第1章7話 亜人差別
ミューズ=ロダ
彼とはアゲラダに無理やり連れてかれた閑古鳥内の酒場で出会った。酒場の中心で一人で筋肉トレーニングをしていた、イロアスをドン引きさせた熊の耳を持つ少年。
「アゲラダさんがここに彼を連れてきたってことは、君は本当に亜人を差別していなんだね。」
俺はその言葉の意味がよくわからなかった。なぜここに来ることと亜人差別がつながるのか。
そんなイロアスの疑問を抱えた顔を見て、ミューズはアゲラダに問いかける。
「アゲラダさん、なんも説明してないんですか?」
「あぁ、忘れとたったぞな。」
「どゆこと?」
俺を置いていかんでとばかりに話に参戦する。そんな俺を見てミューズは笑いながら話に混ぜる。
「イロアス君、ここはね鍛錬場であると同時に、ロダ家の秘密の集会場なんだ。」
「集会場?」
「兄ちゃん、亜人差別についてどれだけ知っとるぞな?」
亜人差別。
現代においてそれは決して解決することはない世界を巻き込む差別。
差別の歴史は千年前の世界大戦まで遡る。世界を滅ぼそうとした女神ヘレンを崇めた魔獣大陸マギサには多くの魔獣が加担した。
亜人は魔獣が人に近い形に進化した種。その多くは人に近い考え方・心を持ち、聖界メディウムに協力したと伝承されている。しかし逆に、魔獣の考え方・心を持ったまま進化する亜人も存在する。その種の亜人は魔獣大陸に協力したとされている。
この二つの伝承のうち、根強く残ったのは後者であった。故に亜人は差別される。『厄災』の肩を持つ種として。
そのため何百年も前、『厄災』が支配する隣の大国『ノートス帝国』の提唱した力あるものを差別なく登用する制度から、多くの亜人がアナトリカ王国からノートス帝国に流れていった。
そして数十年単位で行われるノートス帝国との戦争の際、多くの亜人がアナトリカ王国へ攻撃し、亜人差別は瞬く間に激動した。
最悪の方向に。
「アナトリカ王国に残っている亜人の多くはこの国に恩があるんだ。でも、ノートス帝国との戦争で亜人差別は勢いを増すばかり。今この世界で亜人を差別しない人間がどれだけいるだろうね。」
俺は黙って聞いていた。ただ静かに、目の前の亜人が話す、亜人差別について。
「その中でも、ここロダ家は千年前からこの国に尽くしている亜人族なんだ。だからここら一帯は僕たちの方が権力は強い。ここで亜人を差別することは最も愚かな行為なのさ。だからみんな口には出さない。」
「情報屋がワイらを攻撃できないのはここらの元締めが閑古鳥だからぞ。ここらで閑古鳥に逆らえば亜人差別関係なく騎士団が法で人間を裁くぞな。」
「それ故に閑古鳥には亜人が安息を求めて集まるんだ。その中でもここは亜人であるロダ家が認めた人物しか入れない秘密の集会場。本来は亜人を匿うために作られたらしいんだ。だから認められなければ鉄扉は開かない。」
「俺はじゃあ認められたってことでいいのか?」
「まぁ許可を出すのはロダ家というよりかは、ロダ家相伝の『鉄扉』なんだ。あの扉には意思がある。だからこそ、口に出さないだけで心の中では差別する輩はここには入れないのさ。」
「あの鉄扉は亜人差別なんかしてる人間を絶対に弾くぞな。複雑な魔法がかけられてるらしいぞ。」
それにしてはあの鉄扉を見た瞬間に、全く魔力を感じなかった。一体どうやって鉄扉が判別しているのか、俺には全く理解できない。
それにしても、ただの筋肉くんかと思ったら、やはり亜人なだけあって警戒していたんだと感じた。
『君は本当に亜人を差別していなんだね。』
どれだけ能天気に見えても心の奥底では、人間は差別意識を持っていて自分達に気を遣っていると感じてしまうのだろう。俺が亜人差別についての授業(別にそれに限った授業だけではないが)を聞いていなかったにしても、亜人差別なんてする意味がわからない。
ただ、俺は筋肉くんの評価を改めよう。
