたことはあるだろうか。
助けを求めたくても、求められない人の心の内を、思考したことはあるだろうか。
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あの日、壁上で君を見た日。
あの時見た凛々しい君の横顔に、期待してしまった。
他国の人間が、どうしてここまでこの王朝の誰かを想えるのか。私は、不思議でならなかった。
でも、そんな不思議が、期待させてしまう。
君ならもしかしてーーー
主君を救ってあげられるのかもしれないと。
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リディア=エフェソスの権能『繋ぎ斬る鋏』は、概念を斬る事が出来る。
その対象はこの世の全てであるが、有形の機能か、無形の概念か、その2択に絞られる。
有形の機能とは、例えば眼を斬れば視覚を、耳を斬れば聴覚を、何か有形を斬ればそれに即した概念を斬ることが出来る。
無形の概念とは、例えば空間を斬ればそこには形が与えられ、次元を斬ればそこには歪みが生まれる。
斬れるのはどちから一方であり、残念ながら両者を同時に斬ったことにはならない。
イロアスはそこを上手く突いたつもりだった。無形の次元を斬ったのであれば、自分という有形はそこを突破できるだろうと。
だが、それは違う。
何よりもこの権能は、人を斬ることを嫌ったのだ。
有形の機能には、人かそれ以外かの区別がある。
それは、誰かがその区別を大切にしているのか、はたまたこの権能が生み出された理由にかかっているのか、それは生み出したものと、使うものしか知りえない。
だが結果的に、イロアスはこの区別を感覚的にわかっている。
魔法と水という有形が、次元を突破出来ない理由を必死に考えているが、人間という有形が特別視されていると知った。この無謀な賭けによって。
対象は、人間か、有形の機能か、無形の概念か。
「3つだろ、対象は。」
「君は本当に嫌な相手だ。」
分かってしまえば、イロアスの攻略法は一つ。近づいて近距離戦。
爆発の効能で部屋中を飛び回り、タイミングを図らせずに一気に近づく。
リディアが空を斬れば、とにかく線から離れる。
この権能の怖いところは、何を斬ったか斬られるまでわからないところ。
だが、今だけはわかる。
未だ解明できてない距離感のバグ。
進んでも一切距離が縮まらないこれだけは、理屈がよくわかってないが、距離という概念を斬っているのだろう。
リディアが大剣を振るった瞬間、それが再び起こるのだろうと瞬間的に理解した。
恐れずに、突っ込め。
今だけは、俺の方が有利だろ。
斬られたであろう距離は、一方向だけ。
リアの炎魔法の転移は、それじゃ防げない。
瞬間、リディアは背後からの攻撃を防げなかった。
部屋の壁まで吹き飛ばされ、血反吐を吐く。油断では無い、見抜かれたのだ。
「俺の人体の機能は斬れない、概念を斬っても何度でも攻略してみせる。」
意識が、遠のきかける。
今までの蓄積されたダメージが、蘇ってくる。
「ギオーサ先生、キノニア先生。あんたが相手した人は、あんたに消えないダメージを与えたはずだ。」
たった一撃。されど、あまりにクリティカルであり、あまりに熱が籠っていた。自分を止めようと、救おうと、その熱が背中を通して伝わる。
「あんたの負けーーー」
「負けてないわ。」
だからこそ、その熱に答えなければならない。
「この想いだけは、譲れないもの。先祖代々継いできた、この想いだけはーー譲れない。王朝で私を信じて命を預けてくれた、エフェソス家の全てを賭けて、私は立たなければならない。」
大剣で自らを刺す。
それは、ギオーサとの戦いで見せたもの。臨天魔法を喰らってもなお立ち上がった技法。
「まさか・・・自分のダメージの蓄積を斬ったのか。」
「さぁ、ラストスパートよ。」
眼にはたしかに熱が宿る。
しかし、イロアスの眼は、その先を見ていた。
この人は、嘘をつき続けている。
この王朝で出会った中で、誰よりも心の底から救いを求めているのだと。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「魔法は世界、詠唱は祈り、権能は願い。」
