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誰もが愛を求めている  作者: 天邪鬼(あまじゃき)
第3章  双生と哀獣の戦場
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第3章31話 サン




 リア=プラグマは、ようやくここまで来た。

 それは、物理的な距離の話もそうだが、この目の前の顔をぐちゃぐちゃにしてこちらを睨む少女の心の話だ。


 ようやく、感情すべてをさらけだし、自分と話すことが出来る。


 2人とも、学校での傷が癒えぬまま、ここまで戦った。


 「ディコス王朝に来た初日に、アンタと部屋で話した続きをしましょ。」


 サンは、任務のために近づいたのかもしれない。だけど、確かにあの時、心は僅かに揺れていたと、そう思った。


 「アンタの、大好きな人の話を聞かせてよ。霧の中に隠れてないで、アタシを見てよ。遠くを見てないで、近くにいるアタシの眼を見てよ。」


 部屋を覆い尽くす程の濃霧は、真紅に染まり弾け飛んだ。


 それは血で染まったものではない。

 リア=プラグマという騎士が成した、美しい炎によって染められた。


 その女性が持つ髪色と目の色と同じように、霧は染められた。


 「アタシは、アンタの話が聞きたいのよ、サン。」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 傲慢な人だと思った。


 紛れもない第一印象である。

 試験の説明で、試験官に敵意剥き出しで、尚且つ皆を侮っている。


 関わらないようにしよう・・・


 すぐにそう思ったけど、でも、何故か気になっていたのは事実だった。


 怒りの底に、悲しい目をしていたから。


 ・・・いつからだろう、こんなにもよく人を見るようになったのは。




※※※※※※※※※※※




 見られるのは嫌いだった。

 誰も、自分の感情を見て欲しくなかった。


 王朝に()()()()()。全てはサンに名前をくれたあの人の復讐。そして、サンを大切に育ててくれた主君やリディアのため。


 そのうち、自分の霧は真紅に染まっていったと感じた。

 それでも構わなかった。赤く染まった方が、周りも自分を見ないと思ったから。


 サンは、何よりも誰かから見られることを嫌った。あの人のことを心にしまい、大切に保管し、それを日の元に晒すことを嫌った。


 霧の中に隠して、誰にも悟られないようにしまい込んだ。


 それは、あの人のことを誰にも知られたくないといえ独占欲ではない。

 あの人のこととなって、自分の感情に抑制が聞かなくなり、本音をさらけ出してしまうのが怖かった。


 奴隷時代の名残だろうか、兎にも角にも、感情と本音を誰かにさらけ出すのが怖い。


 1人で霧の中に閉じこもってしまいたい。誰も気にかけて欲しくは無い、放っておいて欲しい・・・




 でも、彼女は来た。


 この真紅に染まった霧を、血によって真紅に染められた霧を、自分の全てに染めてこようと彼女はやってきた。真紅を、真紅に染めに来たのだ。


 「ようやく、目が合ったわね。」


 いつの間にか、サンはリアを見ていた。