「さて、堅苦しい話は終わり!どうだい、イロアス君!手合わせしないか?同じ騎士団候補として。」
そう言って立ち上がったミューズを見て、魔力が練り上げられているのを感じる。暗い話とは打って変わって最高の気分だ。
「願ったり叶ったり。」
「アゲラダさん、審判お願いしていいですか?」
「使用武器はなし、魔法の使用は認めるぞな。ただし、相手を深く傷つけると判断した場合は即刻ワイが止めに入るぞな。時間は10分ワンラウンドぞ。」
俺はワクワクが止まらなかった。初めての同年代との戦い。動悸が高まる。そしてただ、声を待った。
「始めぞな!」
かけ声と全く同時、動き出しは両者一緒。相手に向かって突進する。
衝突の直前、ミューズは軽いステップを踏みジャブを入れてくる。至近距離でそれを躱し、炎を拳に纏い殴りにかかる。
「灼拳」
試しに五発、先ほどのミューズより速く拳を撃つ。ミューズはそれを全て当たり前のように躱し、拳を構え、撃つ。
「水砲」
本当にギリギリだった。ありえないスピード。いや、速さではない何か別な技術によって躱しづらくなっている。
「驚いた・・・これも躱すのか!」
二人の組み手を俯瞰してみるアゲラダは思う。
末恐ろしい。
自分が同年の時、これほどまで卓越していただろうか。
十年前の光が落ちたあの日から、きっと世界は大きく動き出した。今目の前で組み手をかわす彼らを見て、時代が荒ぶっているのを感じる。
「楽しみぞな、お前らが試験に受かるその時が。」
そして、夜は過ぎていく。
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「じゃあ私は今日別で行くとこがあるから!アゲラダさんに迷惑かけちゃダメよ?」
「はい・・・。」
昨日の夜はいい鍛錬だった。素晴らしい1日で終わるはずだった。
セアを忘れてさえいなければ。
鍛錬を終えてシャワーをミューズと浴び、まっすぐベッドに飛び込み夜が明けた。
そしてセアが起こしてくれると思いきや、俺を起こしたのはあの図太い声と騒がしい二つの子供の声。
アローとペクに関しては思いっきり俺の上で飛び跳ねてたし、流石に起きる。
そうして迎えた9日目の朝。セアは、お喋りの時間をスルーして爆睡した俺に対して、相当ご機嫌ななめで俺の顔の前に浮いていた。
ご機嫌ななめなんて可愛い言い方だったな。怒髪天をつくが如き形相でした。ほとんど喋る間もなく昨日は過ごしたから、セアはとても楽しみにしていたみたいだ。
そうして朝は1時間、セアの前で正座していました。
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「じゃあ、行くぞな。」
「行きましょう。」
「・・・なんで敬語ぞな?」
「いえ、お気になさらず。」
セアがまだ俺を見ている気がして思わず敬語を使ってしまった。もう二度と、セアとのおしゃべりの時間を忘れまい、いや、セアを無視して寝ないことにしようと誓った。
「ところでその剣はなんぞな?」
「あぁ、これが会う目的ですので。」
「しっかりしまっとくんぞ、これから行く場所はこの国の最高峰の名家ぞ。くれぐれも無礼の無いように頼むぞな。」
アゲラダが礼を重んじるなんて、これから行く場所は俺の一番苦手な場所かもしれないな。
だが今の俺なら簡単に乗り越えられる。今の俺の敬語は完璧だ。
そうして着いた場所は、首都の東に位置する王国最高峰の名家プラグマ家の屋敷。どでかい屋敷だが、どこか面影を感じる。
「お待ちしておりました、アゲラダ様、イロアス様。」
入り口に立っているのは、身長がやけに高いおじいさん。髪は黒色で、片方だけメガネをしている。渋いな。
「俺たちがくること知らせてくれたの?」
そうアゲラダに語りかけたが、なんかそわそわしてるし、俺の声が聞こえてないのか?