「・・・それが、リディアを倒すコツですか?」
学校での戦いの後、キノニア先生と話した一瞬を思いだす。
「えぇ、そうよ。」
「全然頭の理解が追いつかないんですけど。」
「私もよ。ギオーサ先生のお言葉だけど、ピンと来ないのよね。」
「ギオーサ先生の?」
「権能について、ギオーサ先生なら逐一思念で情報共有があったわ。そして、胸を貫かれたあと、あの人はそう伝えてきた。」
「権能は願い・・・」
「リディアはギオーサ先生の教え子。きっと、あの子の心の内を少し見たのかもね。」
この時の会話が、イロアスを巡る。
ーー魔法は世界。
それは、属性が世界を形造る七つの元素によるもの。
ーー詠唱は祈り。
それは、世界に自分の言霊を伝える儀式。
ーー権能は願い。
それは、それは、
「それは、誰かを想い、誰かのためにと願わんとした願望の結実。」
「・・・ギオーサ先生ね。そう、眼も口も閉ざされた中、そこまで見抜いていたのね。」
教師というものは、つくづくそういう生き物だ。
特に、ギオーサ先生のような優しい人は。
「なぁ、その権能。」
「いいでしょ。主君に近づくものをみな斬り捨てる願いの結実よ?」
「違うだろ。」
間髪入れず、イロアスはそれを否定した。
あの時は理解できなかったが、戦いの中、イロアスはリディアの心を見た。
誰かを斬ろうとした、そんな願望では無い。誰かを傷つけようと、そう願うはずが無い。
この人は、こんなに優しいのに。
「その権能で、あんたは本当は何を斬りたいと願ったんだ。」
あぁ、この少年はーー
「これ以上、お喋りは不要よ。」
飲み込まれる。この少年と話していると、自分の心が飲み込まれる。
1種の才だ。恐ろしい、何よりも恐ろしい才能。
主君を想うなら、ここで必ず倒さなければならない敵。
「光輪の天罰」
天井に、光の輪が降臨する。
「あれは弓よ。」
それが何かを分析する中、答えは相手の口から発せられた。あれが弓、輪の形をした弓。
全方位の射撃を可能とする弓。
「察しが良いわね、素晴らしいわよ。さぁ、ラストスパートよ。」
「さすが、ギオーサ先生の教え子だよ。」
「魔法はそんなに得意じゃなくてね。でも、生まれ持ったこの光魔法の魔力量だけは負けないわよ。」
光の粒子が、矢の形となり輪に装填される。
それは、無限に射出される光の弓矢。
放たれる瞬間、リディアは飛び上がり、大剣を振り回す。斬ったのは距離の概念。
「マジかよ。」
先程受けた攻撃が、また適応される。瞬間移動のように、そもそも速い光の矢が、雨よりも速く落ちる。
炎魔法の巨大な盾がイロアスを守護する。
その効能は焼却。なにもかもを灰にする効能。
しかし、その盾では全てを塞ぐことは出来なかった。
リディアの大剣が炎の盾を斬り割く。効能は失われ、ただの炎のカーテンと化したこの盾では何も防げはしない。
生まれ持った身体能力だけで、無数に放たれる距離感のバグを起こした矢を躱す。しかし、完全には不可能であった。
君は、雨を全て避けられるだろうか。
何本も矢がイロアスを貫く。身体を捻りながら致命傷だけは避け、何度も炎の盾を展開し直す。
さらに、矢を躱しながら、イロアスは水魔法で常にリディアの位置を把握していなければならなかった。
身体の機能を一部でも斬られれば終わり。
死がそこまで迫っていたのだ。
躱しながらも、全速でリディアとの距離を詰める。この矢がリディアにも当たることを願って。
しかし、それもまた不可能であった。
付けておいたマーキングは既に破壊されて転移も不可能。さらに、リディアは既にイロアスとの距離の概念を斬っていた。
防戦一方。
更なる絶望が、耳に届く。
「 其は狩人 月を撃ち降ろす狩人 此度光輪は星に照準を合わせ その愛を撃つだろう 」
「嘘だろ・・・後追い詠唱!!」
後追い詠唱ーー本来ならば、詠唱をしてから魔法を展開する。しかし、その順序は逆でもいい。
威力は急激に高まり、その緩急によって相手を倒す。デメリットは魔力の急激な消費。
