第3章30話 霧が真紅に染るまで(3)
愛を知らないと、『幻霧』の少女をそう罵った。
正確には、愛されることは知っているが、それは一瞬与えられたものであり、それを抱いて、周りを霧で包んで隠しているだけ。
大切なものを抱き抱えて、誰にも脅かされないようにしているだけ。
『愛』というものを生涯大事に抱えているだけで、サン自身は愛されることをよく分かっていない。
だから彼女は、他者からの愛を拒む。
自分に名前を与えてくれたあの人と関わらないものを拒むのだ。
革命軍において、サンがよく懐いているのはリディアだけである。
なぜなら、彼女だけがあの人を共有できるから。自分の宝物を見せてもいいとそう信じている人だから。
他の人もサンは好きだった。
自分の宝物に触れようとする人がいなかったから。
でも、目の前のやつは、そうでは無い。
土足で霧の中に入り込んできて、宝物に勝手に触って、それでもなお足りないという。
なんと傲慢なことか、なんと不躾なことか。
「サンを救おうだなんて・・・!!」
「人の家に土足で踏み鳴らして、勝手に救う。そんなやつをあんたも知ってるでしょ。だってこの話、したもんね。」
任務中で仕方なく近づいただけの日の夜のことをリアは語り出す。
所詮は皆の時間割を把握するためだけのもの。皆の技量を測るためだけのもの。
「随分勝手なやつよ。傲慢にもアタシのことを臆病者呼ばわりして、家族間の問題に首を突っ込んで。それでもね、救われたのよ。」
「うるさいうるさいうるさいうるさい・・・!!」
質量を持った霧がリアを押し潰しにかかる。まだまだ、霧を真紅に染めようと、霧は血を欲する。
だが、それはリアの巨大な華に飲み込まれ、燃やされる。
「アタシもそうするわよ。アンタの霧の中をズカズカ踏み込んで、大事に抱えてる何かを一緒に抱えたいのよ。」
2本の剣を握りしめる。
彼女の美しい瞳が、力強くサンを見つめる。
「やめて・・・見ないで・・・!!」
その目から、離れたい。
ただそう思い、今までで一番濃い霧を生み出す。半歩先も見えないほどの濃霧。ちょっとやそっとの爆発じゃ晴れることはない霧。
「そう、これがアンタの最大の霧ね。遂に、ここまで来たわよ。アンタの心の奥底までもうちょっと。」
「来ないで・・・!!こっちに来ないで・・・!!
」
「悪いけど、土足で踏み込むわよ。そうでもしなきゃ、アンタはアタシの眼を見ないでしょ。」
瞬間、霧から何かリア目掛けて飛んでくるのを察知する。それは、魔力感知を霧が濃くなると同時に全開にしたリアの実力によりギリギリ回避される。
何が飛んできたのか、それは一瞬だけ見えた。
「光魔法の光線ーーーこの霧、えぐいわね。」
光すら通すことは無い、圧倒的な濃霧。
「アンタは霧の魔力のお陰でアタシの位置は丸わかりってわけね。」
強いられるは防戦。全力の魔力感知と熱源探知で超ギリギリ防げるレベル。
二本の剣を振り回し、霧を爆散させどかそうにも、質量を持つ霧は重くその場を離れることはない。
「全魔力使ってでもアタシを殺すつもりね。でも、アンタが全力を出してるってことがもう嬉しいけどね。」
実力を隠して騎士団に入団し、経験値と魔力操作は逸品物。自分が温室育ちとは言わないが、裕福に修行をしてきた身であり、偉大な祖父を持つリアだからこそ理解出来る。
同期で最強と、学校で認めた。
隠していた実力の全てを発揮して、自分を殺しに来ている。それが、リアが強くなった何よりの証であり、何よりの喜び。
「アンタと肩並べて戦えるーーもう、アンタを1人にしないで戦えるのよ。」
