第3章29話 霧が真紅に染るまで(2)
「それでは具体的な作戦の内容を話しましょう。」
作戦の内容は至ってシンプルだった。
外に若い世代の奴隷を集めて放置する。それがやがて亜人に伝わり、情報は革命軍へと流れる。
寧ろ、奴隷の動揺から革命軍に情報が流れないか心配をしていたところであった。
もしも、万が一、いや、億が一であるが、奴隷が何か変な奇行をしようものなら作戦の全貌がばれてしまうようなものであった。
「この作戦の良いところは、奴隷が何をしようといいということです。例えそれが罠であろうとも、罠とわかっていようとも、革命軍は助けずにはいられない。」
それが、この王朝のやり方である。
誰かを想い、助けようとする心を利用する。ふんだんに、1つも残さず、その利用できる良心を使い切る。
少女は、期待などしていなかったが、僅かな希望でもあったのは確かだった。
この奴隷の首輪から、離れることが出来ると少しでも思ってしまった。
「名抜け。名誉な事だぞ。この国を脅かす害虫の駆除に一役買えるのだ。」
名前もない少女は、生を諦める。
もう二度と、その目に光が宿ることなどない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
作戦決行の日はすぐ来てしまった。
それは、名抜けの少女が堕落した日々を送り、1日に価値を感じなくなってしまったからだろう。
結界の外に出れるということなどに、淡い希望など持たないからだろう。
全ては、無意味な事だと、そう生を諦めてしまったからだろう。
「皆さんお集まり頂き何よりです。今より、その首輪は外れます。」
奴隷の主たちは、その首輪を外す。
少し躊躇う者もいたが、あの『戦争』を討てるかもしれないという心躍る大義がその躊躇いを希望へと変える。
「あなたたちのことは遠くから見ております。近くにはこの国最強である『大将軍』が控えていますから安心して罠になってくださいね。」
名抜けの少女は当たりを少し見渡す。
『大将軍』というのはきっとあの時宮殿にいた騎士のことだろう。とっさに自分の姿を小さくしてしまったほどの力を持つ彼。
だけど、それよりも、あまりに自分と同じような歳の子供が多いことに気づいた。
年代にして15ほどまでの子供を集めたのだろうか。
「奴隷が泣きわめくと困るので、お目付け役の奴隷を1人付けますね。この女性の周りを囲むように歩いてくださいね。」
作戦を説明していた女性は、1人の奴隷を連れてきた。自分たちより一回りも上の女性。年齢は30くらいだろうか。
「では、行きましょうか。」
言われた通りに、奴隷の子供たちは皆揃って1人の大人の奴隷を囲む。
名抜けの少女も言われた通りに近くまで寄る。
それでも、初めて同じ境遇の子供たちと触れ合うほど近くまでいるため、緊張・・・いや、なんだろうか。少し、人と触れ合うことに躊躇いがあった。
輪から少しだけ外れようとする。
そちらの方が落ち着く。
「だめよ、こっちにいらっしゃい。」
名抜けの少女は手を引っ張られる。
いつも主人に引っ張られると、恐怖心が湧いた。だから、無意識に引き剥がそうとしたのだ。
でも、その時は何故か、受け入れてしまった。
「危ない子ね、私の傍を離れてはだめよ。」
大人の奴隷の女性は、優しく、包み込んでくれるかのように、頭を撫でた。
名抜けの少女の心がざわつく。
これは、何だろうか。胸の辺りが痛くなる、これは何だろうか。
「皆よく聞きなさい。革命軍は既に、助けに来ているから。」
奴隷の集団が結界の外を抜ける。
示された目的地まで、1人の大人を囲んで歩く。
名抜けの少女は、手を握られて離せないまま、その女性と手を繋いで歩いていた。
「私たちは罠。でも、革命軍からしたら希望なのよ。この国を、救ってくれるかもしれない。」
目的地までの誘導も終わり、罠は設置された。
奴隷の集団が、主もなしに結界の外にいる。
「さぁ、時間よ。子供たち、決して私の傍を離れないで、目を瞑りなさい。」
女性は、かくも美しくその体を発光させた。
辺り一帯を包み込む優しい光。誰かを求める光。
瞬間、破壊音と雷鳴が鳴り響いた。
言われた通りに目を瞑ったままの名抜けの少女は、何が起きているのか分からずじまいであった。
