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誰もが愛を求めている  作者: 天邪鬼(あまじゃき)
第3章  双生と哀獣の戦場
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第3章32話 繋ぎ斬る鋏




 革命軍本部は、エピス=ピュロンの魔法によって地上から這い出された。


 薄暗く照らされた地下迷宮から、砂漠の海に建つひとつの塔へと変化した。


 地下迷宮において、炎魔法は危険である。いや、炎に限らず、あらゆる魔法は危険を伴う。下手をして壁や床、天井が崩れ落ちればそれだけで命取り。

 もちろん、空気の通り道など緻密に設計されてはいる。1000年もの間革命軍はここを拠点にしてきたのだから。


 だが、それでも大きな魔法を連発することなどできなかった。


 現状は大きく変わる。


 革命軍本部、屋上。

 鳴り響く爆音と、滝のように壁を流れ落ちる水。


 剣をふりかざす音は聞こえても、どこにも裂傷はない。


 イロアスとリディア=エフェソスの戦いが加速していた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 イロアスは、人のことをよく見ている。

 誰からも目を離さずに、誰をも見つめ、その胸中にしまうものを見透す。


 それが、黒く壊れそうならば、救ってあげなければならない。


 だからイロアスはここに来た。


 最も黒く壊れそうなほど、何かに蝕まれている心の器を持つ人を救いに。


 「本当は、あっちもこっちも全部救いたい。でも、俺の信頼する人たちが、それを手伝ってくれる。」


 「あの子にサンが救えると?道化ーーーいや、あの傀儡に我が主君が救えると?」


 「あんたは、一体何者なんだ、リディア=エフェソス。この王朝のことをどこまで知ってるんだ。」


 傀儡ーー『魔導王』ダスカロイ=フィラウティアを彼女はそう呼んだ。

 確かに、ダスカロイは初代『魔導王』スコレー=フィラウティアの操り人形の様なものだった。だけど、それを知る人は少ない。この戦争のためにやっと共有された彼の業なのだから。


 しかし、リディアは知っている。


 「なぁ、そんなに色々知ってんなら教えてくれよ。」


 イロアスは、この戦いの中でずっと違和感を感じている。この質問はきっと、その違和感の正体にたどり着くためのキー。


 「『厄災』っていうのは何だ。」


 沈黙ーー炎と水の魔法が瓦礫を崩す音だけが戦場に響き渡る。


 フッ・・・


 笑った。自分を見つめて、彼女は笑った。


 「私との戦いの中で、君がその答えに辿り着く事は無い。だけど、『戦争』に会えば全てがわかる。」


 「・・・あんたに勝つしかないってことか。」


 「そう、殺すしかないわよ。何もかもを拾いたいとそう本気で願うのならば、君は今知るべきだわ。何かを拾おうとすればするほど、同じくらいの何かを捨てなければならない。拾われることで、捨てられる願いがある事を学びなさい。」