「サンは・・・肩を並べて戦うことは無い。これから殺して、二度と顔を合わせることもない。」
「この霧を晴らして、アンタはアタシの眼を見て話し合うのよ。そして、顔を思っ切り引っぱたいて反省させて、友達になるの。」
「勝手なこと言わないで・・・!!反省なんてしない・・・これは、サンの選んだ道なの!!」
「アンタの選んだ道は、世界を壊す道。その道を焼き尽くして、次は世界を守るために戦うのよ。」
「主君を傷つける世界なんて、無くなってしまえばいいのよ・・・!!お願いだから邪魔しないでよ・・・!!」
何度も何度も光魔法が威力をましながらリアの頭蓋を撃ち抜かんと放たれる。しかし、紙一重でそれら全てを躱す。
サンの怒りと哀しみと、寂しさを感じながら。
「アンタに居場所を作った人が、何を想って世界を滅ぼそうとしてるか知らないで、何でもかんでもついていけばいいと思ってるアンタはね、ただのさみしがり屋の愚か者よ。」
サンを何度傷つければいいのだろうか。
そう、自分を苦しめつつも、リアは自分の主張を曲げることなく責め苦を放つ。
「一度だけ、祖父から聞いたことがある。」
『使徒』から見た『厄災』というものを、一度だけ、祖父が語った。
彼らが真に敵であるのかを、語ったのだ。
「彼らは、世界を憎んでいないと、そう聞いたことがある。」
ねぇ、イロアス。
アンタなら、『厄災』ですら救えるのかもしれないわね。
「サン、アンタの苦しみも、革命軍を想う心も理解した。」
「サンの何を・・・!!」
震えた声で、怒りを含んだその声が、リアには確かに届いている。
「盲信するなとも、言わない。それでも、何も知らないまま、それ以外の全てを跳ね除けて、世界の誰とも眼も合わせずに霧に引っ込んだままなんて許さない。」
光魔法の攻撃が鳴り止む。
霧を通して、リアにはサンの心が確かに伝わってくる。
「霧が教えてくれるわよ、アンタの心を。」
剣を握りしめる。
やがて刀身は美しい緋色に変わる。
霧という水を飛ばす程の火力を、一瞬にして咲かせることは出来ない。水が蒸発すれば、それはまたサンの魔法で霧となり無限にループし続ける。
「霧に、花を咲かせる。舞え、飛桜千万」
リアは2本の剣を真上に掲げる。
それは、まるで巨大な桜の木のように、逞しく咲き誇る。
大木から、桜の花びらが舞い、部屋中を埋め尽くす。霧の中にも、美しい花弁が舞い落ちる。
「やめてやめてやめて・・・サンの霧に、変なもの入れないでよ・・・!!」
光が乱反射して、桜の花びらを撃ち抜く。だが、それでも捌ききれないほどの花弁が舞う。
「言ったじゃない。土足で踏み込むわよって。」
冷静なサンなら、この量を捌ききれたのかもしれない。でも、今ここにいるのは霧の中に閉じこもり、誰の声も聞かない子ども。
「桜の花びらの一つ一つが、霧の中で爆散すればどうなるかしら。」
大量の魔力消費。
それは、この花びら1枚1枚を操るのに用いた魔力。まだ全てを制御することは出来ないが、霧の中の各所に均等に配置するだけの魔力操作は、この学校生活で可能になった。
更に、魔力が枯れるまで燃え続ける永遠の効能が、この魔法の完成を可能とした。
吹かれれば消えるだけの儚い炎。
だが、リアの魔力が続く限り、この花弁は舞散り続ける。
リアの剣が、下に振り下ろされることが合図だった。
豪快な爆発音が、部屋中に響き渡る。
そしてーーー
「ご対面ね、サン。」
サンとリアの距離は、1歩進めばぶつかる距離まで縮まる。
霧は晴れ、そこにはようやく向かい合った、2人の女の子がいるだけだった。