しかし、リディアはそのデメリットを覆す程の魔力量を誇った。
光輪は巨大化し、矢の装填数が増加する。更に、矢の速さも段違いになる。
もはや、イロアスに躱せるほどの矢では無くなった。
だからこそ、イロアスの打つ手は一つとなってしまった。
「臨天魔法。」
「させない!!」
リディアが剣を振るう。詠唱を破棄させる、もしくは魔力の管でも、何でも斬れれば構わない。
だが、イロアスが瞬時に展開した炎の巨大なカーテンがイロアスを隠す。どこを斬れば良いのかリディアにはわからない。
一方イロアスは水魔法で常にリディアの位置を把握している。
ここに来て打たれる最善手。
これが、進化し続ける鬼才。
「 獣の涙 業燃やす王 霧の檻 其は何も許さず 何も許そう 救済の愛 英雄願望 その先の世界は輝きに満ちている 」
生まれて初めて、世界に祈る。
長文詠唱の先に、イロアスは望む景色を観る。
自分が目指す世界を、誰もが自分を殺さなくてもいい世界を。
「心写す水鏡 嘘燃やす燈」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
気づけば何も無い空間にいた。
ここは何処なのか、あるのは永遠に続く空と水面。
そして、目の前を浮遊する1つの燈籠。
「これが、君の臨天魔法ーー」
異質だ。
誰かを攻撃するための、何かが無い。
「水面は鏡。まずは、己を知る。」
どこからか聞こえたイロアスの声に、臨天魔法は反応する。
水面から、水で造られたリディアが現れる。
「燈籠は感情の炎。次に、救いを求める。」
水のリディアは、ただ一言、こう呟いた。
「ーーー主君を、『厄災』から助けないと。」
それが、君の本音なんだね、リディア=エフェソス。
驚愕だった。不思議と、心の内が空くようで。
「これが、こんなことが可能なの・・・魔法が、感情を・・・」
瞬間、燈籠は崩れ、炎は水に落ちる。
水面は燃え盛り、水のリディアは水面に崩れ落ちる。
「君は唯人。最後に、選択を。」
崩れ落ちる自分を見て、燃え盛る炎が感情を暖める。
「ありがとう、イロアス君。君はとても優しい子だよ。ーーそれでも、最後は剣で示さなきゃね。」
「それがあんたの選択なら、それに従うよ。それがこの臨天魔法の縛りだからね。」
結界は崩れ落ちる。
そこにいるのは、英雄願望と、救いを求める唯人。
「臨天魔法とは名ばかりだね。君は、まだ戦えるんだろう?」
「未完成だからな。後、縛りのせいでね。」
見つめ合う。
そして、今度は同時に動きだした。
リディアは再び上空の光輪を展開、装填する。
イロアスは、大切な剣を握り、天に掲げる。
唱える魔法は水。再びこの空間を水中に埋める。
リディアは即座に次元を斬り、自分の空間を確保。
しかし、イロアスの狙いは天空。
光輪を、握りしめた大切な剣で破壊する。
水の中、上手く作動しなかった光の弓矢は粉々に砕け散る。
「解除。」
部屋中を満たす水魔法を解除し、イロアスは天から炎魔法を展開する。
上から水が滝のように落ちるが、リディアには関係ない。
さらに、リディアはすかさず距離の概念を斬る。
そして、自分の周りで光輪を展開し始める。
その刹那の集中は、イロアスの僅かな挙動を見逃した。
「水面は鏡。」
滝のように落ちた水は床に溜まり、水面となる。そこから生まれる水のイロアスに、リディアは瞬間的に剣を振るった。
敗因はここだった。
権能への過信。ギオーサ先生との戦いで痛い目を見たというのに。
「斬ったのは、水が形作るという性質だろ。それは、人体には関係ない。」
水の人形と本体との入れ替え。
次から次へと湧いてくる発想の転換、進化し続けるこの才能に、リディアは感服した。
イロアスの剣は、リディアの大剣を捉え、吹き飛ばされる。
そしてーー
「あんたの負けだ。リディア=エフェソス。」
上で展開されていた炎魔法が、リディアに直撃する。膝を折り、倒れる。権能でダメージを斬ることも出来ない。
水に塗れた床に倒れ込む瞬間、水面に映る自分を見る。
「笑ってるのね、私は。」
君なら、君なら主君を助けられると、そう願って、笑ったのであった。