 自分を霧の中から無理やり引きずり出した彼女を、一体どんな目で見ているのか、そんなの自分でもわからない。


 決していい目では無かったと思う。

 リアのように、誰かを想うような瞳で見てはいなかった。


 「憎悪は、無くなったの?」


 どうやら、憎悪はなかったらしい。睨んでいた訳では無いと、それだけが分かっていた。


 この感情を、サンは知らなかった。


 言葉にできない感情は確かに存在する。人の心は多種多様であり、その全てに名前がついている訳では無い。

 どうやって言葉に表そうか迷うこともあるし、言葉になんて出来ない時もある。


 今はまさに、そんな感情の渦の中だった。


 「サンの・・・何もかもを否定して・・・霧の中を土足で踏み込んで・・・それでも、サンの話を聞きたいっていう・・・」


 でも、認める。認めるしかない。


 サンは、今、あの人と出会って以来愛されているのだと。この目の前の、どうしようも無いほどの傲慢な女の子から。


 「サンの何もかもを聞きたいのなら・・・サンを負かしてみせて。」


 それから、言葉は要らなかった。


 17年の時を生きて、サンは何かを望んだことは無かった。


 死者は生き返らないと知っているから、あの人を再び望むことは無かった。


 強かろうが弱かろうが、必要な力は必要な時に的確に使えばいいと知っていたから、強さを望むことは無かった。


 人間は欲深く、複雑で難解な感情を持つから、平和や友情や居心地を望むことは無かった。


 主君の揺るぎない勝利を信じていたから、勝ちを望むことは無かった。


 だけど、今初めて心から望んだ。


 リア=プラグマに勝利することを。貪欲に、何よりも欲した。


 「炎よ、剣に纏え。」


 リアは、炎を。

 サンは、霧をーーいや、もう霧で自分を包む必要などない。


 「水よ、浮かべ。」


 霧で身を隠すサンはもう居ない。

 リアは認識を改める。今から見るのが、現段階で覚醒したサンなのだと。


 その認識の瞬時な改変が、リアを間一髪で命から救った。


 「水面に写る天女(セイレーン)


 宙に浮いた無数の水滴に、サンが放った光魔法が乱反射して部屋中を無数の光線が埋め尽くす。


 一瞬の判断ーー避けるのは不可能。

 ならば、全て焼き付くし蒸発させる。


 爆発の効能を使い、部屋を大火力で爆散させる。

 宙に浮いた水滴は、その量から蒸発するのは一瞬であったが、それは水蒸気となり、霧となる。


 「これは、リアが作った霧・・・」


 生まれた霧を凝縮させ、質量を持つ霧へと変化させる。

 この霧は、自分を隠すために生まれたものじゃない。自分を霧から無理やり引きずり出したリアが作り出した霧。


 だが、永遠の効能を持った炎の剣が霧を真っ二つに切裂く。切った箇所から発火し、霧は永遠に燃え続ける。


 咄嗟の反撃ーー光魔法でリアを貫かんと放たれた攻撃は、もう一本の剣で受け流される。


 その光線は、受け流され、燃え続ける霧へと放たれた。

 燃え続けようが、それは水に変わりない。


 反射した光は、リアの脇腹を貫く。

 血飛沫をあげて、苦痛の叫び声を歯を噛み砕く勢いで喉で止める。


 「その出血量で・・・動けないでしょ・・・」


 サンの最も得意とする霧魔法が、リアの頭上で圧倒的な質量を持って造られる。


 「積雲落星(スターダスト)