「目を開けてはだめよ。最難関さえ突破すれば、必ず救われる。」
鳴り響き続ける雷鳴が、崩れ落ちる瓦礫の音が、飛んでくる水飛沫が戦いを物語る。
名抜けの少女を含む奴隷の子供たちは、その中で1つの声をきいた。
「こちらに歩みを進めよ。黄金に囚われた子どもよ、立ち上がるのだ。」
落ち着いた、よく通る声だった。
恐る恐る目を開くと、そこには黒装束に身を包んだ男が立っていた。
「行くぞ、影まで入れば我々の勝利だ。」
子供たちが一斉に立ち上がり、その男について行く。
未だ鳴り響く轟雷や破壊音を無視して、一斉に走り出す。
名抜けの少女は、まだ手を繋いだまま走り出す。
一緒にいると、暖かく包み込んでくれるこの人から離れたくないと、そう願いそこにいる。
「ここまで来い!!」
黒装束の男は、何とも禍々しい力で奴隷に道を作る。あらゆる影が瓦礫を防ぎ、落雷を受け流す。
あと少しーー
そんな時、雷鳴も破壊音も鳴やんだ。
一瞬で静けさを取り戻した結界の外、影によって敷かれた黒いカーペットの上に、一人の男が乱入した。
「こちらが優先だ。やっと見つけたぞ、灯台守。」
名抜けの少女は何を言っているのかさっぱり分からなかったが、繋いでが少し震え出す。
「ようやく、任が終わる。」
「いいえ、エナリオス。私はそちらには行かない。」
「・・・貴様、自分の役目から逃れられるとでも思っているのか。」
「私は導く者。あなたを帰すための道具ではなくってよ。」
「革命軍の長でも導くつもりか。遂には世界の敵にでもなるつもりか。」
「この国を誠とする世界の誰かを、私は導くつもりは無い。愚かしいにも程があるわ、それを傍観する貴方含めて導こうなんて。」
「なら、力づくで導いてもらおう。貴様らを探し続けてあまりにも長い年月が経った。」
「・・・そう、貴方も娘を慮るのね。私もそうよーーー」
そう言って、彼女は私に囁いた。
「隙を作るわ、走りなさい、サン。」
「え・・・」
何を言われたのかわからないまま、名抜けの少女ーーサンは、繋がれた手を解かれる。
自分の名前を知っている彼女を見つめ、高まる暖かい魔力を肌で感じた。
「『戦争』マギア!!」
高らかにその女性が名を叫ぶと、エナリオスの背後から黒装束の男が飛びかかる。
「今の俺ではこいつの相手をするのはきついぞ。」
「今しかないわよ、子どもの奴隷を救うチャンスなんて。」
三竦みの戦いが目の前で始まった。三竦みとは言っても、女性の方はサポートに徹する、いや、サポートしかできないのだろう。
何か攻撃手段を持っている訳ではなさそうだった。
それでも、必死に自分を守ろうとしてくれているその姿を見ていた。
走り出すのを忘れていたと、そう気づくのが少し遅かった。
「名抜け!!何をしているか!!」
後ろから、全身が震え出す声が聞こえる。
背後を振り向くと、おぞましい程顔を歪めた貴族たちがこちらに何かを向けていた。
「向こうに行くくらいなら、死んでしまえ。」
放たれた魔法弾は、無数に広がり、広場を焼き付くさんとする勢いであった。
エナリオスや『戦争』なんかは、恐れるに足りないほどの一撃。
しかし、奴隷の子どもたちからすると、それは恐ろしい一撃であった。
名抜けの少女の目の前が、赤く染ってーー
爆発音が、暫く辺りを包んだ。
自分の目の前が、真っ暗になる。何かが、自分の体の上にある。
瓦礫か何かではない。柔らかく、でも重みがある。
「良かった・・・無事ね・・・」
その声で、その震えた美しい声で、ようやく何かわかった。
わかってしまった、わかりたくなかった。
「どう・・・して・・・」
「あら、ようやく言葉を聞かせてくれたのね。綺麗な声じゃない。」
「どうして・・・助けてくれるの・・・」
「そうね・・・あなたが愛おしいからかしら、サン。」
覆いかぶさって動かない、血にまみれたその女性は、頭を撫でてほほ笑みかける。
そしてーーー
「ねぇ・・・サンってなに・・・あなたは誰なの。教えてよ・・・」
微笑んだまま、その女性は地面に伏した。
齢5つにして、初めて人の死を目の当たりにした。初めて、自分に優しくしてくれた人を、目の前で失ってしまった。
砂埃が、徐々に2人の前から消えていく。