「アゲラダ?」
「あ、あぁ。すまんすまんぞな。母ちゃん経由で先に伝えといたぞな。ロダ家も亜人ではあるが千年前から仕えてる名家ぞ。」
ロダ家って凄いんだな。それと同時に、亜人差別は名家にはそんなに関係ない話なのではないかと感じた。
「ご案内します。」
そういった執事のおじいさんの後をただついて行った。心なしかアゲラダがかなり大人しくなってしまった。一体どうしたんだ、もしかして、この屋敷の威厳みたいなものにビビってるのか?アゲラダにも礼節があることを知って笑いそうになる。
そうして通された場所は、この屋敷の庭だった。ただ広く、何か魔力を感じる大きな美しい庭。だが心なしか、気温が高いと感じた。
その感覚は正しかった。ふと横を見ると、それは美しい炎が、美しい女性に渦巻いていた。
髪は真紅。見たことがある、この美しい髪色を。
そうか、ここに来てから感じていた面影は、レフォー孤児院だ。屋敷はどこか面影を感じ、そしてあの美しい髪色は、
「ミテラ叔母さん・・・?」
そのふと呟いた言葉が、彼女を振り向かせた。それは美しい顔をした美女だった。だが、その美女の顔はすぐに怒りに満ちた顔に変わってしまった。
「ミテラ・・・?よくもアタシの前で臆病者の名前を出せたものだわ。」
臆病者・・・?俺の聞き間違いか?何だこいつは、一体・・・
「兄ちゃん、この方こそ、『灼熱』の孫娘ーーリア=プラグマ様ぞ。」
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懐かしい雰囲気を醸し出す屋敷に、懐かしき美しい真紅の髪の女性。重ねてしまうのは当然だった。育ての親の姿を。
しかし、その面影は一蹴されてしまった。たった一言のせいで。
「臆病者って言ったのか。」
「えぇ、よくもこのアタシの前でその名前を口に出したわね。それにここにどうやって入り込んだの?客人がいるとは聞いてないんだけど。衛兵、摘み出して。」
その一言で、奥に構えていた複数の黒服を着た衛兵が2人を囲い始めた。この場で唯一助け舟となる可能性を秘めた案内人は見当たらない。仕事をまっとうしてすぐに身を下げたのか。
「ちょい待つぞな、ワイらはロダ家からの正式な客人ぞな。」
そう、この2人は名家ロダから正式に手順を踏んで訪れた客人。その案内人が唯一それを証明できるはずであったのに、身を下げるのが早い。
「申し上げ遅れたぞな。ワイはアゲラダ、こっちはイロアスぞ。」
「覚える気はないわ。ここはプラグマ家よ、その家紋を背負った人間が出て行けと言ったら出ていくの。お分かりかしら、閑古鳥の亜人。」
「アゲラダだ。」
俺は声をあげてそう告げた。
先程のこの状況をどう説明しようかと、どうこの生意気なお嬢様に、臆病者とやらについて詳しく聞こうかと思考していた。それら全ての思考に待ったをかけ、俺は亜人という言葉に過剰に反応した。
「やかまいしいわねさっきから。臆病者の名前を口にしただけでは飽き足らず、アタシの前に亜人について説教するきなの?本当にいい度胸してるじゃない、死にたいのかしら。」
そういったお嬢様からは、実力者の威圧を感じた。だが、今のイロアスからしたらそんなの関係なかった。彼は怒っているのだ。
つい先日、亜人であるミューズの口から亜人差別について聞いたばかりだったイロアスは、亜人差別についてかなり敏感になっていた。ミューズがあんなに懸命に戦っているのに、こいつは何も知らずに世界に染まっているのが許せなかった。
「俺の前で亜人を貶すことは許さない。ましてや、この国のトップの家紋を背負ってる奴が、亜人差別なんてくだらないことするな!」
「そこまでにしとくぞな、ロア!ワイは別に構わんぞな!ありがとうな、ワイらのために怒ってくれて。」
アゲラダは怒れる彼を宥めた。しかしイロアスは流石に看過できないだろう。あの生意気なやつに友人を馬鹿にされたまま引き下がれはしなかった。
「ロダ家ともあろうものが、よりにもよって亜人の中で牛人族を寄越すとはね。本当にアタシをコケにしてるのかしら。」
「お前、いい加減にーー」
「亜人差別なんて大層な言葉を口にしながら、差別の歴史をよく理解していないみたいね。大昔、牛人族は『厄災』に加担した亜人の一族よ。そんな汚れた亜人がなぜこの屋敷にいるのかしら。ロダ家とはいえ許されざる蛮行だわ。」