 何よりも重く重く、その霧はリアの体を押しつぶす。星が堕ちたかのように、その威力は建物を余裕で破壊する。


 霧は、再び血に塗れて真紅にーー


 「・・・消えた。」


 水魔法によって、ずっと捉え続けていたリアの波紋が消えた。押し潰して、原型を無くした訳じゃない。例えそうでも、サンは位置を特定できる。


 だが、目の前からは一切感知できなくなる。


 背後ーー僅かに感じた魔力の波に、サンは瞬時に反応した。戦闘の最中で集中力は極限まで高まっていた。


 光魔法を背後めがけて撃ち抜く。


 しかし、そこには1本の剣があるだけだった。


 「・・・上!!」


 気づいた時には、遅かったのだ。


 「アタシの勝ちよ、サン。」


 リアの炎と想いを込めた拳が、サンに向けて振り下ろされる。

 剣は、リアの更に上、天井に深く突き刺さっていた。


 拳に込められた炎の効能、爆発によって、サンは革命軍本部から吹き飛ばされる。

 地上にはい出された本部、そこから外に放り出された先はーーー




※※※※※※※※※




 瞳を閉じれば、あの人がずっと笑いかけている。

 死にたいと、そう願ったことなどないが、そちらに行くのも悪くないと思っていた。


 でも、あの人がそれを許さない。


 生かしてくれたのに、死ぬなんて、あの人を否定することだったから。


 「ようやく、サンを見てくれる人が出来たのね。」


 「・・・」


 「リディアじゃない誰かが、あなたを見つけてくれることを願ってたのよ。」


 「・・・」


 「もう、大丈夫そうね。」


 あの人が、最後に頭を撫でてくれた気がした。




 目を覚ますと、そこは砂漠ではなかった。


 「綺麗な花・・・」


 花を見つめる自分の瞳が、僅かに濡れているのを感じた。

 そうだった、あの人に会って、涙が止まらなかったんだ。


 空をただ眺めていると、こちらに向かってくる足音が聞こえた。戦いの最中では、煩わしく、こっちに来ないで欲しいとそう望んでいた足音。


 「綺麗な花ね。」


 「・・・」


 足音は、決して同じリズムでは無い。それは、リアがどれだけのダメージを負っているかを物語っていた。


 「そう・・・焼いたのね・・・」


 脇腹を貫いたはずなのに、あれだけ動けるはずが無いと確信していたが、リアの覚悟を見誤った。決して弱いと思っていないし、戦えば戦うだけ強くなると、侮りすら無かった。


 リアは自分の脇腹を焼いて止血した。


 「気絶しかけたけど、唇噛み切って耐えたわ。アタシにここまでさせる同年代なんて、普通居ないわよ。」


 『灼熱』の家系リア=プラグマからの賞賛。それが何を意味するのかは、アナトリカ王国の者なら知っている。


 「・・・」


 リアが自分よりも強者として認めた唯一の同期は、花畑を背に、動く気をなくした。


 「ねぇ・・・何でそんなにサンに関わろうとするの・・・?」


 「アンタとアタシが似ていたからよ。」


 「似ていた・・・?」


 「そう、学校に来た日の夜のことを覚えてる?」


 それは、サンが任務達成のために全員と近づこうと決めた日。全員分の魔力と属性と、時間割、行動パターンを記憶しようと決めた日。


 決して、仲良くなろうと思って近づいた訳ではない。リアはそれを見抜けなかった。だが、リアにとってはそんなもの些細な動機にすぎない。


 「アンタがアタシと話をしてくれた日よ、嬉しかったわ。」


 「・・・サンに話しかけられるだけで?」


 「イロアスのせいね、人と関わろうと思ったのは。でもね、これが難しくてね。孤独に強くあろうとして、他の人を突っぱねて、誰のことも知ろうとしなかった。それは間違いだった。」


 「何も間違ってない・・・人は信用ならない。」


 「それでもアンタにも、愛する人がいる。」


 「愛する・・・?」


 「アタシの家族の話をした時、アンタは一瞬だけ遠くを見るような眼をした。」


 「・・・」


 「それで確信した。アンタにも、大切な人がいる。」


 「・・・」


 「だから、アンタの話を聞かせてよ。今度は、ゆっくり、何も考えないで、何者にも囚われないで、瞳を合わせてーーーそして、笑い合うの。」


 こちらを見て、見たこともないほどの優しい笑顔を向けてきた。とても、傲慢な人だとは思わなかった。


 サンだけを見ている。サンを気にかけてくれている。サンの、大切なあの人のことを知ろうとしてくれている。


 もはや、立つ気力すら湧かない自分に、驚いた。




 大切なあの人を霧で包み隠し、何もかもを敵としてみて、周囲を拒絶し続けた少女。


 サンという名前をくれたあの人と、あの人を知って自分に道を与えてくれたリディアと、場所をくれた主君。


 革命軍のために、生きようと思った自分を忘れて、今はただーーー


 「・・・この戦いが済んだら、話してあげてもいい。サンの大切な人の話・・・」


 「約束ね。」


 仰向けに倒れているサンの隣に、ゆっくりと膝を折り畳みながら倒れ込むリア。


 魔力を使い果たした末、リアは瞳を閉じてゆっくり呼吸をする。


 サンという一人の友人を、霧の中から救い出すことに成功した。

 幻想で包み込む霧は、美しい真紅に染められたのだった。




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