 「知ってるよ、全ての人間が同じ方向を向いてない事くらい。でも、俺は全部救うよ、零れ落ちたものも何度でも拾ってやるさ。」


 本気の眼。期待をしてしまう。


 また、笑った。


 「その願望を持つということが、どういう意味なのか、君はそれを知らない愚か者。だけど、君はそれでいいわ。だからこそ、君は、君にはーー」


 瞳を閉じ、緩やかに口角のあがった美しい顔を引き締める。


 「構えなさい。私はこれから、君の身体も心も、その願望すらも切り落とす。」


 「もう構えてる。あんたのその剣をへし折ってやるよ。もう何も斬れないように。」


 数秒、瞳を合わせる2人。

 遠くで聴こえる戦闘の音だけが響き渡る。


 合図は無い。

 先に動きだしたのは、イロアス。


 リディアの懐に入るために後手に回っても良かった。しかし、彼女から動く気配はない。

 常時展開している水魔法の波で、動作の一つ一つ全てを把握する。多対一ではあまり有利に運ぶものでは無いが、一対一ならば後は集中力と、反発力さえあればいい。


 イロアスという天性の身体能力を持っているからこそ成し得る技法。


 間合いを詰めにかかる。大剣を振るえない死角に忍び込もうとする。


 「概念を斬るということを、まだ理解していないらしいわね。」


 リディアが動かなかった理由は、動く必要が無いから。大剣を1度振るえば、何もかもが斬れるのに。


 「権能ーー『繋ぎ斬る鋏(サーべランス)』」


 大剣が権能を重ねて振るわれる。

 その斬撃の先に入らないように、イロアスは見極め大袈裟にだが回避する。回避の方向はリディアに向かうように、大きく近づくように回避したつもりだった。


 「・・・!!なんだこれ!!」


 近づいたつもりが、リディアの姿ははるか遠くに見える。それだけでは無い、天井も壁も、遥か先。

 部屋が拡大したかのように錯覚する。


 「概念を斬るってことよ、これが。」


 リディアは再び大剣を空に斬る。


 「・・・っ!!」


 確かに躱したのに、息が苦しい。斬り捨てたのは、酸素そのもの。


 リディアが平然と立っている、斬られたのは自分の周りだけだと瞬時に理解する。

 瞬間、大量の水を放出する。辺り一帯を包むような巨大な水槽を作り出す。


 斬られたのが酸素ならば、それは炎魔法も使えないことを意味する。空気中の酸素を使って燃え続ける原理の破綻。

 リアの永遠の効能がなければ太刀打ちなど出来ない。


 この状況が打開できないのならば、相手も同じにしてしまえばいい。


 人は、水の中じゃ息はできない。ただの我慢比べーーではなかった。


 再び、リディアは大剣を2度振るう。


 リディアを避けるように、水がその場所を流れることを嫌うかのように、空間ができる。

 足元の水も、まるで最初から固形であったかのようにリディアを支え始めた。


 「息が吸えないのは、あなただけになったわね。」


 この絶望的な状況の中で、イロアスについて少し語ろう。

 彼は、戦闘においてずば抜けたセンスを発揮する。それは絶え間ない努力の成果であるが、所詮それは練習に過ぎない。


 いざ本番となると、そこに必要な発想力は土壇場で発揮せざるを得ない。


 イロアスは、天性の才能でこれを会得している。


 瞬間的に相手も息を吸えなくすればいいなど、練習では思いついたとしても、命のやり取りの最中でそれを思いつくのはやはり恐ろしい才能である。


 そんな彼だからこそ、瞬間で疑問に思う。


 1度目に斬ったのは、本当に水なのかと。


 水が下に流れ落ちるという機能そのものを斬ったとして、その水はどこに流れるのだろうか。勿論、下に流れないのであれば、別なところに流れるだけ。

 そして、その水はこの巨大な水槽の中で何処かにいってしまう。


 もしこの原理ならば、リディアは真上を斬り続けなければならないのだ。


 水そのものを斬ることは不可能なのではないか?


 しかし、現状はリディアの真上の水はリディアを避けて流れ続ける。


 ならば、斬ったのは、空間なのでは?

 無形の水を斬るなど、誰にも出来やしないのではないか?


 じゃあ空間の何を斬ったのか。いつもと違う違和感に気づければ、その答えは一目瞭然。()()()()という機能を斬ったのだ。


 形のない水で満たされた空間に、形を与える。中身を満たしていた水は下から這い出る。足元だけを固めてしまえば、水のない触れる空間の完成だ。

 それをいとも容易く、なおかつ魔力の消費もなく、大剣を振るうだけで成し得る。


 これが権能。

 距離感のバグ、酸素、無形の空間に形を与える。


 息が吸えず、新たに酸素を得ることが出来ない。それは、脳が働くのを邪魔し、集中力は切れていき、やがて体は言うことを聞かなくなる。


 だが、イロアスの思考はクリーンであった。


 「・・・あら。」


 爆速でこの水で満たした空間から逃げ出す。少しでも外に流れ出て、目一杯呼吸をした。


 息切れを起こしたが、笑った。


 「やはりな、無形のものは全てを斬ることは出来ない。斬れる場所はほんの一部ってわけか。」


 波でリディアの位置を補足し続けながら必死に頭を回す。どうやったら勝てるのか、どうすればあの権能を防げるのか。


 「さぁて、イロアス。全てを救いたいなら気合いを入れろ。負けは許されない、俺が倒れることは許されない、俺が折れることは許されない。」


 何度も何度も、復唱して理解させる。このちっぽけな脳みそに理解させる。


 英雄たらんとするその心に、理解させる。


 「救えるものは全部救う。それが俺の生きる道だ。」




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