アゲラダが少しだけ、表情を落としたのがわかった。笑顔を保ったまま、ほんの少しだけ歪んだのを見逃さなかった。
「加えて師団長クラスにも亜人が混ざってるみたいね。鬼人族はまぁいいとして、狼人族もその忌み嫌われる一族だっていうのに。アタシが騎士団に入ったら絶対に排除してやるわ。」
俺は自分の怒りが抑えれる気がしなかった。ただ、アゲラダが俺を本気で制止しているのが伝わる。わかってる、俺も馬鹿じゃない。今ここで俺が暴れてしまっても、国は亜人の悪行として報じてしまうだろう。それが今の世界なんだ。そんなことは俺も望むものじゃない。
だけど・・・
「ダメぞ、ロア。」
アゲラダはそれでも俺を止めた。
「今日はここで下がるぞな。面を通して頂き感謝するぞな。」
そうやって、卑下されたままでも頭を下げた友人を見て、俺は怒りと悔しさが止まらなかった。ミューズといいアゲラダといい、決して覆ることのない現在の状況を理解している。この世の不条理を頭に叩き込んでいる。
誰にでも手を差し伸べる『英雄』になる。その道の険しさを、実感した。
世界の常識ですら、敵になる。解決しなければ救えぬ人がいる。
隣の男は偉大だ。
自分一人の行動がどれだけ影響を及ぼすのかを理解している。だけどきっと、煮え切らない気持ちがあるのも知っている。怒りも悲しさも悔しさも、今の俺とは比べられないほど大きい。さっき歪んだ笑顔を見てしまったからそれが伝わる。それでも全て抑え込み、目の前の小さな権力者に頭を下げる。
イロアス、この怒りと悔しさを心に刻め。今の力のなさを、立場の弱さを忘れるな。
力だけが『英雄』たる道ではないと7年前に命懸けで知った。しかし現実はさらに残酷だった。かの『英雄』になるために、その夢に届くためには決して楽な道のりは有り得ないのだ。
再び心に刻め。己の未熟さを。忘れるな、その血涙を。
そして俺は彼女の眼を見ないまま、後ろを振り返り来た道を戻る素振りを見せた。
「待ちなさい。」
背後から声がする。俺は振り返らずにそっけない返事を返す。
「なんだ。」
「あの臆病者とはどういう関係なの。ミテラ=メーテールがアタシに何の用なの。」
「あの人は、俺の親だ。ここには頼まれた物を届けに来ただけだ。」
そういって、俺は布に包まれた剣を自分の下に置いた。
「親ね・・・呆れたわ。孤児院を経営してるとは聞いてたけど、もう本物の臆病者に成り下がったのね。」
「お前は、折れた腕で立ち向かったことはあるのか。」
「・・・何が言いたいのかしら。」
「あの人は、ミテラ叔母さんは臆病者じゃない。折れた両腕で、自分の子を守ろうとしたあの人の背中を俺は忘れてない。お前がミテラ叔母さんと何があったのかなんてしらないけど、あの人を臆病者と罵るお前に、あの人の美しさを教えてやる!俺はイロアス、美しき母ミテラ=メーテールの子。明日の騎士団入団試験で、お前に勝って、謝罪してもらうからな!」
振り返り、リア=プラグマの真紅の瞳を見て、そう啖呵を切った。
その傲慢な態度全て、謝罪させてやる。
届け物は下に置いたまま、俺たちは堂々と庭を出て門まで向かった。途中でアゲラダが笑いを堪えきれずに大笑いしたせいで、俺も釣られて笑ってしまった。
屋敷の門の前まで来た時、その門の前で案内してくれた執事のおじいさんが待っていた。
「本日はお越しいただきありがとうございました。」
おじいさんが2人に頭を下げ、感謝を述べた。
俺たちは感謝されるようなことはしていないのに、不可解な礼だと思った。だって俺たちは、この名家の孫娘に啖呵切って帰ってきたんだから。
「イロアス様、入団試験のご健闘をお祈り申し上げます。」
そういって、おじいさんはイロアスをよく見て、笑った。
不気味なおじいさんだと、そう感じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
亜人に臆病者の名前。アタシに対して最高の無礼だ。その無礼者が落としていった届け物。
アタシはそれを手に取り、包みを取る。
「最悪の届け物ね。」
ミテラと名の彫られた細剣。臆病者の名前を彫られた剣なんて・・・折ってしまおうか。
そう思ったけど、やめた。
父が悲しむ。
「ミテラ=メーテールか・・・だからアタシはあなたが嫌いなのよ。」
そういった彼女の顔は、怒りではく哀しみに満ちていた。