その砂塵の中、一人の男がこちらに近づいてきた。
「名抜け、生きていたか!!」
汚れた瞳で、こちらを見つめ、鈍い足音を立てながらこちらに近づてくる。
不快だった。
そうか、こいつがこの人を殺したのか。
初めて、自分に優しくしてくれた人を殺したのか。
「お前が・・・お前が死ねばよかったんだ・・・!!」
感情なんて、失ったと思っていた。
でも、この憎悪を止めることなど出来やしなかった。生を諦めた少女ですら、この衝動は抑えきれなかったのだ。
魔力が覚醒する。
何もかもを見えなくして、この憎悪も隠して、自分の存在も隠して、この人の死を隠して、優しさから芽生えた喜びを隠してーー
何もかもを隠して、そこに何も無かったことにしたい。誰もいない、何も無い、空虚を望んで。
「空になっちゃえ・・・」
質量を持つ霧が、金髪の貴族を押しつぶす。
すり潰し、血飛沫を上げても、それは霧が隠してくれる。
名抜けの少女の感情を隠して、その霧は真紅に染まる。
齢5つにして、初めて人を殺した瞬間であった。
そして、『戦争』、『大将軍』の目すらその霧を見抜けずに、名抜けの少女は広場から見事に消えて見せた。
横たわりながらも、目を瞑り微笑んでいる美しい女性を残してーーー
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
何日も砂漠を歩いた。
砂塵が、自分の霧と上手くあわさって、姿を隠してくれる。
この世全てに絶望した顔を隠してくれる。
目の前すらも見ないで、ただ歩く。
どこに向かっているかもわからない。何をしたいのかもわからない。
願わくは、あの人に会いたいーーー
「やっと見つけた。」
久しぶりに見た前方に、誰かが立っている。
でも、誰でもよかった、本当に誰でもよかった。
「あなたを見つけられなかったら、あの人があまりにも報われないからね。良かった、生きていてくれて。」
どこかで見たことある人だった。
そうだ、この人は、
「あの人を利用した人。罠を張った人。あの人を、殺した人・・・!!」
突如として湧く憎悪を、止めるすべなどもはや知らない。
止めようとも思っていない。あの人を殺した王朝の全てを憎みながら生きているのだから。
「殺す・・・!!」
「あの人の、友達なの。」
その言葉を聞いた瞬間、更なる憎悪を自分が飲み込んだ。だけど、目の前を見たら、そんなことを言えなくなってしまった。
自分よりも年上の女が、自分の身長よりも低く、頭を下げた。膝をつき、手を前に差し出し、敵意のないことを証明した上で、なお地面に頭を付けた。
「何をして・・・」
「ごめんなさい。あの人を死なせてしまって、ごめんなさい。」
「・・・うるさい・・・うるさいうるさいうるさい!!どうしてあんなことを・・・!!」
「あの人の頼みだったから。あの人の願いだったから。あなたの未来を誰よりも願っていたから。」
「・・・あの人は、誰なの・・・教えてよ。」
「あの人はーーーあの人は、あなたを気にかけてくれていたただの奴隷よ。あなたの事を愛していた、ただの奴隷よ。」
「・・・それなら、サンってなに?サンって、なんの事・・・?」
「それは、あなたを愛している人があなたに付けた名前よ。あなただけの名前。名抜けの少女なんかじゃない、あなたは、サンって言うのよ。」
名前ーーー自分にも、名前があった。
あの人が付けてくれた、大切な名前。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい、サン。」
「・・・ねぇ、あの人が連れて行ってくれようとした場所ってどこ・・・?」
あの人と本当は行きたかった場所。どこかも分からないけど、自分を救ってくれたかもしれない場所。
「そこに行きたい・・・」
「・・・なら、付いてきて。私は、その場所をよく知っているわ。」
「あなたは、王朝の人間じゃないの・・・?」
「私は、『革命軍』副司令のリディア=エフェソス。あの人の、友達なの。」
そして、サンの物語は現在まで時計の針を進める。
真紅に染った霧は、何もかもを覆い隠したまま、サンの傍を離れようとしない。
血飛沫を浴びすぎた霧は、次は何を隠すのだろうか。




